第307話 亡命希望者の処遇

 俺たちとの話し合いの後、レイラ大佐の動きは速かった。

 流石敏腕の諜報員だけあると言った感じで、我々には一切構わず、自身の部下に二三命じた後、直ぐに乗ってきた指令車に乗り込んで、数人の部下とだけで連邦の首都に帰った。

 取り残される格好になったサクラ閣下も、レイラ大佐の動きに、さも当たり前といった感じで、何らアクションを取っていない。

 閣下の乗ってきた車を取られたのに帰りはどうするのだと、ひょっとしたら俺たちと一緒に帰るのかと正直勘弁とすら思った。

「大尉。貴方の云う通り、指揮権は戻さないといけませんね。もう一度確認しますが、作戦は終了していると判断して良いのですね」

「ハイ。作戦はあくまで取り残される村民の避難誘導に関するものです。我々が敵機甲化中隊に対して攻撃する段階で、避難は完了していたと聞いております。基地接収はあくまでイレギュラー対応に過ぎません」

「分かりました。では参りましょうか」

 まだ接収したばかりの基地までキャスター幕僚長を訪ねるつもりらしい。

 流石に、そのまま送り出すわけには行かず、俺は第三中隊にサクラ閣下の警護として付け送り出した。

 ……つもりであったのだが、サクラ閣下は有無を言わさずに俺の首根っこを捕まえて、車の中に放り込んだ。

 基地までは500mはあるだろうが、俺なら歩いていく距離だ。

 流石に閣下と言われる人にそれはできないので車を用意したが、それが災いしたのだろう。

 逃げることができずに基地の中に入った。

 基地の中に入るとすぐに基地警戒中のアザミ連隊の士官に見つけられ、用件を聞かれた。

 車内にサクラ閣下の姿を確認するや否や敬礼後、直ぐにアート大佐に連絡を取る。

 しかし、基地入り口警戒だけに士官を配置できるのなんて何て贅沢な使い方だろう。

 俺のところなら下士官を回すだけで手いっぱいなところだ。

 そういう意味ではアザミ連隊は恵まれている。

 尤もアザミ連隊の士官の多くが、下士官から急遽昇進したばかりの俺たちとそれほど状況は変わらないと聞いている。

 だが、その下士官の質と人数が俺たちとは段違いだ。

 何より経験が違う。

 元々花園連隊に所属していたアザミ連隊の兵士で、サクラ閣下と一緒の数々の修羅場を経験しているという話だ。

 俺たちのところだと、山猫さんくらいしか対抗できない。

 海軍さんから来ている陸戦隊の人だって、経験という意味では見劣りするらしいから、戦地昇進で士官になってもそんじょそこらの士官と比べても何らそん色が出ない。

 羨ましい話だ。

 直ぐにアート中佐がキャスター幕僚長を連れて入り口までやってきた。

 オイオイ、良いのか。

 まだ接収中のはずで、簡単に指揮官が現場を離れても良い筈では無いのだが、そんなことはお構いなく二人は少数の部下を連れてここまで来た。

 既にキャスター幕僚長は要件を察したようで、敬礼後にサクラ閣下に指揮権の返上を行ったうえで、現状の報告と今後の相談をしたいと、基地中央にある司令部に俺たちを連れて行った。

 警護として連れて来た第三中隊は、そのまま入り口付近の警戒に当たるそうだ。

 司令部の中で一番立派な部屋に通されると、最初に降伏を申し出て来た敵士官が待っていた。

 挨拶から始めて、直ぐに実務に入る。

 敵士官、いや元というべきか。

 その彼は共和国の英雄と帝国の英雄が一堂に会しての話し合いに同席できることを偉く喜んでいた。

「名声が共和国まで聞こえるサクラ閣下にお会いできたことを光栄に思います。共和国の英雄と、帝国の戦女神に、ジャングルの悪魔と言われる英雄が一度に会するなんて、これは歴史に残るかもしれませんね」

 そんなことを言っていた。

 最後に偉く物騒な二つ名が出て来たが、何だ?

 ジャングルの悪魔って、聞いたことが無いけどレイラ大佐ならこの場に居ないぞ。

「ジャングルの悪魔か。言い得て妙だな。確かに彼は我々に取っても悪魔だが、まあそんなことは良い。今後について話をしようじゃないか」

 サクラ閣下はさらっと流したが、横で軽く笑っているアプリコットを捕まえて、『ジャングルの悪魔って誰?』って聞いたら彼女は驚いていたが、結局最後まで教えてくれなかった。

 いいもん、後でキャスターさんにでも聞くから。

 そこからキャスターさんや、共和国の士官と話し合いが始まったが、内容は降伏してきた兵士についてだった。

 そのほとんどが、キャスターさんのように連邦に亡命して部下として働きたいと言っている。

 前のキャスターさんの亡命時にもすぐに受け入れができずに暫く監視対象としていたが、今回もその時間は必要だということで両者の意見は一致している。

 この場に残して、俺たちから警戒監視に部隊を派遣して事に当たらせる案も無い訳では無い。

 接収した以上、どちらにしても、この地への部隊派遣は決定事項だ。

 だが、この地ではだめだ。

 場所が悪い。

 なにせこの地は、共和国と帝国との最前線に当たる。

 連邦国家ができたが、連邦国と共和国勢力圏との最前線になる場所に、まだ完全に味方と分からない連中を沢山置いておけるはずもなく、それに何よりキャスターさんの時よりも人数的にも問題だ。

 結局キャスターさんの提案として例の居留地の場所に亡命希望者全員を保護することが決まった。

 亡命希望者についてはこの基地の降伏が決まった段階で、サリーさんが無線で連邦議会に問い合わせをしており、全てをキャスター幕僚長に一任されている。

 なので、キャスターさんは希望者全員の受け入れを決め、保護する方針で動いていたが、保護先も決まり、残る問題としてはここからの移動だけになった。

 歩いて移動させる手も無くはない。

 だが、歩くとなると優に一月はかかりそうな距離がある。

 連邦首都におやっさんを呼び出して、無線でおやっさんと直接交渉の末、拠点間のピストン輸送で全員を運ぶことになった。

 亡命を希望しない一部兵士については、彼らまで余裕が無いので、この場にて解放する案も出たが、野垂れ死にする未来しか見えなかったので、とりあえずこの地で抑留することが決まった。

 で、俺にはここから一番近い村までの間のバス運転手を命じられた。

 この基地と、最後に拠点を置いた村までの間を、俺たちのトラックを使って亡命希望者を運ぶ。

 その村から連邦の首都にある基地まではマリーさん達が自身の部下たちを使って運ぶそうで、首都から居留地までをおやっさんの特別工兵連隊が面倒を見る。

 また、途中の道路を工兵連隊が急ぎ整備することが決まった。

 何とここまで驚く話だが、帝国と連邦の合同組織である防衛軍には何ら知らせていない。

 一応、サクラ閣下の部下たちが帝都にいる皇太子殿下には事後ではあるが許可を貰っている。

 完全に今の防衛軍は信用ができないので、全く今回の件には噛ませていない。

 その防衛軍本部も、今では戻ったばかりのレイラ大佐が大ナタを振るっているころだ。

 最初に俺たちに命令を持ってきた参謀が捕まったらしい。

 それこそ何度もやり取りをしている最中にそんなことを聞いたと、教えてもらった。

 そこから芋づる式にどんどん逮捕者が出ている最中だ。

 あ、サクラ閣下のおひざ元にもレイラ大佐の魔の手が及ぶ。

 やっぱり悪魔はレイラ大佐じゃないかと思うのだが、いったい誰なんだろう。

 俺たちとサクラ閣下の間で情報を遮断していた連中が尋問を受けているそうだ。

 流石にやり口が巧妙なので、帝都にいる連中まではなかなか届かないが、司法取引などを使って必死に巻き返しを図っている。

 で、最終的にこの基地には連邦軍が置かれ、マリー幕僚に任されることになった。

 本来ならキャスターさんが直接指揮を執れれば良かったのだが、流石に軍のトップがいつまでも首都を空ける訳にも行かず、マリーさんにそのお鉢が回った。

 どこでも人員が不足している。

 流石に最前線にそれだけでは心もとないということで、キャスターさんはサクラ閣下に応援を依頼して、アザミ連隊の進駐を取り付けた。

 アザミ連隊はこのままこの地に進駐してきて、ここを駐屯地とする。

 今まで駐屯していた首都近郊の基地にはおやっさんに入ってもらうように手配していた。

 元々あそこの工兵連隊は首都の中心で色々と作っていたこともあって、半分くらいの人間は首都近くにいた。

 最後に俺たちだが、そのままバスの運転手が終わっても帰れる筈も無く、この地に駐屯が決まった。

 俺たちにこの地への進駐を命じる時にサクラ閣下は、俺に対して、『これ以上敵に近づかないように』と何度も俺に対して釘を刺し、それでも飽き足らなかったのか、アプリコットやジーナたちにも同じ命令をした後、更にアート大佐にも俺たちの監視を命じた位だ。

 俺たちが好き勝手にあっちこっちに行くと言わんばかりの措置だ。

 言っておくが、俺は未だ一回も好きに飛び回ったことなどない。

 俺は基本怠け者だ。

 命令が無ければ、のんびりしたい。

 いつだって、面倒な命令をしてくるからその都度迷惑に巻き込まれているだけなのに、酷い認識だ。

 最後にサクラ閣下は俺に何と言ったと思う。

「お前をジャングルに置いておくと何をしでかすか分からなかったので、連邦の首都に、しかも変なところにウロチョロしないように置いておいたのに、何で面倒を起こすのだ」

 だって、これって酷くないか。

 今回だって、絶対に俺のせいではないだろう。

 俺の知らないところで陰謀に巻き込まれたようだけど、それって俺のせいじゃない。

 今度は陰謀からも遠ざけるために帝国からも離した措置だと。

 まあ良いけどね。

 あと三年もすれば法律で定められた期間は過ぎる。

 ここで大人しくしておけというのなら、言われた通り大人しくしている。

 ここだって、川は直ぐ傍にあるし、木材にも困らない。

 それに何より何も無いから好き勝手に色々と趣味にも走れそうだ。

 三年くらい大人しくしているさ。







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