第306話 陰謀
帝国でもその名を知られている女傑、猛者色々と言われるレイラ大佐の迫力とはいかほどか。
並みの兵士など歯牙にもかけないだろう。
その証拠に、君たちの大好きな
これはあかん。
モンスターの扱いに慣れた俺でも夢に出そうな勢いだ。
かつてお話し合い《事情聴取》でジーナやアプリコットたちがトラウマになったのもうなづける。
あの時の俺は大丈夫だったが、今はあの時以上の迫力だ。
もう誰も助けが無いと諦めていたら、思わぬところからの救援があった。
一条の光とともに天使が、いや女神が現れたのだ。
サクラ閣下の秘書官が地獄の悪鬼と化しているレイラ大佐を上手に落ち着かせ、この場を納める。
クリリン秘書官はすぐにアプリコットを促すように目配せを送る。
再起動を終えたアプリコットはすかさず閣下一行を本部テントの中に案内していく。
やれやれどうにか九死に一生を得たようだ。
全員が席に着いたら、今度はサクラ閣下が俺に死んだような目を向けながら聞いてくる。
相当疲れているようだ。
機嫌もあまりよろしくないような……
「グラス大尉。事情の説明をしてくれるんだろうな」
「事情ですか。何を説明したら……」
俺の返答が気に召さなかったのかサクラ閣下だけでなくその場にいた一同の顔色が一瞬で変わる。
だが、ここでも救いの女神が現る。
もう、クリリン秘書官を女神とあがめる宗教に入信したい。
「閣下。 そのことですが、私の方から説明させてください。多分ここに居る全員が状況を掴めていないかと思われますから」
「は?どういうことだ、クリリン秘書官」
サクラ閣下の問いに、よどむことなくクリリン秘書官が説明を始めた。
事の起こりはアザミ連隊のアート大佐からの応援要請から説明がされた。
そういえば、基地接収に当たり、兵力不足のためにアート大佐経由で応援の依頼をしたことがあった。
どうもそのことのようだ。
クリリン秘書官はいきなりアート大佐から『基地接収に当たり至急応援を要請したい』との無線を受け、驚きながらも直ぐに海軍基地にいる第一空挺団に要請をかけた。
当然、事後報告となるがサクラ閣下に経過の報告を入れたという。
サクラ閣下も、この応援要請について非常に驚くとともに、自分の部下たちに抜き差しならない事があると判断して、帝都にいる有象無象の引き留めを無視してすぐに基地まで戻ってきたと言うのだ。
どうも帝都ではある陰謀が進行していたようで、サクラ閣下もその陰謀に巻き込まれていたようなのだ。
情報部に所属するレイラ大佐は、その陰謀の一部を掴んでおり、調査を始めたさなかでのことだった。
帝都を中心に皇太子殿下の威信を失墜させ、あわよくば廃嫡までもという陰謀が進行中だと言う。
その陰謀の詳細までは掴み切れていないが、どうもゴンドワナ大陸にいるサクラ閣下とグラス大尉を陰謀に巻き込みゴンドワナから追い出すようであるという処まで掴んでいた。
現在、殿下の軍事部門の中心はサクラ閣下が担っており、その軍事面での成功で、殿下の権威は留まるところを知らない。
それを面白くない連中が徒党を組んで、殿下の権威に挑戦しているのだ。
軍事面で成功しているのなら、その軍事面で大きく失敗させて、今や帝国の英雄と呼ばれている二人をゴンドワナから追い出そうという陰謀のようだ。
レイラ大佐は必至になって調査を始めた矢先に、グラスがまた暴走を始めたとの連絡を受けたから、我を忘れるくらいの怒り心頭になったという。
ただでさえ隙の多いグラスが、帝都の連中から仕掛けられているのだ。
大人しくしていても、何されるか分からない状況に、何で敵基地攻撃までしているのだと思ったのだろう。
俺はクリリン秘書官とサクラ閣下たちとの会話を聞いて、どうにか今の状況が分かりかけて来た。
その後もクリリン秘書官からの説明が続く。
クリリン秘書官は、アート大佐からの要請を受けた後に、疑問に思ったという。
グラス大尉からの依頼だと言うのに、自分に彼に関しての情報が全く入っていないことだ。
グラス大尉からの定期的な連絡すら入っていない。
クリリン秘書官はサクラ閣下の秘書をしている。
そのサクラ閣下が大隊長を務めている部隊に関する報告が自分になされていないことが不思議でならなかったらしい。
あり得ないことなのだ。
サクラ閣下の仕事の内容が分からなければ秘書など務まらない。
大隊長も兼務しているサクラ閣下であることから、大隊の仕事も知らなければならない立場にあるにもかかわらず、全く情報が入ってこないことに疑問に思い、直ぐに通信ログを調べると、定期連絡どころか頻繁に連絡があったとある。
しかもその通信を知らない士官が受け取ったと有り、ありえないことが続くことに疑問を持ち調べると、敵基地に対して威力偵察に向かったと有った。
ちょうど先の応援要請の件でサクラ閣下がこちらに向かうと有ったので、今まで詳細の報告を待った次第だと言う。
ここまで俺を取り巻くことについての説明が俺たち以外からあり、正直驚いたが、全くその通りであったので、レイラ大佐から最後に確認をされたが、俺はうなずくしかなかった。
サクラ閣下だけでなくレイラ大佐も殿下に対する陰謀の全容がつかめたようで落ち着いたようだった。
「とりあえず今回の陰謀は防げたな」
「また、グラスのせいだが、いや、今回も全く不本意ではあるが彼のおかげだがな」
二人の会話に疑問に思ったのか、ジーナは恐る恐る質問を投げかけた。
本当に彼女は図太い。
俺なら、触らぬ神としてやり過ごすが、向上心があるのか陰謀について質問をしている。
「あの。分からないことがあるのですが、お聞きしてもよろしいでしょうか」
「ジーナ少尉だったかな。答えられる範疇で良ければ答えよう。今回も君たちには頑張ってもらったようだからな」
「ありがとうございます、レイラ大佐」
「で、質問とは何だ」
「はい、今回の我々に対する命令は陰謀であったということですが、そもそも誰がかかわったか隠しようがないことをするのは何故でしょうか。後で責任を簡単に問えることになるのでは」
「ああ、ここからは私見だがそれでいいか」
「ハイ、構いません。教えて頂けたら勉強になります」
オイオイ、陰謀の勉強って何だよ。
お前も貴族か、あ、貴族だった。
目指せ!悪徳貴族なのか。
俺がくだらないことを考えていると隣のアプリコットから窘められた。
暫く大人しくしてくださいって。
「ああ、今度ばかりは敵も焦ったのかな」
そう言って説明してくれた。
まず、俺たちに敵基地への威力偵察をさせるために邪魔なサクラ少将と、防衛軍の首脳を帝都に呼びつけた。
この段階で連邦には陰謀に
その上で、命令をでっちあげ、俺に対して発令された。
そもそも指揮下に無い部隊に対しての命令は通常ではありえない。
だが例外がある。
今回はその例外を使った体を取っている。
緊急事態条項だ。
連邦との条約で、緊急事態であれば指揮下に無い部隊であっても指揮下において命令できるとあるのだ。
これは連邦軍が帝国軍の一部、もしくはその逆で帝国軍が連邦軍に対して、危機的状況に際して指揮下に無い部隊でも使ってでも危機を脱するためにある物だ。
だがこの場合には緊急事態を宣言しなくてはならないが、そんな宣言は出されていない。
なので、最初からこの命令は効力を持たない。
命令ですらなかったのだ。
しかし、経験の少ない俺たちにはそんなことを見分けられる筈も無く、言われるままに出動している。
俺たちが疑問に思ってサクラ閣下に問い合わせをしても、返事されないように、師団本部でも今回の陰謀に加担した連中が情報を遮断していたのだ。
俺は連中の思惑通り、のこのこと出動する羽目になった。
そのおかげで、しなくてもよい苦労をする羽目になったが、怪我の功名といえば良いのか、敵機甲化中隊からの地元住民を守ることになるのだが、結果オーライといえばいいのか、まあこの際どうでも良いか。
連中の思惑は、前にジーナが言った通り俺たちが敵に対して玉砕して、あわよくば俺の戦死、もし生き残っても部下たちの多くを失った責任を取ってというシナリオのようだ。
元々違法行為は、俺の玉砕のごたごたに紛れてごまかす算段だったようだ。
「と言うことは……」
「ああ、貴様の仕出かしたことで見事に失敗だな」
「え、私は何も……」
「そのことは良い。玉砕もせず、敵機甲化中隊の殲滅に、目的の基地の無血開城まであれば問題の責任についてもごまかすことは難しくなるな」
「しかし、この後の戦略に齟齬をきたすことになったのも事実だ。 この基地の攻略については議題にすらなかったぞ」
「ハイ、新たな戦略を至急構築しませんとまずいでしょうね」
この先について色々と議論を始めた上層部の人たちに向かって俺は大事なことを思い出した。
「サクラ閣下。良いでしょうか」
「何だね、大尉」
「ハイ、現在の我々は連邦軍の指揮下にあります。現在作戦行動中ですが、この後の指揮について閣下にお返しして良いでしょうか」
「は?」
驚いたサクラ閣下を置いておいて冷静なクリリン秘書官がアプリコットに状況の確認を始めた。
まずやる事は村民救出作戦の終了だ。
キャスター幕僚長を捕まえて指揮命令権を返してもらうことからはじめないといけない。
本当に軍隊という処は色々とめんどくさい。
いや、組織で働いている以上勝手に融通を聞かせてはまずいか。
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