第305話 労働災害

 仮設で用意した本部テントの前で俺は一人『ぼ~~』っとしている。

 みんな暇な訳は無い。

 その証拠にこの本部テントの中もその周りも忙しそうに兵士たちが走り回っているのだ。

 ここは俺の大隊本部のために用意したテントで、今も中ではアプリコットたちが各所と連絡を取り合いながら忙しそうに基地周辺の警戒をしている。

 このテントからさほど距離を置かずにアザミ連隊の本部も置かれている。

 尤もアザミ連隊のほとんどはキャスターさんに付いて基地の接収に向かっており、この辺りには本部を置くための人員しか残されていないが、接収も終わればすぐに戻ってくるのだろう。

 そんな中、俺が何故暇そうに外にいるかというと、早い話が俺にできる仕事がここには無い。

 テントの中でお茶をしていたら、邪魔だと先ほど追い出されたばかりだ。

 どうも俺だけが暇そうにお茶しているのが周りには気に入らなかったのだろう。

 だから付近の警戒という名の白昼夢に浸っているのだ。

 本当にすることが無いので、それこそ周りの景色をしみじみと眺めていた。

 基地の周りだけあって数キロにわたり木は切り倒されているが、ここはまだジャングルの中で、その周りはジャングルに覆われている。

 決して見ていて楽し気な景色じゃない。

 俺は視点を空に向けた。

 天気も良く、どこまでの透き通った青空が広がっている。

 遠くの方から何かが近づいてくるのが分かった。

 方向的には俺たち帝国が勢力置いている方角なので敵襲ということは無い。

 気楽な気持ちで眺めているとその何かがさらに近くに来たので、俺の持っている双眼鏡ではっきりと近づく何かを識別ができた。

 帝国海軍の戦闘機が数機こちらに向けやって来る。

 そういえば空挺団がこちらに来た時にも護衛として戦闘機が先にこちらに到着したのだった。

 あの時はまだこちらの状況も正確に掴み切れていなかったので、それこそ全員が慌てた。

 敵襲かと警戒しようにも何もできない。

 対空に関して我々は手段を持っていなかったのだ。

 しかも、アザミ連隊もまだこちらに到着していない時だったので、それこそ終わりかと覚悟を決めたくらいだったのだ。

 その後に何度も来た空挺団の時と同じ状況なので、その頃になると誰も慌てずに敵かどうかの確認だけして味方と分かると、また自分たちの仕事に戻っていくようになった。

 今回は、その敵味方の識別すらやってこない。

 俺に任せているのだろう。

 こちらに向かっていた戦闘機中隊は我々の上空を2周して元の方角の方に去っていった。

 本当に付近の偵察だったのか、その後には待てど暮らせど空挺団を乗せた輸送機がやってこない。

 いったい何だったのだろう。

 その時にはそんな疑問を持ったが、それすら忘れて頃に今度はバイクを先頭にした車列がこちらに向かってくる。

 バイクの後ろに無蓋のそれも重機関銃を乗せた車両が十台以上に守られている司令車があった。

 あの車列では一軍の移動ではない。

 どこぞのお偉いさんがこちらに向かってくるのだろうか。

 俺は少しばかり不安になったが一応テントの中に車列のことを伝えた。

 しかし、敵の来襲よりも味方が来ると言うのに不安になるという俺の神経はいったいどうなったのだろうか。

 いよいよもって職業病?いや違うか。

 俺っていじめられっ子という処かな。

 なんだか自分の思考で凹み始めた頃になって中からアプリコットや数名の兵士が出て来た。

 いよいよ問題の車列が直ぐ傍までくるときになって、アプリコットから大隊長の訪問の件を伝えられた。

 事態の混乱収拾のために急遽大隊長がこちらにやって来ると言うのだ。

 なぜ今になってその報告を俺にする。

 この件は絶対にかなり前に連絡があったはずだ。

 ぎりぎりまで俺に報告してこなかったことに悪意を感じる。

 最後にアプリコットが報告を遅らせたことについての種明かしまでしてくる。

「マーガレット副官のご指示でした。直ぐ傍まで自分たちが来るまで、大尉にはこの件は伝えないでほしいとのことでした」

「理由は聞いていないの」

「いえ、聞いております。私たちが来ると分かれば絶対に大尉は逃げ出すから、絶対に逃がすなと無線で聞いた時に言われました」

「逃げ出す??何で俺が逃げないといけないんだと。今度ばかりは俺は何もしていないぞ。…… ひょっとして今までのことについて大隊長に報告していないとか」

「いえ、逐一連隊本部に報告しております。また、威力偵察の命令が出された時はその相談もしておりますが、直接大隊長からの返答はありませんでした。大隊長からだけでなく秘書官や副官とも直接のやり取りはしておりませんから少しばかり心配はありますが」

「少しばかりじゃ無いよ。最悪こちらからの報告はサクラ閣下の机の上の未処理箱に埋まっているのかもしれないぞ。だとしたら俺たちが勝手に敵基地まで来たと誤解しているのかもしれない。その誤解解くのに苦労しそうだな~」

「それは無いのでは。アザミ連隊では正確に私たちのことは知っておりましたし、そのアザミ連隊からの応援依頼も海軍さんは受けてくれましたから」

「だとしたら今度ばかりはお叱りは無さそうだな。今回俺は何もしていないし」

「何もしていない……そんなはずは無いのでは。今までの一連の行動については、大尉でなければありえない選択だったような」

「俺でなければあり得ないって。今回のような場合に、普通ではどうするんだよ。俺はあれしか思いつかなかったけど」

「普通ですか……」

 俺がアプリコットと話しているとテントの中からジーナとメーリカさんが出てきて俺に話しかけて来る。

「普通なんかあるかよ。そもそも大隊一つに敵基地に対して威力偵察なんか命令しないよ」

「そうですね、私ならただ何もできずにまだ基地にいるか、無理やり外に出されたのなら全滅覚悟で玉砕するしかないですかね」

「玉砕って何だよ。俺は嫌だぞ」

「嫌って言ったって、命令ですからやむを得ないのでは」

「やむを得ないってなんだよ。考えてみてごらんよ、ジーナ。戦争するんだよね。近くに一杯鉄砲の弾なんかが飛んでくるんだよ。当たったら怪我するし、怪我したら痛いんだぞ。最悪、死ぬことだってあるんだぞ。そんなの嫌だよ」

「死ぬことだっていっても、私ら戦争屋だぞ。そんなの当たり前だろう」

「いやいや、当たり前なものか。俺が怪我するのも嫌だけど、部下が怪我するのだって俺は嫌だぞ。怪我したら痛いだろうし、直接俺にも被害は出るから」

「被害って何ですか」

「俺たち公務員だろう。その公務員が公務で怪我などしようものなら労災になってしまう。そもそも公務員だけに限らず、労災保険に加入している組織ならって、加入って義務じゃなかったっけ。知っているか労災って。これ自分が労災になっても大変だけど、部下に労災を出してもその上司は死ぬほど大変な目に遭うのだぞ。労災の処理ってものすごく手間かかるし、それでいて今までの仕事も待ってもらえないし、大変なんだぞ。良いか、いったん労災を出すと顛末書と同じような報告書を求められるし、何より再発防止策を報告しないといけないだぞ。今回の場合だと敵が弾を撃ってきても怪我をしない方法を考え出さないといけないだろうな。俺たちを発見しても攻撃しないように敵に頼むとかでは絶対に認めてもらえそうに無いし、弾が当たっても怪我しないようにする方法なんか思い浮かばないぞ。しかも、それらがそろうと、今度は安全衛生委員会とか労災防止委員会とかいう会議で針の筵に座らされてチクチクと皮肉を聞きながら説明させられるんだぞ。発表者は上長の俺だけで、怪我した本人は出てこないし、俺を弁護する人は一人もいない。しかも、ほかの参加者なんか会議体が用意した豪華弁当を食べながら好き勝手俺に向かって言ってくる。こっちは弁当どころか水すら飲めないんだ。腹は減るし、頭に来るようなことを聞いても反論すらできないと来る。あんなのはもうやりたくもない」

「アプリコット少尉。私は時々隊長の言うことが分からないことがあるんだけど、少尉はどうかな」

「メーリカ少尉。すごいですね。私は大尉の言うことは、時々しか理解できませんから、まだ恵まれていますよ。当然、今大尉の言わんとしたことの1割も理解できておりませんが」

「良かった、同類が居て。しかし、軍に入って初めて聞いたぞ。怪我すると痛いとか。怪我が嫌だから攻撃したくないって」

「そもそも公務員って何ですか。確かに軍人は国から給料をもらっておりますが、そんな解釈私は初めて聞きました」

 内輪でくだらない話を始めていたら、問題の車列が目の前まで来て止まった。

 かなり大きめな司令車の扉が開くと、中からサクラ閣下が降りて来た。

 かなりお疲れのご様子で、相当ストレスがたまっているように見えた。

 お小言が始まると簡単には終わりそうにないと覚悟を決めたが、次の瞬間、車からもう一人降りてきて、驚く速さで俺のところまできて胸倉を捕まれた。

「貴様。今度は何をした」

 開口一番に俺はレイラ大佐から怒鳴られた。






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