第300話 撤収作業

 俺の命令で、一斉に攻撃が始まった。

 正直俺が軍に拉致されてからそこそこの時間が経っているが、こんな近くで武器が使われるのを見学したことが無かった。

 野戦砲6門とはいえ、それが一斉に攻撃を始めるのを傍で見ているだけで、鳥肌が立つ。

「ものすごい迫力だな。正直ここまで迫力があるとは思ってもみなかった。皆大丈夫か」

「は?? 大尉、何を言っておられるのですか」

 俺のこぼした独り言を聞きそびれたのか隣にいたアプリコットが俺の耳元で、しかも大声で聞いてきた。

 流石に砲撃中の野戦砲の傍では話もできない。

 俺はアプリコットを連れて、敵が良く見える場所まで野戦砲から離れることにした。

 ちょっと離れるだけでも、かなり音が小さくなる。

 そういえば前にボイラー修理の研修で聞いたことがあった。

 音は距離の二乗に反比例して小さくなると。

 まあこれは音に限らず光もそうなのだそうだが、あの時の研修では異音はちょっと距離があるだけで聞き逃すことになるから気を付けろと言っていたが、今はその逆だな。

 ちょっと距離を取れば話せるだけの環境にできる。

 ここまで離れてからアプリコットに俺の正直な感想を言ってみた。

 その時の彼女の反応が俺には面白かったのだが、アプリコットは俺のことを見て『こいつ何を言っているのだ。軍人なら大砲の音くらいあたりまえだろう』と言いたげな顔をしていた。

 正直に言ってもいいんだよ、そもそも俺は軍人じゃないから何を言われても大丈夫。

 なにより俺は、今の今までこんな間近で砲撃中の野戦砲を見る場面に巡り合ったことは無い。

 確かに俺は今までに何度か部下たちに野戦砲の訓練を命じたことはあったが、その訓練の見学も今まで出来ずにいたのだから、今回が初めての経験だ。

 でも、この迫力は正直怖い。

 俺としてはこんな間近での大砲発射など、もうお腹いっぱい。

 遠くから見ている分には迫力があって面白いと思うが、傍ではうるさいだけでちっとも楽しくない。

 ぶっちゃけ、これを最後にしたい。

 傍で真面目なアプリコットは進行状況など確認して俺に報告してくるが、その報告を聞いても俺には評価のしようがない。

 だって、野戦砲の次弾装填までの時間など聞いてもどう評価して良いのか俺は教わっていない。

 すぐそばを攻撃している筈なのだが、それに撃った弾が当たったかどうかちっともわからない。

 怪我の無い事だけ分かればそれでいい。

 しかし、映画やドラマとは違い本当の戦場とは本当にすごい迫力がある。

 なにせここからの砲撃もすごいが、俺たちよりも傍にいるメーリカさん達からの榴弾砲の攻撃がすごい。

 もうこうなると、敵がどうなっているか全く分からない。

 とにかく爆発と煙ばかりしか確認できずに時間ばかり過ぎて行く。

 尤も、俺は弾が当たらなくてもいいからとにかく在庫を撃ち尽くしてくれと命じていたので、みんな正直に着弾点補正などせずに、気持ちよく撃ち続けている。

 攻撃を命じてから10分ばかり過ぎた頃に、敵の陣取った場所からものすごい爆発を確認した。

 その爆発とともに、四方八方に色々と飛び出してくる。

「敵からの反撃か」

 俺が恐れおののき声を上げてしまう。

「いえ、どうやら敵の補給集積場に攻撃が当たったのでしょう。ここまで持ってきた弾薬類に引火したようです」

 アプリコットは怖く無いのだろうか。

 冷静に状況を分析して教えてくれる。

 最初の大きな爆発の後も、小さな爆発が続く。

 時折直ぐ傍まで何かしら飛んでくるが、辛うじてここまでは届かないようだ。

 俺は安心しきっていたら、戦場では何が起こるか分からないの喩え通りに俺の直ぐ傍にまで何かが飛んできた。

 危うく尻餅をつくかというくらい慌てたが、辛うじて無様な格好を周りに見せずに済んだ。

 俺は落ちつくと飛んできた何かの確認に向かう。

 どうやらドラム缶の一部だったようで、今もかなりの高さに飛びあがったドラム缶を辛うじて確認できる。

 弾薬に続き、燃料にも引火したようで、敵さんの周りはかなり地獄の様相を見せているようだが、ここからは全く判別ができない。

 そもそも榴弾砲の夜間攻撃のあまりのすさまじさで、どこにこちらの攻撃が着弾したか全く判別ができなかったのに加えて日が完全に沈み周りが暗くなってきた。

 攻撃を始めてからそろそろ一時間たとうかという頃になって、俺たちのノルマが終わったようだ。

 野戦砲はほとんど同時に攻撃を止めた。

  野戦砲を指揮していた下士官が俺のところまできて、報告してくる。

「大尉殿。ご命令通り、こちらに運んできた全弾撃ち尽くしました。この後のご指示を」

「ああ、ご苦労様。それなら、作戦通り俺たちは先に撤収しよう。撤収を開始してくれ」

 俺はそう命じて、野戦砲の片づけを命じた。

 この後はここから少し離れた場所にある合流地点に移動して、みんなを待つことになる。

 こちらのノルマの方が第二中隊や陸戦中隊よりもはるかに少ないので、あちらは後一時間くらいは攻撃しているはずだ。

 その一時間が俺たちにとって撤収のための猶予時間を作ってくれる。

 そう計画してある。

 最悪榴弾砲などは捨てても直ぐに撤収をしてもらう手はずになっているが、数人で携帯できる榴弾砲なので、こちらよりは格段に撤収に時間はかからないので、まず問題は無いだろう。

 あるとすれば、こちらの野戦砲の撤収の方だ。

 最大射程で敵基地攻撃を命じていた3門の野戦砲については撤収を命じてから順調に撤収作業が行われている。

 しかし、機甲化中隊を攻撃するために水平射撃できるように半ば埋めたように設置した残りの半分の野戦砲が問題だ。

 穴からそう簡単に出せないのだ。

 これは考えが及ばなかった。

「お~い、そこ。バラバラに散らばって撤収作業しても穴から出せないだろう。一門づつ全員でかかるんだ。それでも時間がかかるから、他の者も手が空き次第手伝いしてくれ」

 俺が大声で周りの皆に命じた。

 野戦砲事に対応していた兵士が自分たちの野戦砲の撤収作業を始めていたが、それではいくら時間をかけようとも穴から出せないだろう。

 最悪、3門は置いていくことも考えている。

「大尉。3門撤収の準備が整いました」

 順調に撤収していた普通の使い方をしていた野戦砲の撤収作業が終了したとの報告を受けた。

 3門すべてが持ってきたようにトラックに接続されて、運べるようになっている。

「なら、先に合流地点に運んでくれ。最低限の人数で運んでほしい。残りはあっちの撤収作業を手伝ってほしい」

「了解しました」

 先に邪魔になる野戦砲をここから運び出してもらった。

 しかし、終わりそうにない撤収作業。

 作戦を間違えたかと反省していた。

 俺たちが攻撃を終えてから1時間が過ぎようかとする頃になって、迫撃砲の攻撃も止んだ。

 あっちもノルマを終えたらしい。

 しかし、戦果の確認などできようもないくらい周りは真っ暗だ。

 正直明かりを灯しながらの撤収作業は格好な的になるからやりたくはないが、暗いと事故も起こす危険がある。

 そもそも技術者として教育された俺は、暗い環境での作業は事故の下だから環境が許す限り明るくして作業することが染みついている。

 暗い環境でも最低限手元だけは明るくして作業する。

 暗い中手探りでの作業など俺にはできない。

 命令もするつもりもない。

 周りの反対もあって、明かりは最低限いだけしてあり、かつ敵の居る方向に対しては明かりが漏れにくくするように覆いをかぶせての作業だから、ただでさえ捗らないのに余計に手間のかかる。

  撤収作業を命じてからどれくらい時間がかかったか分からない。

 1時間は過ぎただろう。

 迫撃砲の攻撃も終わっているし、急がないと敵からの反撃の恐れも出て来る。

 そんな不安が大きくなりだした頃に、合流地点まで先に野戦砲を運んでいった連中が戻ってきた。

 なんと、メーリカ少尉が自身の部下の一部も連れてだ。

「隊長。ご命令通り迫撃砲全弾撃ち尽くしました。しかし、ここからでも分かったでしょうが、戦果は確認できていません」

「ああ、それは分かっているから良いよ。わざわざ報告しに来てくれてありがとうな」

「いえ、ご苦労されていると聞きましたから手伝いに来ました」

「え? そうなの。助かるな。見ての通りまだ1門しか撤収作業が終わっていないよ。手伝ってくれるのならみんなで、順番に端から救い出していこうか」

「分かりました」

 メーリカ少尉が連れて来た兵士に手伝ってもらいながら残っている野戦砲の撤収作業していった。

 流石に人手があると捗る。

 メーリカ少尉が来てから30分も掛からずに撤収作業は終えることができ、全員でここを離れた。





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