第299話 撃ち方始め

 ここに連れてきた中隊が全て陣地の構築を終えた。

 これでとりあえず敵を迎え撃つ準備が整ったという訳だ。

 この攻撃で、あの参謀から俺に出ている命令は実行できたと判断できるかな。

 ……

 いや、機甲化中隊相手では難癖を付けられるのがオチだろう。

 俺に出ている命令は敵基地攻撃だし、あの参謀のことだ、基地を攻撃していないと命令は実行できたとはみなさないだろう。

 俺がそんなことを考えているとアプリコットが俺に聞いてきた。

「大尉。この攻撃の後ですが……」

「命令の威力偵察の件か」

「ハイ、そうです。しかし、基地攻撃に行く前に敵の方からこちらに向かってくる以上、難しくなるのでは」

「ああ、そうだな。だが今はそんなことは考えなくとも良いよ。とにかく敵さんの戦車をやり過ごさないといけないしね。とにかく時間を稼ぎ、余裕ができたら次を考えよう」

「確かにそうでしたね。すみませんでした」

 アプリコットの会話はそれで済んだ。

 俺たちも陣地の構築を終え、敵を待つだけになったので、この場で休息をとった。

 その日はほとんど移動と陣地構築で終わってしまい、敵との交戦は無かった。

 俺たちが連邦軍と共通して持つ認識では、戦闘は翌日以降になる。

 その日は、それぞれの中隊が作った陣中で夜営を行った。

 敵からの攻撃も無く無事に翌朝を迎えることができた。

 ここまで案内してくれた共和国の兵士の話によると、俺たちの目標である補給基地からここまでの距離がさほど離れていないことから、来るならば今日中に来るはずだという。

 しかし、ジャングル内の移動なので、早くとも今日の午後にはなるだろうという話だった。

 流石に、ただここで待つわけにもいかず、俺はメーリカさん率いる第二中隊から人を出してもらい、案内の共和国兵士と一緒に偵察に出てもらった。

 昨日から付近の警戒だけはしているが、今回の相手が戦車を中心とした部隊だということもあって、索敵は戦車が移動できそうな経路沿いに限らせた。

 俺たちの索敵に非常に有利なことは、俺たちの相手である戦車は異常に煩いということだ。

 戦車一台でもかなりの音を立てながら移動してくるのに、それが数台ある。

 音だけでも遠くから敵の移動を察知できるし、何より戦車が移動できる経路も限られている。

 唯一不安があるとすれば、普通、戦車だけの移動ってあるのか。

 俺は軍事に詳しい訳では無いが、戦車って歩兵が居て初めて戦力として絶対的な力を発揮できるのではないかと思っていた。

 となると戦車を中核とした中隊が動くのには、少なくとも歩兵は大隊以上の兵力をもってこちらに来るのではと考えていたが、これを先の共和国兵士があっさりと否定してきた。

連中黒服兵士は我々軍との共同作戦を好みませんから、まずありえませんね。それに何よりうちの軍では自分から協力を申し出る人は居ませんよ。あったとしても政治将校や本国から来ている参謀連中がとやかく言ってきますが、連隊長がのらりくらりとかわすのがおちですね」

 この話は、俺たちがあの村を出る前に議論されたことだが、アプリコットを始め俺たち帝国の連中は誰も信じられなかったが、元共和国の英雄であるキャスターさんも簡単に同意してきた。

 よほどあの黒い連中は現場から嫌われているのだろう。

 キャスターさんはあの黒い連中を、小さくて黒いGになぞられて、言い放つ。

「誰も好む者は居ません。どこにでも現れて邪魔をしますが、それでいて逃げ足だけは速いあのGと同じ」とまで言っていた。

 その場にいた全員はその言葉で納得したが、俺はまだ全面的に信じてはいない。

 まあ、たとえ歩兵が同行していても、戦車とは離れての移動は無いだろうし、喩え予測経路から離れるとしてもそれほど距離は取らないだろう。

 奇襲でも掛けるつもりでもなければ、歩兵だけでのジャングル移動が無い事は、俺たちの今までの経験からも分かる。

 何より食料や弾薬をトラック無しで運ぶのには距離的に限界がある。

 俺は陣地の周りには絶えず警戒を出しているが、これは単に奇襲除けの意味しかない。

 索敵は予測経路に絞って多少遠くまで走らせている。

 その索敵班から、午後になって報告が入った。

「相当距離がありますが敵基地が見える場所まで行きました。が、そこから見る限り一向に戦車の移動する気配すらありませんでした」

 そう報告してきたのである。

 最初にもたらされた機甲化中隊の情報に誤りがあるのか。

 確かに戦車を含む機甲化中隊がこのジャングル方面に回されたことは確認されているのである。

 となると戦車は基地から出ない。

 そんな可能性も考えたが、基地から出ないなら、俺たちの目的である時間は勝手に稼げるので、何も寝た子を起こすことは無い。

 基地を監視できる場所に居る兵士を交代で送ることにして、しばらくここで待機することにした。

 結局その日は終日敵に動きはなかった。

 夕方、俺は散らばっている中隊の隊長を集めて今後について相談した。

 無線が使えればよかったのだが、流石に敵の目の前で無線を使う気にはなれない。

 いくら暗号を使っていても、無線を使えば近場に敵がいることを教えるようなもので、流石に俺でもそれ位は分かる。

 結局、昔の戦場よろしく伝令に頼っているが、今のところ齟齬はきたしていない。

 夕方、少し早い夕食を取りながら、みんなと話し合い、俺たちは数日はここで様子を見ることにした。

 翌日も敵に動きが無い。

 せっかく敵基地が見える場所に斥候を置くことができたので、俺は一緒に命令の実行も考えて先の村に残してきた野戦砲を呼び出した。

 幸いなことに、ここからでも敵基地を狙えそうなのだ。

 なんと、野戦砲の最大射程圏内に敵の基地がある。

 戦車攻撃と同時に数発敵基地に撃ち込んで、逃げれば俺に対するあの参謀から言われた命令も終わる。

 本当に敵がゆっくりしてくれているので助かっている。

 野戦砲を取りにあの村に兵士を戻した時に連邦の作戦状況も聞けたが、二つの村の村民全員が逃げることに同意した訳では無いが、それでも希望者全員を数日以内に連邦内に運ぶ目途が立ったようだ。

 できるのなら、このまま数日何事も無ければいいのだが。

 結局敵の動きがあったのはここに陣を構えてから3日後だった。

 斥候部隊から昼過ぎに伝令がやってきた。

 なんでも、朝もゆっくりと10時過ぎに機甲化中隊が敵基地を出発したのを確認できたとのこと。

 敵の出発を確認してきた斥候部隊をこの後どうするか聞いてきたので、とりあえずこの陣地まで引き上げさせた。

 安全第一だ。

 ここから基地を狙う野戦砲の砲弾が間違えて当たっても危ないので、とりあえず絶対に弾が落ちることのないこの陣地まで下げることにした。

 もう基地を見張っていてもしょうがないしね。

 朝10時に出た機甲化中隊はその後どうなったか。

 いつここまでくるか、皆目俺には分からない。

 周りに聞いても誰一人として予測ができないとのこと。

 仕方が無いので、頻繁に別の斥候を出して彼らの動きをトレースすることにした。

 幸いなことに、基地を見張っていた斥候部隊はその後にも前にも敵の歩兵の部隊を確認していない。

 前に聞いた通り、機甲化中隊だけの移動のようだ。

 本当にこんな運用ってあるのだろうか。

 俺がただ素人で知らないだけだとか。

 まあ、敵の運用を心配してもしょうがない。

 俺は部下たちに攻撃の準備をさせた。

 しかし、その後、待てど暮らせど敵はやってこない。

 斥候からの報告では、とにかく敵戦車部隊はこちらに向かってきているようだが、なかなかやってこない、いや来れないようだ。

 いったい、いつ来るんだよ。

 いい加減待ちくたびれた。

 連邦の村民移動作戦も先ほど完了したとの報告も受けている。

 もう、時間を稼ぐ必要もなくなったのだ。

 適当に数発撃ち込んで帰っても良くないか。

 俺はふとそんなことを思い始めた。

 夕方になり日も山の影に沈もうかという時間になって、やっと敵さんはのこのことやってきた。

 まだ、辛うじて敵を目視できるから攻撃できるが、迫撃砲弾を撃ち尽くすころには日が完全に沈みそうだ。

 いや、遥かに弾数の少ないこちらの大砲ですら日のあるうちに全弾撃ち尽くすのが間に合うかどうか。

 まあ、帰るにしても持ってきた弾薬が邪魔になるし、とりあえず撃ち尽くすことにした。

 別に敵に命中させる必要も無いので、俺は待機している部下たちに対して撃ち尽くすことを目的に攻撃するように無線で命じた。

 もう、敵に俺たちが近くにいることがばれても問題無いので、一々電波を気にすることが無い。

 無線を入れた後に俺は部下に攻撃を命じた。

「敵、機甲化中隊に向け野戦砲撃ち方始め。敵基地への攻撃も許可する。別に命中弾を出す必要はないから、適当に持ってきた弾薬を使いきってくれ」

 俺の命令で一斉に野戦砲は火を噴いた。

 この攻撃から遅れること数秒、別に陣地を構えている第二・陸戦両中隊からの榴弾砲による攻撃も始まった。






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