第298話 迎え撃つことにしました

「大尉。大尉から命令があればどんな困難な任務も引き受けますが、戦車相手の知恵など出せと言われても……私は海軍出身なもので、教わっておりません。…… すみません」

 ケート少尉は最後小さくなりながらか細い声で答えて来た。

 そりゃそうだ。

 普通は戦車なんか相手にしないから、その方法だって知りようがない。

 となるとと思いながら俺はメーリカ少尉やアプリコット少尉を順番に見たが、二人とも顔を背けた。

 『聞いてくれるな』という心の声が聞こえて来た。

 しかし、戦車の脅威が迫る中、対応が決まらないのも困る。

 俺は連邦軍のトップ、幕僚長のキャスターさんにお助けを願おうとしたら、先方から先を越された。

「大尉。流石に彼女の意見は尤もだ。今の手札では私だって困るしかない」

 え?

 最後の頼みの綱のキャスターさんにも断られた。

「しかし、このままだとここも時間の問題か」

「幕僚長。皆を国境まで避難させなくてはなりませんね」

「ああ、しかしこの村だけでも時間的に難しいかな」

 連邦の二人は現実的な方法を探し始めた。

 まあ、こうなると下がって応援を頼むしかない。

 国境まで下がれば、それこそ防衛軍の出動を願える。

 そうなれば上空から飛行機での攻撃も可能となる。

 帝国軍、この場合一番近くにいる海軍航空隊あたりへの依頼を掛けることになるだろう。

 戦車の天敵である飛行機が出張れば、流石に共和国も退却するしかないだろうが、そうなると、安全に村民を避難できるかどうかに、問題が集約する。

「大尉。この村からの避難を誘導するにしても私たちにはその権限がありません」

「ああ、だから状況を説明して希望者のみとなるだろうな」

「それでも、この村だけですよね」

「は? それはどういう事だ」

「キャスターさんたちの目的にはもう一つの村があったように記憶しております」

「「「あ!」」」

「直ぐに伝令を出すしかないか」

 キャスターさんたちは大急ぎで動き出した。

「時間が欲しい」

 キャスターさんが本当に困ったような声で呟いてきた。

 時間を作るくらいならできそうだな。

 それに俺らは、威力偵察の命令もあるし、一度だけでも攻撃しないとまずい。

 順番に問題点を整理して考えられることは、あのブラック職場で散々鍛えられた俺の数少ないスキルだ。

 この時ばかりはそのスキルに感謝しよう。

「あ、閃いた」

「大尉」

「ああ、時間を稼ぐ方法を閃いた。尤も、これには連邦の皆さんの協力がいるけど」

「大尉。協力なら何でもする。教えてくれ、その時間稼ぎの方法を」

「ええ、我々がその戦車を攻撃してきます」

「は? 自殺希望なのか。君らの装備で戦車攻撃ができるとは思えないぞ」

「え? 攻撃ならそれこそ道端に落ちている小石でもできるでしょう。問題はその攻撃が相手に通じるかどうかだけの話で」

「何を屁理屈を言っているんだ。正直時間がない。回りくどく言わずに教えてほしい」

 キャスターさんは少々イラつきながら言ってきた。

「ですから、我々の持てる武器で攻撃をかけます」

「だから効果ないだろう」

「ええ、ですが敵は我々に気が付きますよね。敵が我々に気が付いて追ってきたら、我々はこの村とは別の方向に逃げて、敵をこの村から遠ざけますよ。今の私にはこの方法しか思い浮かびません」

 ………

 ………

「確かに、それなら時間稼ぎはできそうだな」

「捕虜でなく亡命希望者でしたっけ。今、キャスターさんが保護している共和国の兵士の方が居ましたよね」

「ああ」

「その方たちに案内をお願いできませんか。ジャングルの中ですし、戦車が通れそうな場所って限られていますよね。できれば待ち伏せして遠くから攻撃をかけたいので」

「分かった。私も行こう」

「いえ、キャスターさんはここに残って指示をお願いします。私のところからも、第三中隊はここに残します。彼女たちへの指揮権を一時的に預けますので、保護した村人の移動に使って頂いても構いません。トラックなら十分な数がありますし」

 ここまで話すと、方針が決まった。

 ここから詳細を詰める作業になる。

 マリーさん達が別の村に走り、状況を説明してここまで村人を避難させることになり、その際に第三中隊のトラックも状況により使われることになった。

 俺たちは、共和国から亡命を希望していた斥候達と待ち伏せできそうな場所について話し合った。


 それからさほど時間を置かず、俺は陸戦中隊、第二中隊と第一中隊から一部を連れてこの村を発った。

 できる限り共和国の基地の傍まで行き、そこで待ち伏せをするためだ。

 俺の乗る指揮車には斥候部隊を率いていた少尉が乗り込んで案内をしている。

 ジャングルの中を1日走り、河原傍の広い場所を見つけた。

「ここなら、中隊規模でも休めそうだな」

「ええ、この辺りではここくらいしか、機甲化中隊を休ませる場所はありませんね。まだ、基地からそれほど離れている訳ではありませんが、それでもそろそろ戦車なら燃料を補給しないとまずいでしょうから、絶対にこの場所で一時的に休ませるでしょう」

 俺たちが使っている指揮車やトラックなどの車両は、はっきり言ってどこでも燃料の補給はできる。

 それこそ携帯型の燃料タンクを持って補給すればいいが、燃費の悪い戦車はそう言う訳にはいかない。

 そんなことをして燃料を補給しようものなら、どれだけ時間がかかるか分からない。

 それでも一台なら無理やりどうにかできるだろうが、相手は機甲化中隊だ。

 当然、燃料の補給はこういった広い場所で、トラックから燃料の入ったドラム缶を下ろして、ドラム缶から直接補給するしかないだろう。

 斥候部隊の士官はそのことを言っている。

「では、ここで待ち伏せするということで」

「ここに陣を張るのか」

 メーリカ少尉は俺に聞いてくる。

「戦車相手に正面から戦う訳ないだろう。幸いまだ時間がある。ここが見える場所で、そうだな、1kmくらい離れた場所を探そう」

「は?」

「そこからならば榴弾砲も届くだろう。あるだけの弾薬を全部ぶち込んでしまえば戦車は無理でも補給用のトラックくらいにはダメージを与えられるだろう。それに何より1kmも離れていれば俺たちが逃げる時間も稼げるというものだ」

 俺は皆にそういうと、条件にあった場所を探させた。

 川伝いに800m上流に移動すると、条件に合った場所を見つけた。

「ここに陸戦中隊と第二中隊は陣取って合図したら持ってきた榴弾を全部撃ち込んでくれ」

「え?全部ですか。私の中隊だけでも240発は有りますよ」

「ああ、全部だ。逃げる時に、一々残りをしまっているような時間は無いだろう。残しておいて敵に利用されても面白くないし、それなら全部使った方がいい」

「分かりました。して、隊長はここに居ないので」

「ああ、ここは持ってきた野戦砲を持ち込めないだろう。野戦砲が使える場所を探すよ」

「え、まだ野戦砲を使うつもりなんですか」

「ああ。せっかく持ってきたし使わない手は無いだろう」 

「しかし、野戦砲で動く戦車を相手になんて聞いたことありませんよ」

「いいんだよ、野戦砲も持ってきた弾薬を使うだけだから。俺も当てようとなんか考えていないよ」

 俺はそう言って、俺の第一中隊を連れて条件にあった場所を探して回った。

 なかなか条件に合う場所なんか見当たらない。

 まあここはジャングルだ。 

 早々野戦砲戦ができそうな見通しの良い場所など見つかる筈がない。


 俺たちが困っていると、先の斥候の兵士の一人がある場所まで連れて行ってくれた。

 先ほど陸戦中隊や第二中隊が陣を構築している場所から更に1kmばかり奥に入った小高い場所だ。

 ここなら直接トラックも乗り付ける。

 そう、野戦砲を持ち込める場所だ。

 しかし、問題がない訳では無い。

 ここから目標を置いている場所までの距離が問題だ。

 おおよそ2km。

 野戦砲の射程外になる。

 届かないのではない。

 野戦砲にとって近すぎるのだ。

 山なりに打ち上げれば撃てないはずがなさそうなのだが、あいにく仰角設定っていうの、それができない。

 しかし俺は考えた。

 俺は兵士に命じて、直ぐにこの場所に野戦砲の陣を作ることにした。

 問題の射程については、地面を掘り、野戦砲の砲身をほぼ水平になるように野戦砲を半埋めにした。

 出来上がった陣を見た兵士に「隊長、これって撃てるのですか」と聞かれたが、そんなことは俺も知らない。

「撃てるかどうかなら撃てるだろう」

「確かに水平方向に撃ち込んでも弾は出るでしょう」

 ちょうど陣の完成の報告に来ていたケート少尉がその会話を聞いていた。

「大丈夫かと思いますよ。この野戦砲も戦艦の艦砲もほとんど同じ造りですし、その艦砲なら水平撃ちもありますから」

「あ、ケート少尉。ありがとうな。それで、何か」

「あ、すみません、大尉。向こうの陣の準備が整いました。その報告に来ました。あと、私たちの攻撃開始の合図について聞いていなかったもので」

「ああ、それな。ここからなら当たるかどうかは別にして、この野戦砲が撃てそうなんだ。野戦砲の初弾を合図としてくれ。こちらも、持ち込んだ24発全部を撃ち込んだら勝手に撤収するから。合流は、先の打ち合わせの通りにする。何かあれば無線で連絡するが、最悪のことを考えてその通りに動いてくれ」

「了解しました」





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