第295話 隠された目的
キャスターさんが急にとんでもないことを言い始めた。
「せっかく大尉の部隊があの基地に攻撃を掛けるのでしょう。それなら私たちとご一緒しませんか」
何だ何なんだ。
何を言い出しているのか俺には分からなかった。
ジャングルにある敵の基地への威力偵察に同行したいと言っているのは辛うじて理解できるが、その理由が分からない。
なにせ状況はこちら側には圧倒的に不利だ。
命の危険すらあるのに何を言い出しているのか全く俺には理解できない。
俺が訳わからずの顔をしているのがそれこそ不明といった表情で、説明し始めた。
まず、あの二つの村が今どうなっているかが不明な点だ。
それを確かめる必要があるのだが、連邦軍ではその調査すら力不足だ。
俺たちの威力偵察に便乗してしまえば少なくとも村に対しては十分な戦力をもって調査に行ける。
本来なら防衛軍を動かした大々的な作戦になりそうだが、そんなことを待っているだけの時間が無いというのがキャスターさんの見積もりだ。
海軍さんが上空から調査のために取ってくれた僅かな写真からしか読み取れないが、まだ状況的には共和国に蹂躙されていないようだ。
しかし、それはあくまでこの写真が取られた段階で、いつまで大丈夫か分からない。
とにかく時間が無いのだ。
しかし……
時間が無いのは分かるが、一応他国との共同作戦なんだから俺の一存ではやりようがない。
それはキャスターさんも同じだ。
防衛軍を通さないとできない相談で、全く不可能かと言えば今のキャスターさんの地位ならできるかもしれないが、先に挙げた時間が無いという理由でそれも不可能だ。
「キャスター幕僚長。ご提案の件ですか……」
俺がここまで言うと、含みのある笑顔を俺に向け「大丈夫ですよ」とだけ。
そこから何やら急に事務所が忙しくなっていく。
俺の横をマリーさんが大急ぎで外に出て行く。
あれ、ちょっと待て。
俺は返事していないぞ。
「グラス大尉。大尉の部隊は、そうですね……ここ、国境に近いこの村に向かってください。できれば私たちと時間差があればあるほどいいですね。そこで私たちと合流しましょう。な~に、現場に出てしまえば現場責任者の臨機応変な対応でどうにでもなりますよ」
完全に決定事項となった。
俺はその場で呆然としていると、外からアプリコットが入って来る。
「大尉。やはりダメですね。閣下は帝都に出張中でした」
アプリコットが俺に報告してきた。
予想はしていたが完全にタイミングを計って計略を掛けて来たようだ。
「そうか。この作戦は防衛軍の企みという訳か」
「それにしてもかなり大げさに準備したような。閣下は急に帝都に呼び出されたようでしたよ」
「となると、帝都にいる誰かの企みか」
「それよりも、案内の件どうなりましたか」
「キャスターさんに快諾を頂いたよ。しかし、直ぐには準備できないから、国境に近い村で待っててくれと言われた」
「準備ったって、補給は完璧ですよ。まあ、まだ装備面で少し足りないのもありますが、そんなことはどこの部隊でも当たり前にありますから言い訳にならないかと」
「いや、準備取ってても糧食、弾薬、それに装備だけでは無いだろう」
「え、いやいや、練度のことを言ったらここから出られませんよ。それこそ抗命で処分されます」
「俺もそこまで要求はしないけどな。威力偵察って敵の反撃から情報を得ることだろう。俺、敵に対して攻撃命令は出せるけど、敵の反撃からの情報なんか分からないぞ。俺にそんな芸当はできないぞ。アプリコットはできるのか」
「……」
「だから、防衛軍本部に行って軍監でもお願いしてくるよ」
「だって、この命令って……」
そう、この命令は俺らの処分を目的としているから、一緒に行こうなどという人間は絶対に居ないとアプリコットは云いたかったのだろう。
「ああ、分かっている。ちょっとばかり時間を稼ぎたいんだ。それに俺らを嵌めた連中に一泡吹かせたいだろう」
そう言って俺はアプリコットを連れて防衛軍本部に向かった。
防衛軍の入り口でちょうどそこから出て来たマリーさんと出くわした。
「大尉、それでは村でお待ちしておりますからね」と言い残して走り去っていった。
「大尉、何のことでしょうか」
「さあ~な。きっとマリーさんが案内人を用意してくれるのだろう」
俺もアプリコットにごまかすようにそう言ってから中に入った。
防衛軍司令部で俺への命令を出してきた参謀を捕まえることができたので、早速俺は彼に一つのお願いをした。
「大尉、貴官には命令が出ていたはずだ。何をぐずぐずしている」
「ちょうど良かった、参謀殿。その命令についてお願いがあります」
「既にあの命令は効力を発行している。今更なかったことにはできないぞ」
「いえ、その命令を実行するのに困ることがありまして、そのお願いに来ました」
「補給なら十分すぎるくらいに出ていたはずだが、それ以上望むのか」
「いえ、補給は既に十分頂いておりますから、問題は有りません」
「ならなんだというのだ。いらんこと言わずにさっさと命令を実行したらどうだ」
「ええ、直ぐにでも出発したく思っております。ですので、参謀殿が我々と同行願えないかお願いに上がりました」
「ど、同行だと。どういうことだ」
参謀は急に慌てだしてどもりながら聞いてきた。
「ええ、私はどんな敵でも命令があれば戦うつもりです。まあ勝てるかどうかは別の話になりますが。しかし、私に命じられたのは威力偵察となっておりまして、敵へ攻撃だけすれば良いというものでは無いと聞いております。あいにく、敵の反撃から情報を得るような器用なことは私にはできません。なにせ俄か士官ですので。それと私の部隊はそれをできるようなベテランの部下は一人もいない、悉く偏った部隊なのはご存じのことかと。できるとしたら大隊長のサクラ閣下くらいかと。なら、命令をしてきた人にお願いするのが一番かとお願いに上がりました」
「な、な、なにを……」
「何、大丈夫です。私が安全を保障しますから。私も死にたくは無いので、十分に気を付けます。ご一緒頂けますよね」
「え、い、いや、私にも仕事があってな。無理だ」
「そうですか。なら防衛軍司令官殿にお願いするしかないか。防衛軍司令官殿に面会できますか」
「え、いや、司令官殿は帝都に出張中だ」
「それは困りましたね。なら帝都に連絡して参謀のどなたかがご一緒して頂けるようにお願いしようかと」
「そ、それなら私の方から司令官殿に相談しておく。貴官はすぐにでも出られるように準備を進めてくれ」
参謀はそう言い残すと走るように逃げて行った。
「大尉、今回は完全に嵌められましたね。多分ですが司令官もこの件は知らないようですね。しかも、知られるとまずいことになるかもしれないとなると……どうしますか。時間を稼げば行かずに済むかもしれませんよ」
「いや、行かないとまずい」
「え? それは……」
「ああ、ここではまずい。後でみんなを集めてから話すよ」
俺はアプリコットに主だった士官を集めてもらうように指示を出して、俺たちのたまり場に戻っていった。
サリーちゃんのお家で主だった皆を集めてから説明を始めた。
「要は、俺たちは悪意を持った者たちに嵌められたが、この命令は素直に従うことにする」
反応はまちまちであったがジーナたちは反対の様で文句を言ってきた。
「そんな怪しい命令なんか聞かなくてもいいんじゃないの。もし無理そうなら私がお父さんに言って何とかしてもらうから」
「いや、それには及ばないよ。確かに危険を伴うが、どうしても行かないとまずいんだ」
俺はそう切り出してから隠れた目的を説明する。
キャスターさんたちとの密約についてだ。
まだ連邦に属してはいない付近の村を救いたいと、一部は既にここから出発した連邦軍と国境に近い村で落ち合う約束であることを説明した。
「この写真に写っているこれとこれの二つの村の救出が目的だ。もし共和国に落とされていたら戦闘になるが、写真を見る限りまだそこまでではないらしい。しかし、直ぐ傍に共和国の基地がある以上時間の問題だと、マリーさんやキャスターさんの意見は一致している。だから俺たちと共同して、最悪村民だけでもここに避難させるつもりで既に連邦軍は動いている」
「隊長。 もし敵と遭遇したらどうしますか」
「もちろん連邦軍と一緒に戦闘になるが、目的は救助だ。目的を果たしたら帰ればいい」
「え、敵基地への威力偵察は」
「敵と戦闘したらそれでおしまいだろう。なにせ俺たちには威力偵察できる人は居ないから。軍監を頼んだが断られたから、大丈夫だ。戦闘した時の様子を伝えるだけで良い。文句を言ってきても既に言質は取ってある。そうだよなアプリコット少尉」
「はあ~。 確かにあれがそうなら言質は取りましたね」
「俺への評価がこの失敗で下がっても俺は構わない。あ、君たちへの評価については俺ができるだけ頑張るから許してほしい」
「で、いつ出発するのですか」
「ああ、先の参謀たちからケツを叩かれてからだな。軍監の手配をせずに行けと命じられれば動くよ」
「そこまでしますかね。まあ、そこまですればあいつらだって文句も言えないでしょうね」
「だから明日から準備するけどゆっくりで良いよ。でも、遅くとも三日後には出るからね。本来の目的は時間との勝負だ。あまりここでゆっくりともできないからね」
俺はみんなにそう宣言してから解散させた。
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