第294話 絶対面倒なお願い

 早速俺は連邦軍が本部を置いている事務所に向かった。

 連邦軍本部と言っても規模がまだ連隊に届くかどうかというレベルで、実力的には大隊、いや大隊以下といった感じなので、本当に中小企業の事務所と言っても信じてしまうくらいこじんまりしたものだ。

 尤もその活動も新たに加えた兵士の教育にその力の大部分を注いでいるのだから、正直俺と置かれている環境は変わらない。


 俺は一人でその事務所を訪ねた。

 なぜかって、アプリコットは無駄だと知りつつも受け取った命令書について大隊長であるサクラ閣下に連絡を取っている。

 こことジャングル方面軍の司令部のある場所までは電話が通じるようにはなっているが、いきなり電話をかけてもなかなか取り次いでもらえない。

 なにせ相手はこの方面の軍団を預かる責任者だ。

 たかが尉官がいきなり電話をかけても門前払いされるのがおちだ。

 そもそもそんなお偉いさんに大隊長を兼任させる方がおかしい。

 急に大隊長に連絡したくとも直ぐに連絡が取れないようでは組織が機能しないことは自明の理だろう。

 おっと、ここで俺が愚痴ってもしょうがない。

 俺は気持ちを入れ替えて事務所の扉を開けた。

「失礼します」

「すみません、どちら様ですか」

 事務所で受付をしている兵士が俺の素性を訪ねて来た。

 見たことが無い若い子だった。

「あ、この町に駐屯しております帝国軍大隊長の代理をしておりますグラスと言います。

 階級は大尉です」

「大尉殿でしたか。失礼しました」

「いきなり尋ねてきて恐縮ですが幕僚のマリーさんはおりますか」

「面会ですか。少しお待ちください」

 そう言って受付をしてくれた若い兵士は奥に入っていった。

 その兵士が奥に入ってから本当に直ぐにその兵士と一緒にこの組織のお偉いさんを連れて戻ってきた。

 マリーさんとこの組織の責任者であるキャスター元少佐で現在は連邦軍長官でもある幕僚長だ。

 なにせ、連邦軍をここに創設するときにその責任者に当たる適任者が彼女しかいなかったが階級を少佐のままという訳にもいかず将官に変更しようと周りから強く求められたのだが、肝心の本人だけがかたくなに将官への昇進を拒んだ。

 紆余曲折の挙句に俺が冗談でこぼした自衛隊の階級をそのまま取り入れることになったという本当に冗談のような展開での階級だ。

「グラス大尉。いらっしゃい。ちょうど良かったわ。貴方のところに出された命令についてお聞きしたかったのよ。奥にどうぞ」

 責任者のキャスター幕僚長にそう言われて奥の部屋に擦れて行かれた。

「大尉、聞きましたのよ。いよいよ奥に向かわれるのですね」

 軍の命令が簡単に他に漏れるのはどうかと思ったのだが、直ぐにマリーさんから説明があった。

 防衛軍として一緒に活動する関係から俺への命令が発令された後に簡単に説明があったらしい。

 本当に簡単に俺の隊に共和国軍の居るジャングルに偵察をさせるとだけの説明だったとのことだ。

 一応会敵の可能性があり、最悪戦闘に入る恐れがあるので注意喚起のための報告だと言ったらしい。

 何が会敵の可能性だ。

 そのものずばりの命令を出しておいて白々しい。

 でも、一応連邦軍への配慮はあったという訳か。

 しかし、そこまで話が通っていればこちらも遠慮する必要はない。

 索敵に関しては全くの自由裁量が認められている。

 こちらの命令書を見せて情報を入手することにした。

 こういう場合にアプリコットがこの場に居ないことが幸いした。

 彼女が居れば秘密保全がどうとか言ってくるに違いなかった。

 俺も少しばかりその辺りを気にしたが、防衛軍本部からの情報が連邦軍に来ているので俺も遠慮しない。

「それは良かった。こちらとしても情報が全く無い状態での命令だったので困っておりました。ここに来たのもその相談です」

 そう言ってから命令書と一緒に渡された航空写真を見せながら相談を始めた。

 俺はこのジャングルの地理に詳しいマリーさんを訪ねてすこしでも情報を得ようとしたのだが、思わぬ所から情報が飛び込んできた。

 考えたら当たり前のことだが、それすら失念していた。

 それほど今回の命令に俺は動転していたのだろう。

 俺が写真を二人に見せマリーさんに基地付近のことを聞こうとした時に、幕僚長のキャスターさんが教えてくれた。

「あ、この基地ですか。そうですね、今となってはこの基地がこの辺りのジャングル内ではまともな基地としては唯一になりますか」

「キャスター幕僚長はご存じでしたか」

 俺が聞くとキャスターさんは包み隠さずに教えてくれた。

 なんでもこのジャングル方面では共和国が最初にジャングル内に作った基地で、規模としては都市部であれば師団も収容できる広さがある。

 尤も最前線においては流石に師団を置くには手狭になるようで、せいぜい旅団基地としてしか機能はできないとも教えてくれた。

 なんでも、キャスターさんがあの黒服に乱暴される直前に、この基地に寄ってからここまで来たようだ。

 あの基地は共和国軍がジャングル内に進出する際の中継基地としての機能を持っている。

 本来の計画ではあの鉄砲水が無ければ、俺たちの師団本部の近くまで共和国が進出してきて、あの辺りに軍団基地が作られる計画だったのだが、その際に目的の基地が補給基地として機能することになっていたことまで教えてくれた。

 まあ、キャスターさんが最後にこの基地を利用した時は、共和国軍の最前線基地として防衛の任務を負っていたようで、あの基地には常時2個連隊が駐屯している。

 これはキャスターさんがここに来る直前の情報で正確性は欠くが重要な情報だ。

「2個連隊ですか。でもそれなら一個旅団では」

「いいえ、2個連隊です。任務が異なり、防衛の任を負っているのがそのうち一個で、もう一つが補給の任に就いております。命令の系統が違い完全に別で動いております」

「そうですか。でも、2個も連隊があれば少なくとも一万人の規模と考えないと」

「いえ、そうでもないです。いても精々八千人でしょうか。下手をすると七千を切るかも知りませんね」

「え? どうして」

「ですから防衛の任を負っている連隊は歩兵連隊の五千人規模ですが、もう一つは補給連隊で、ここは基本補給隊の護衛くらいしか任がありません。そのために連隊規模も2個大隊もあればといった規模です。私が最後に見た時でも2500から3000も居ればよいくらいだったでしょうね」

「それなら総勢で八千か。でも俺たちの8倍はあるな」

 俺がキャスターさんからこれ以上ない位の情報を聞いている時にマリーさんは俺の持ってきた航空写真をじっと見ていた。

 その後急に叫ぶようにマリーさんに話しかけて来た。

「幕僚長。これを見てください」

 そう言って手にしている写真をキャスターさんに見せながら話かける。

「どうしましたか」

「私は知らなかったのですが、ここまで共和国軍が来ていれば、こことここの村は占領されたでしょうね」

 そう言って写真を指差した。

 それをじっと見ていたキャスターさんがしばらくしてマリーさんに話しかけた。

「今の場所に村があったのですか」

「ええ、あまり私たちとは交流がありませんでしたが、全くなかったという訳ではありませんでした。私もずいぶん前に前の隊長に連れられて行ったことがあります」

 そう、マリーさんはこの辺りに連邦国ができる前から共同で兵士を出し合っていた時の兵士だ。

 しかも俺らが保護するときには一隊を預かる隊長になっていた。

 そのマリーさんが前の隊長と言うのだからマリーさんが多分サリーちゃんと同じくらいの時に兵士になった時の話だろう。

「私がここに来る時にはその二つの村の存在は共和国は知らなかったです。ですので、その時はまだ共和国の影響は及んでいなかったかと」

「そうなると無事かな」

「それはどうかしら。少なくとも共和国軍も付近の偵察くらいはするでしょうし、このところグラス隊長に良いようにやられておりましたから、反撃の準備はしているでしょう。見つかれば当然ここの時と同様に進駐はあります。まあ、あの航空写真を見る限りでは大々的には進駐されていないようですがそれも時間の問題でしょうね」

「幕僚長」

「分かっております。まだ間に合うと言うのですね。私もそう思います。しかし、今から防衛軍に図っていては時間がかかるでしょうから、どうしましょうか」

 キャスターさんがそう言うと二人は急に黙って考え出した。

 俺としては最低限必要な情報が得られたから面倒になる前に帰りたかったが、流石にそこまで不義理はできない。

 それに何より、できればマリーさんの部下の誰かを道案内に借りられたらとも思っていたのだ。

 そう思っていると急にキャスターさんが俺の手を取り話しかけて来た。

 何かを思いついた表情だ。

 なにせ帝国からは共和国軍の女狐とも恐れられた稀代の軍師とも言われた人だ。

 そんな彼女が目をキラキラさせながら俺に話しかけて来た。

「グラス大尉。貴方にお願いがあります」

 それ来た。

 これ絶対に面倒ごとだよな。

「グラス大尉。ジャングルには私たちとご一緒しませんか」





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