第293話 仕組まれた命令書
報告後、俺たちは自分らの本拠地に戻り、日常が始まる。
俺はというと、いつものごとく俺の中隊を連れて依頼のあるままに付近を工事していく。
ただ、ちょっとばかり気になることが最近出てきた。
この辺りの道路工事も目途が見えたからだろうか。
最近になって俺を取り巻く環境に変化があった。
補給が全く問題にならなくなった。
いや、どうも俺らに優先的に補給が来るようになったようだ。
今朝も補給の受け入れをしていたアプリコットが俺に感想を言ってきた。
周りの部隊、特にアート連隊の兵士からやっかみが入ると言うのだ。
俺に「何か心当たりがないか」とも聞かれた。
俺も気になり調べてみると、師団本部が俺からの嫌味に答えて優先的に物資を回してくるのではなく、帝都からの命令のようだと言う。
殿下周辺から優先的に補給がなされているという話だった。
俺への嫌がらせ目的の命令書(副大隊長が実質的に大隊を任されている件)に対する抗議で、サクラ閣下に何かを言うのではなく俺を懐柔する目的の様だとも思えるが、果たしてそうだろうか。
帝都に居る連中はそんなやわな玉ではない。
他に目的があるようだとしたら気になるが、俺にどうこう出来る筈も無く、ありがたく補給を頂いている。
アプリコットには、あの嫌がらせの返事だろうとだけ言ったが、彼女もそれを信じてはいない。
信じてはいないが、不利益を被る訳では無いのでそのままにしている。
このまま俺が除隊するまで平和な時が過ぎますようにと祈るばかりだ。
「副大隊長。今日の分の補給リストです」
俺は朝からサリーちゃんの入れてくれたコーヒーを飲みながら目の前の書類と格闘していた。
ここに戻ってきてからというもの大量の書類にいじめられている。
そう言えば最近と言わず軍に入ってからこんなことは無かった。
実に優秀な副官のおかげで書類地獄にはなったことが無い。
しかし考えたら当たり前の話で、どこの組織だって部下を千名近く抱えていたら書類地獄にならないはずがなかった。
だから当たり前と俺自身に言い聞かせながらサインをしている。
今までなかった方が不思議だとは言え、ここに来てから急に増えたことが俺にとっては不思議でしかない。
確かに俺は実質大隊を預かることになっているが、正式な職務は副大隊長であり、大隊運営については大隊長であるサクラ閣下の管轄下にある。
当然必要書類のサインもサクラ閣下がしないといけないはずなのだが、俺がしないといけない状況はどうしてか。
それについても俺ははっきりと理由が分かっているのだ。
そう、ここに来て急に増えた補給の受け入れについての書類ばかりだ。
これについては現場最高責任者が納品リストに確認のサインを入れないといけないので俺の仕事になる。
俺の仕事とは理解しているが、どうしても理解できないのが、なぜこれほどまで補給がなされるのかということだ。
「しかし、今日来た分もすごいですね」
俺の横で書類を分類しているアプリコットが独り言のように話してきた。
「ああ、軍用トラック30台に重機関銃装備の悪路走破用車両も20台。しかもこれが初めてでないのが不思議だ」
「これどうしますか」
「陸戦中隊に回してくれ」
「でも、余りますよ。既に陸戦中隊には初回から回しておりますから、半分もいらないはずです」
「なら次はメーリカさんのところかな。第三中隊に回して充実を図る」
「前に話した構想のためですね」
俺の管理する大隊は千名近くの大所帯だが、はっきり言って実戦ではどこまで使えるか不安の残る新兵ばかりで構成されている。
しかし、そんなことはお構いなしに無理難題ばかりを仰せつかっているので、こちらとしても身構えないといけない。
中隊時代からそうであったが、俺の部下たちの中から使えるものを選び出してその精鋭部隊(?)に頑張ってもらうという構想だ。
幸いなことに、俺のところに出向中の陸戦小隊は皆ベテランぞろいの正真正銘の精鋭だったことから全員に昇進してもらい、新兵だが兵士を補充して中隊を作ってもらった。
その中隊を中核に戦闘を考えている。
そのため俺のところに補給されるものはその中隊を優先して、装備を充実させている。
まず陸戦中隊に十分な装備を回していたのだが、それも車両以外にも武器弾薬を含めて今回の補給で終わった。
あの中隊には2作戦くらいは十分に対応できるだけの補給が済んだ。
しかし、その後も補給は続いている。
流石に鈍い俺でも怪しい空気は感じている。
「しかし、本国の考えが分かりません。何故私たちに先に補給されるのかが。しかも、配備される車両全て最新型になっているんですよ。前回配備された指揮車両なんか、どこにも実戦で配備されたことの無いものだと聞いております。大尉は何か聞いておりますか」
「いや、何も聞いていない。聞いていないが上の考えそうなことは見えて来たよ」
「では、大尉も……」
「次に来るのは命令かな。それも俺らに『死んで来い』と言うような無理な命令だろうな」
「え、そんなのサクラ閣下がお認めになるのでしょうか」
「案外サクラ閣下辺りから来るかもな。まあ、分からないことを心配しても無駄だ。俺らはできることをしよう。生きのこれるだけのことはする。最悪命令されたことを失敗させてもな」
「それでは抗命ととられます」
「大丈夫だ。命令には従うが、何も成功しないからって抗命にはならないだろう。現に、前に補給基地を壊した連中も何らお咎めがなかったと聞いているぞ」
しかし、言っていてなんだが、本当に嫌な予感しかない。
最新の武器を十分に渡されたら、次に来るのは戦闘しかないだろう。
それを新兵ばかりの俺らに命じるかね。
どこの誰だか分からないがよほど俺らが邪魔なようだ。
次来る命令で本当に死んで来い、って言われても俺は驚かない自信がある。
まあ、今までだって相当無理な命令ばかりだったが、どうなるか。
「悩んでも仕方がないよ。次は第三中隊の充実だ。その辺りをメーリカさんと話し合っておいてくれ。間に合えばいいが、最悪も想定しておいてほしいと伝言もよろしく」
「分かりました」
そう言ってアプリコットが部屋から出て行った。
俺も初めは殿下に送った嫌がらせへの抗議に対する殿下からの労わりかと思っていたが、ここまでくると絶対に違うことくらいは理解できる。
問題はどこからの思惑かということだ。
ジーナの父親からだとなると俺の抹殺になりそうだが、流石に自分の娘ごと抹殺はありえない。
俺も知らないところで色々と敵を作っているようなので、その辺りかとは思うが、その敵にサクラ閣下が入っていないことを祈ろう。
俺はくだらないことを考えるのを止め、目の前の書類の処理に没頭した。
それから十日ばかりが過ぎた。
「今回の補給でメーリカ少尉の第三中隊の車両配備は終わりますね」
「ああ、どうにか間に合ったようだな」
「間に合う?」
「先ほど防衛軍司令部に呼ばれて命令書を貰った」
「命令書を防衛軍司令部からですか」
「ああ、師団本部にいるサクラ閣下でなく俺にだ」
「これで決まりですね。しかしそれならその命令書は無効では」
「それがうまくできたもので、サクラ大隊長あての命令書だ。なんでも無茶な命令なら異議申し立てができるようだが」
「ええ、その方法は確かにありますね」
「ああ、その説明をご丁寧にされたが、その異議申し立ては命令受領者自身で行わないといけないそうだ」
「ええ、そうですね」
「この場合サクラ閣下になるが、サクラ閣下をここに呼んで異議を申し立ててもらわないといけないそうだが、後残り時間が10時間も無い」
「あ、命令受領からの期限ですね。それならまだその命令書は……」
「命令の受領は代理でも構わないそうだ。それを俺がした」
「見事に嵌められましたね。となると……」
「ああ、俺らに死んで来いと言う命令だ」
「内容を拝見してもよろしいでしょうか」
「ああ、見てくれ。後でみんなを集めて説明するが、君には先に知っておいてほしいからな」
その命令書には、敵共和国のこのジャングル方面の基地に対する威力偵察を命じる内容が書かれていた。
「い、威力偵察ですか……」
「ああ、基地に対する威力偵察だからはっきり言って格上相手だ。最低でも師団は覚悟しないとな。あ、ジャングルを考慮すれば連隊規模というのもあるか」
「師団はありえますね。幸いこの方面には軍団以上の情報がありませんから師団以上は考えなくとも良いかと。しかし…… それにしたって、大隊で師団もしくは運が良くても連隊相手の威力偵察って、そんな命令ってありますか」
「幸いなことに、俺らの仲間に小隊で連隊相手に威力偵察したことがあるメンバーがいるのを俺は知っている」
「え。誰ですか。そんな自殺願望のある人は……と云うよりもそんな無茶な命令を出せる人っていたのですね。しかし、良く生きていましたね」
「ああ、でも命令を出した士官は捕虜になったと聞いたがな」
「その人って誰ですか」
「山猫の皆さんだ。なんでも前の小隊長が張り切って連隊に突っ込んでいったとか。辛うじて逃げ出すことに成功したけど、その士官が貴族だったらしく、その一族の恨みを買ったって教えてくれたよ」
「そうですか、なら今度は大尉が捕虜になる番ですかね」
「縁起でもないことを言わないでくれるかな。そうならないために情報を集めないといけない。おおよその場所は上空からの偵察で分かっているようだが、詳細に至っては全くの不明。こんなのでよくこんな命令が出せたと思うよ」
「確かにそうですね。しかし、情報を集めると言っても……」
「ああ、だから地元の人をあたるしかないだろう。幸いサリーちゃんのお姉さんも傍にいるし、連邦軍に協力を求めるよ」
「でも……」
「何、大丈夫だ。見ただろう、この命令書。期日も、方法についても全く記載されていない。俺に自由にしてくれってさ」
「それって……」
「ああ、全く成果を期待されていないよ。だから自殺命令のようなものだ。でも、自殺しろとは書かれていないから俺は帰ってくるよ。一人残らず全員を連れて帰る。そのための準備だけはしておかないとな。そうと決まれば仕事だ」
そうアプリコットに言ってから俺は連邦軍の事務所に向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます