第287話 長い封密命令書

「ふ~」

 俺は先ほどサリーちゃんに入れてもらったコーヒーを前に大きなため息をついている。

 俺の傍には昨日招集した俺の部隊の中核である士官たちがそれぞれの席で俺の言葉を待っている。

 何故、俺の手足となって働いてきた仲間たちを前に大きなため息をついているかというと、昨日のあのことから始まる。

 昨日、俺は約一月に渡り新人たちに無理やり参加させた訓練から解放された。

 初めは、はっきり言ってそのまま送り返した方が良い位の兵士たちを前に途方に暮れているアート大佐の依頼を受け、無理やり彼らを教育したのがきっかけだった。

 軍歴がベテランに差し掛かる5年目以上の者たちでも使えない者ばかりを集められてなおかつここでの訓練に全く興味を示さないことに困っていたアート大佐から、彼らをどうにかしてほしいと頼まれた。

 その彼らをどうにかしたらその下の者と言った感じで、気が付くと集まった連中全員の訓練に参加させられていた。

 まあ俺のしたことは最初の気持ちの入れ替えくらいで、後は任せたが、それでもその訓練に目途が付くまでは帰れずにずるずるとジャングル方面軍の司令部で過ごした。

 それがやっと解放されて俺らのところに配属される700名になる新人たちと連邦の首都

 にあるここまで来たのが昨日であった。

 これで少しは楽ができるかと思ったのだが、司令部を発つ直前にサクラ閣下の副官であるマーガレットさんから手渡された条件付きの封密命令書の開封がある。

 貰った時にアプリコットに命令書をその場で預けたが、それをアプリコットがすかさず俺のところまで持ってきた。

 預かった時にも感じたがそれがやたらと分厚い。

「これ、直ぐに開けないといけないやつかな。どうも厄介ごとのような気がするのだが」

「開封条件がここに到着後すぐにとあります。多分急ぎなのでしょう」

「しかし…… そう言えばこういったのって俺はそのまま開けて良いの。何か手続きでもあるのかな」

「ハイ、既に私はサインしてありますから、もう一人の士官の方に未開封を確認させてください」

「それじゃ~、メーリカさん、確認してくれないか」

「え、私で良いのか。なら確認したぞ。そもそもそんなの一々触らなくても見ればわかるだろう」

「ええ、でも、手に取って確認したらその欄にサインをしてください」

「分かったよ。ほらできたっと」

「では大尉。それを受け取り大尉も未開封を確認したらサインをして開封してください」

 俺はアプリコットに言われるままサインをしてから開封して命令書を読み始めた。

 何だこの命令書。

 俺の最初の感想だ。

 とにかく長い。

 命令書のはずなのだが文章が長い。

 命令書は全部で10枚もあるのだ。

 俺は云われるままその10枚ある命令書を読み始めた。

 最初は帝国の状況全般から入る。

 俺の知らないことばかりが書かれているが、貴族たちには常識の範疇なのか。

 ところどころ散見する愚痴は見なかったことにしながら読み続ける。

 その後に書かれていたのは帝国と共和国との戦況についてだ。

 最初は全般的なことから入り各作戦軍の状況が書かれている。

 第二作戦軍についてはかなり状況が好転しているが第一作戦軍は相変わらずの一進一退が続いているようだ。

 ここまでくるとサクラ閣下だけでなく幕僚たちの愚痴も目立つようになってきた。

 俺は大人の配慮として見なかったことにして読み続けた。

 その後にはここゴンドワナ大陸での戦況が書かれている。

 前に派手に壊した補給港も海軍の協力によりその機能の7割が回復しているが、それでも補給についてはかなりひっ迫したようなことが書かれていた。

 この辺りになると愚痴に交じり俺のことを揶揄することが書かれるようになってきた。

 これには少々頭に来たが、大人の対応を心がけた。

 しかし命令書だよな、俺が今読んでいるのはと思わなくもない内容が続いている。

 とにかく封密までして俺に寄こした命令書なので、我慢しながら読み続ける。

 その後にはジャングルにあるサクラ閣下の軍団について書かれている。

 もうここまでくると閣下の愚痴が止まらない。

 書かれている内容の半分以上が愚痴になってきている。

 流石に気付かないようにはできないが、読み続けて行くとだんだんとサクラ閣下の愚痴が俺に対する当てこすりになってきて、最後には名指しで俺のことを非難してきた。

 これ本当に命令書かと思いながら怒りをやっとのことで抑えて読み続ける。

 我慢しながらやっと最後の文章まで読み終わった時には俺の怒りは最高潮になって、持っていた命令書を床に投げつけ、思いっきり踏みつけようとしたところで俺の両脇からアプリコットとメーリカさんに取り押さえられて、散らばった命令書はジーナが丁寧に拾い上げている。

「隊長どうしたんだ」

「大尉、何が書かれていたのですか」

 俺もやっと落ち着いたから周りに居る連中に書かれていた命令を伝えた。

「こちらで作る大隊の件だが、俺たちに勝手にやってくれだと」

「大隊の編成をこちらでしないといけないと」

「ああ、そう書かれていたよ。やたらに長い前置きの最後にな」

 アプリコットは信じられないのか、ジーナが集めた命令書を受け取り最後のページだけを読んだ。

「確かに、そう書かれていますね」

 そう言うとアプリコットは頭を抱えて大きなため息をついた。

 メーリカさんは予想の範疇だったのか淡々と「こっちに丸投げか」との一言。

「まあそうなりますよね」

 ジーナもメーリカさんに続いて感想を述べた。

 しかし今のアプリコットは命令書を全く読まず最後だけ見ただけだよな。

 前にこんな感じがあったような……

 あ、貴族からのお茶の誘いか。

 軍の命令書もそうなのか。

 酷いぞ、これは。

 かつて共和国が帝国を捨てた気持ちも分かろうというものだ。

「悪いがみんなを集めてくれ」

「みんなと申しますと」

「ああ、すまん。いつものメンバーだ。士官を集めて協議しないと。あまりにしゃくな命令だが、命令には従わないとな」といった感じのやり取りが昨日あった。

 それでそれぞれに皆仕事を抱えているので、急ぎ集めても翌日となったわけだ。

 あの頭に来る命令書を読んでから一日たったが、それでも怒りは収まらない。

 しかし、組織人として魂にまで刻み込まれた社畜精神は健在のようで、仕事だけはきっちりとこなしている。

 まあ、ため息くらいは許されよう。

「急遽集めて申し訳ない。皆忙しいなか、集まってくれて感謝する」

「隊長」

「ああ、前置きは良いか。アプリコット、悪いが俺に代わり昨日の命令書について説明してくれ。俺が説明すると、閣下に対して不敬の言葉しか出そうにない」

 アプリコットは本当によくできた副官だ。

 社畜だった俺でも頭にくるのに、淡々と命令書について自身の感情を交えずに説明していく。

 説明が終わると周りの空気が少しばかり変わった。

 でもこれで済んだのは幸いだ。

 俺のような者ばかりだったら、騒ぎ出していたに違いない。

「趣旨は理解してもらったと思う。早速始めようか」

 そこから組閣が始まった。

「隊長、千名の大隊と聞いていましたが、足りませんよ」

「ああ、予定していた士官と下士官がこない。50名でも足りないと言うのに、その50名をこちらの兵士の昇進で当てることになった」

「え!それって決定ですか」

「ああ、直に辞令が来るだろう。足りなければこちらから催促して辞令を貰うから、そのつもりで組織を作るぞ」

「どこから始めますか」

「今回の大隊は今までのように戦闘を避けられるか正直不安だ。他の部隊と共同して戦うことを前提に戦える大隊にしないといけないと俺は考える」

「え、新兵ばかりで戦えと」

「ああ、だからせめて戦える中隊を一つは作りたい。まずはケート少尉率いる陸戦隊をそれに考えているので、今の陸戦隊に新兵を加えて中隊までにする。士官、下士官は陸戦隊のメンバーを昇進させて充てるから、十分に数はそろうと思う。ここを充実させる」

「え?」

「これは決定事項だ。ケート少尉は直ぐに中尉に昇進する。昇進したら正式に中隊長に就任することになるが、それまでは中隊長代理として中隊を率いてくれ。このメンバーリストから好きなのを選んで250名の中隊を作ってくれ。中隊内の小隊の数などは好きにしていい」

 そんな感じで始まった部隊編成は当然1日では終わらずに結局3日かけて書類上では作り終えた。

 ケート少尉の陸戦中隊とメーリカ少尉の第3中隊が主力の攻撃中隊として位置付けた。

 次に俺の第一中隊は機甲部隊を中心にした部隊にしているが、人員数は他の中隊を250名にそろえた関係で不足がある。

 尤も貧乏くじを引いてもらったのはメリル少尉率いる第2中隊で、ここは下士官の数がほとんどいない。

 一応准尉だが士官を4人回しているが、まず攻撃にはそのままでは参加できないだろう。

 ここは補給などの裏方に回ってもらうつもりだ。

 いつも済まないとは思うが、我慢してくれ。

 俺も我慢しているから。

 出来上がったリストをサクラ閣下の居る師団本部に送ると同時に、俺は前に貰った命令書をサクラ閣下の上官である皇太子府に送り、抗議しておいた。

 あまりに酷い命令を貰ったのでその命令の妥当性を判断してもらうように要請をしておいた。

 まあ期待はしないが嫌がらせくらいにはなるだろう。

 それにしても俺の周りがどんどんきな臭くなってきているので、こちらとしても出来うる限りの準備だけはしていくつもりだ。

 しかし、この先どうなることやら、心配の種だけは尽きない。







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