第286話 戦地で特別昇進、再び
結局俺はここに配属されたばかりの兵士すべての導入訓練をする羽目になった。
まあ俺が少しばかりの苦労をしたのは、先ほどまでの軍歴をある程度まで持った連中だけだった。
残りは、新人はもとより、まだ一人前と見られていない軍歴2年目までは俺は必要がなかった。
アプリコットが俺の隣で説明して例の訓練を始めさせてそれで完了。
3年目以降については、軍歴5年目以降の者たちのグループやそれに準ずるグループの訓練の様子を見ていたのか割と素直に俺の説明を聞いてくれた。
それでも心から素直に従う訳では無かったが、自分たちがそれこそ新人たちよりも劣っている事実を突きつけられるようになり慌てて訓練に身が入って来るようになった。
しかし、ここまでさせるのに1週間を要してしまい、俺は自分の部下をその間放っておく羽目になった。
まあ、毎日のように町からの連絡を受けその都度指示は出していたので問題は今のところ発生していない……と聞いた。
何を隠そうこれらすべてはアプリコットが自発的にしてきたことで、必要最低限しか俺の判断を求めてこなかったので、俺はここに来てから3日間すっかり町の部下のことを忘れていた。
3日目になってアプリコットが俺に判断を求めてきたことから思い出したくらいだ。
まあその判断というのもおやっさんからの応援依頼を受けても良いかという物だったので、快諾するように伝えてもらった。
ジーナは俺の命令に忠実に従ってリストを作っていたが、それもそろそろ終わりになり俺のところに判断を求めて来た。
「大尉。一応リストは作りましたがどうしますか」
「ああ、そのリストをサクラ閣下に提出して異動させてもらうしかないかな。俺らの本番は町に連れて行ってからだ。あっちでしっかり訓練させないと絶対後悔することになる。俺は幸運なことに、まだ誰も部下を失っていない。この幸運を維持できるように頑張るだけだ」
「しかし、士官や下士官の居ない部隊って実際使えるのでしょうか」
「俺の中隊は辛うじてどうにかなったが、それもメリル少尉の苦労があればこそだ。しかし今度はその4倍以上だしな。どうしたものか……」
「大尉。 悩んでいても問題は無くなりませんよ」
俺の横からアプリコットが声を掛けて来る。
確かにその通りだ。
とりあえず今できることに専念することにした。
「ああ、そのリストを司令部に提出しておいてくれ。我々からの希望だと言ってな」
「分かりました」
「あ、その際に下士官と士官の追加を伝えておいてくれな。でないととんでもないことになる」
「分かっております」
そう言うとジーナは司令部にリストをもって向かった。
俺らの提出したリストをもとに俺の新たな部隊である大隊に700人の新人たちが来ることになった。
新人たち700人。
この数字は問題無い。
元々俺らの部隊は軍歴の浅い者たちで構成されており、その頂点たる副大隊長の俺はなんと即席の士官だ。
しかも軍歴もわずかだ。
そんなのが率いるのだから下手に軍歴のある者が来ても扱いきれない。
その辺りを考慮したのだろう。
ジーナは新人やルーキーと呼ばれている2年目の者達しかも女性ばかりを選んできた。
ジーナが選んだ者だけでは人数に足りなかったが、サクラ閣下の幕僚たちはここぞとばかりにそう言った軍歴の浅い者たちだけを700人選びだして俺に押し付けて来たのだ。
そう経験の浅い軍人を700人。
俺の部隊が大隊を構成するにはあと50人以上は必要になる。
しかもその50人は下士官以上が必要だ。
それでもまともな軍隊の構成からすると少ない数で、本当はその倍の人数は欲しかったが、無いものねだりだということはここでは嫌でもわかる。
この50人という数字は、最低でも欲しい数だ。
しかし、幕僚たちは俺と顔を合わせようともせずに、この者たちだけを送り込んできた。
約束の『できる士官』はどこに行った。
流石にこれには俺も看過できずに、もう一度司令部に赴き大隊長であるサクラ閣下に直接会って直訴したばかりだ。
「サクラ閣下。兵が送られてきましたが、まだ肝心の士官や下士官が来ておりません。これでは何もできませんが、どのようにお考えでしょうか」
「あ、いや、それは今検討をしており、帝都にも要請中だ」
「では、我らは訓練でもさせていればいい訳ですね」
「あ、ああ、しかし……」
「ブル、無い袖は振れないんだぞ。いい加減引導を渡してやれ」
サクラ閣下のお隣にはいつものようにレイラ大佐が控えており、何やら物騒なことを言っている。
何だ『引導』って、何を言っているんだこの人は。
ひょっとして、俺が前に訓練で兵士に言った『弾除け』、それを俺らにさせる気か。
「ここは戦地だ。ブルの権限でいくらでも士官は作れるのだろう」
「レイラ、そうは言っても使えない士官ばかりを作ってもね。何より、その任に堪えるだけの者が……」
「居るだろう。グラスのところにはその候補が沢山」
「でも、あの子たちには戦地特別昇進でなく正規の昇進をさせてあげたいのよ。でないとその先の昇進に影響が出るしね」
「そんな贅沢を言える状況か。それにブルの言う正規の士官でも、前のような使えない者よりもあいつらの方が遥かに使えるぞ。なによりも実績もあり、能力については私が保証する」
「確かにそうね。背に腹は代えられないと言ったところかしら」
「そう言うことならすぐにでも……」
「山猫は私の権限で問題ないけどね。わかったわ、覚悟を決めて鎮守府に行きましょうか」
「鎮守府?」
「ええ、私はこの方面軍の最高司令官よ。この方面軍には海軍の鎮守府もふくまれています。だからね」
「そう言うことか。ならお前も付き合え」
レイラ大佐に無理やり付き合わされるようにちょくちょくお世話になっているあの鎮守府まで連れて行かれた。
流石に今までのおやっさんたちの頑張りもあり、司令部からドラゴンポートにある鎮守府までの道はきれいに整備されており、以前のように時間を掛けずに着くことができた。
道が整備されれば本当に距離なんか関係ないな。
俺は何をされるかよくわからない状況で、完全に思考を放棄していた。
何のことは無い。
要は俺のところに来ている海軍陸戦隊の皆さんの階級を戦地特別昇進で上げてしまおうと言うことだった。
山猫さんたちは陸軍所属だから一応陸軍扱いのサクラ閣下の判断だけで少尉までは昇進させることができる。
山猫さんたちは既に皆一階級は昇進していたが、今度の措置で全員が下士官以上となる。
メーリカさんに至っては、少尉に昇進させるとともに中隊を代理で任せることにするようだ。
当然彼女の下には下士官になったドミニクたちが全員准尉に昇進させられて小隊を作ることが決まっている。
そう、山猫たちはサクラ閣下の勝手が通るが、海軍からの借りものである陸戦隊には色々と不都合が生じるので、無理はできない。
その無理を問題なくするためにここに来たことになった。
サクラ閣下の推薦に基づき、ゴードン准将がその権限で昇進させることにした。
先ほどの話ではないが、正規の手順でない昇進は後々の処遇に影響が出るようだが、こっちの判断だけで良いのか、ちょっとばかり心配になっている。
しかし、先のレイラ大佐の話では無いが背に腹は代えられないので、やむを得ないだろう。
その代わり俺が頑張って皆に戦功稼がせるから、それまで待ってくれ。
結局サクラ閣下は俺との約束である使える士官を無理やり俺のところから作り出して約束を果たしたことにされた。
なんだか非常に納得がいかないが、それも有りか。
前のように帝都から使えないのが来てもかえって迷惑だし、それならそれでこちらとしても気が楽だという面もある。
ここで、ゴードン准将との話し合いで、ケート少尉には中尉に昇進してもらうよう手配してもらい、そのまま少尉率いる小隊を拡大して中隊までにすることで話が付いた。
もし将来サクラ閣下の軍団が解散してケート少尉たちが海軍に戻るようなことがあれば、彼女が率いる中隊を全て海軍陸戦隊に戻すという密約までしての措置となった。
まあ、この密約を結んだ二人はそのようなことがあるはずは無いと思ってのことだ。
話し合いは僅か一時間で済んで俺らはとんぼ返りで司令部に戻った。
そこからサクラ大隊の組閣が始まる。
新生サクラ大隊と名付ければ良いのか、ひょっとして隠れグラス大隊と言われるのかはこの際置いておくとして、下記の布陣で大隊が作られることになった。
人事を預かる部署には、中隊長不在の中隊ばかりが出来上がるが、その中隊には中隊長代理を置いて、現在少尉の階級にある中隊長代理にそのまま中隊長に充てることで話は付いている。
大隊長:サクラ少将兼務
副大隊長(大隊長代理):グラス大尉
第一中隊 中隊長:グラス大尉(兼務)いったいどれだけ俺の仕事を押し付ければいいんだ。
第二中隊 中隊長代理:メリル少尉(昇進後代理は取れる予定)
第三中隊 中隊長代理:メーリカ少尉(昇進したばかりですぐの中尉への昇進は見送られた)
陸戦中隊 中隊長代理:ケート少尉(昇進後代理は取れる予定)
以上の布陣で作られることが正式に決まった。
その場で辞令も作られて持たされた。
ちなみにジーナたち准尉も小隊長を任されることになっている。
また、今まで下士官であった山猫のドミニク達面々も皆士官にさせられて小隊長になることが決まった。
ちなみにアプリコットだけは俺の副官のままだ。
何でも俺を放し飼いにできないという理由が軍部の根底にあり、ジーナたちの昇進に合わせて彼女も中尉に昇進する話があったが、どうなるか。
流石にアプリコット自身も反対しているようだが、俺だけがいじめにあうのもしゃくなので俺の方からもサクラ閣下にお願いだけは出しておいた。
もう一蓮托生だ。
彼女にも諦めてもらおう。
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