第285話 使えなかった兵士の導入訓練  

 ここゴンドワナジャングル方面の軍団本部が置かれている師団司令部は、俺が配属された当初こそ何もなかったが、あれから時間も経っており、かなり整備されている。

 仕事する場所であることには変わりないが、仕事以外の自由時間を過ごす場所も整備されている。

 食堂はもちろんの事だが、休憩時間にお茶をする場所も一か所だけでなくあっちこっちにできている。

 これも俺が始めた『サリーのおうち』からその必要性をあのお堅い頭のサクラ閣下の幕僚たちが認め、今では士官専用のクラブまで出来ているくらいだった。

 そこで俺は今お茶をしている。

 昨日まで問題児だけ配属されたばかりの兵士の訓練を担当していたが、目途が付き解放されたばかりだ。

 いい加減もう帰っても良いよね。

 ここに居てもろくなことが無いように思われてしようがない。

 俺は入れてもらったばかりのコーヒーを飲みながらこれからのことを考えていた。

「お、ここに居たか」

「あ、おはようございますサカイ大佐」

「ああ、おはよう。しかし、お前は偉く暇そうだな」

「ええ、昨日頼まれていた仕事に目途を付けましたから」

「お前は本当にそう考えているのか」

 急にサカイ大佐の声に力が入る。

 これは良くない兆候だ。

 でも俺はあの問題児を立派?に校正させたばかりだ。

 もう十分に貢献したはず。

 これ以上俺に何を求めているのだ。

「お前には新たに配属された兵士たちの教育を私と一緒にすることになっていたはずだよな。しかし、何故か私は今も忙しい。お前はどうだ」

「え、いや、でも、サカイ大佐。一緒のお茶くらいできますよね。なら同じですよ」

「そうか、ならご一緒させてもらおうか。あ、悪いが私にもコーヒーを」

 サカイ大佐は近くを通りかかった軍属を捕まえてコーヒーを注文した。

「ところで、問題児が一掃された訳でないことは理解しているよな」

「まだ他に居るのですか」

 俺は驚いて思わず聞いてしまった。

 ………

 サカイ大佐がにやりとした顔を向けて来た。

 ……

 ……

 しまった。

 大佐の術中にはまった。

「ああ、問題児ばかりだよ。ああ、お前が昨日まで仕上げた連中は除くことができるがな」

 俺は諦めてそのままサカイ大佐から説明を受けた。

 確かに最年長と言える軍歴5年を超える連中は俺が昨日までに甘えを粉砕しておいたから、今日からはしっかり訓練に励んでいる。 

 しかし、何も甘えた考えを持つ連中はそればかりでない。

 当然と言えば当然の話だが、新兵も含めてここまで厳しく鍛えられてこなかったので、ここでの訓練にもどうしても甘えが入る。

 まだ新兵の方は矯正が効きそうだが、既に新兵を卒業してしまった連中はそう簡単に矯正ができそうにない。

 一番の問題児が片付けば2番目が一番に浮上してくるのは自明の理だった。

 サカイ大佐は軍歴で分けたグループで、次の問題児も俺に投げて来た。

「え、ええ~。私のやり方を見ていましたよね。それを真似ては……」

「ああ、それがうまくいかんのだ。どうも帝国本土から来た連中には私の居た花園が別の星のように思われているようで、全く話を聞きそうにない。指導しているのが私の部下だと、『帝国一番の精鋭の練度を要求されても困る』と言い返されて全く訓練になっていないんだと。かといってここの幕僚たちも花園と一緒と思われているようでな。尤もこれはあの幕僚たちが面倒ごとから逃げる言い訳だろうが。それでもダメだ。悪いが私は降参だ」

「それを私にどうにかしろと」

「おお、話が早くて助かるな。早速この後から頼む。既に準備はしてあるから。あ、お前が昨日使った工兵も既に借りてあるからすぐにでも訓練にかかれるぞ」

 そう言うとサカイ大佐は俺の返事を聞かずに残ったコーヒーを飲み干して部屋から出て行った。

 あ、ちょっと待って。

 俺はどこに行けばいいんだ。

 訓練させる連中の居る場所を俺は聞いていない。

 俺も急いでコーヒーを飲み干してからサカイ大佐を追いかけた。

 また、俺はあのアスレチックスの前に来た。

 昨日まで見ていた連中は必死に訓練を受けている。

 それをにやけた顔をしながら自分たちは違うとばかりにだらけた連中が俺の前に待機している。

 ひょっとしてあいつらよりも酷いのでは。

 俺はそう思い、今度はちょっと別のやり方を工夫してみることにする。

 直ぐに全員を集め俺は話を始めた。

「君たちのことは聞いた。どうも訓練に真剣味が足りないようだ」

 俺が話し始めても『何を言っているんだ、こいつ』って感じで、全く話を聞く態度がなっていない。

 これならこちら居なくても良いよね。

「この訓練をできないようなら君たちはこのジャングルでは生きていけない。直ぐに不名誉除隊を勧めるがどうかな」

 ニヤニヤばかりで、どうしようもないな。

「思うところがあるなら俺は話を聞くぞ」

「不名誉除隊をしなければならないとは思えません」

「そうか、でも今のままだとお前らを作戦では使えないぞ」

「いえ、お言葉ですが我々には十分な訓練を、実戦を積んできた経験があります。ここでの作戦にもついていけるものと自負します」

「そうか、しかし作戦を考えるのは我々士官だ。少なくとも俺の考えた作戦についてこれなければ使えないどころか、我々の足を引っ張られないとも限らない。作戦を命じてもその時になって初めて『できません』ではかなわない」

 俺の話を聞いても反発するだけで一向に考えを変えようとはしてこない。

「我らのレベルに合わせることも作戦を考える士官の仕事であると自分は思います」

 まあそう言われることも予想はしていた。

 こんなのモンスタークレーマーに比べれば楽勝だ。

 反応が素直すぎる。

「ああ、そうだな。しかし、俺がお前らを作戦で使うなら弾避けにしか使えないぞ。重要な局面では絶対に近くには置かない。でないとせっかく鍛えた兵士の命が危なくなる」

「弾避けとはとてもまともな士官のお言葉とは思えませんが」

「ああ、そうだな。でも俺はお前らの言うまともな士官ではないぞ。即席の士官だ。それも無理やりに軍に配属されたからな。まともな士官はもう少し言葉を選ぶが同じことをするぞ」

 俺の『弾避け』が堪えたのかちょっとばかり真剣に話を聞いてきた。

「俺の最初の部下は、どうもお前らの中では有名な『山猫』と言われた連中でな。お前らの言うまともな士官の指示を受け弾避けにしか使われてこなかったらしい。彼女たちには十分な体力と技能が備わっていたから生き残れたようだが、君たちはどうかな。それに、彼女たちに命じたその士官全員は絶対に『弾避け』とは言わなかったと聞いている。だが残念なことに、俺はそんな便利な言い回しを即席の教育では習っていないからそのまま表現するがな。あ、ちょうど良かった。準備ができたようだな」

 サカイ大佐が言っていた元の俺の部下たちがシバ大尉に連れられてやってきた。

「え~~、またですか。今週はこの訓練をしたばかりですよ」

 彼女たちは案の定不満を言ってくる。

 俺も前に約束したクッキーも持っていない。

「隊長、クッキーまだですからね」

「ああ、分かっているがまだサリーちゃんとは会っていないから持っていないぞ。大丈夫だ。

 俺は約束をきちんと守るから。あ、そうだ。今度町に来たら新作のケーキも奢るからそれで許せ」

「え~、本当ですね。約束ですよ」

 彼女たちの機嫌も損なわせずに済んだ。

 俺はシバ大尉に彼女たちの経歴を説明してもらっていた。

「言っておくが彼女たちは君たちの言う新兵だ。それも兵士では無く工兵だからな。 其れでもジャングル内で活動するには最低でもこのレベルを要求されるからそのつもりで彼女たちの訓練を見てほしい。もう一度言うぞ、彼女たちは帝国精鋭の花園では全くなく、新兵の時にここに回されてきたんだぞ。君たちは経験があると言ったが、それならその新兵に負ける筈は無いと俺は思っている。まあその訓練を見てくれ」

 そう言ってから彼女たちにガチのフル装備で今度は川からの射撃訓練のあるコースを訓練させた。

 彼女たちにも得意不得意はある。

 早くコースを抜ける者もいればそうでないものもいる。

 また、冷たい川からの射撃の命中精度もばらつきがあるが、それでも全員が十分に実戦に耐えうるものだ。

 その訓練を見た連中は一人の例外も無く驚いている。

「次に君たちの番だ。先にも言ったが、彼女たちは工兵であるが君たちは最前線に回る兵士だ。その彼女たち以上の練度を要求するが、決して無理な話では無いよな」

 全員が一言も話してこない。

「さっき、俺は弾除けと言ったが、彼女たちの練度が無ければそれすら敵わない。正直ジャングルに連れて行けないから少なくともこのレベルにはなって欲しい。さあ、始めてくれ」

 彼らは嫌々ながら訓練を始めた。

 当然最初は何も装備を持たない状態で、しかも入門のコースをだ。

 それでも予想通り、いやそれ以下か。

 とにかく一人もゴールまでたどり着かない。

 本当に不名誉除隊でもさせるか。

 俺はそう思いながら隣で監督しているサカイ大佐を見た。

「ご苦労、ここまで来れば後はうちの連中でも出来そうだな。では次も任すから頼む」

 大佐はこういうと俺をその下のグループのところまで連れて行く。

 本当に全員の導入を俺にさせる気のようだ。

 勘弁してほしい。






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