第282話 基地始まって以来の大混乱

 あの訳分からずの軍法会議から暫くは平穏といって良い時間を過ごすことができた。

 しかし俺は決して油断はしていない。

 あのサクラ閣下たちだ。

 この後何を仕掛けて来るか分かったものじゃないことくらいは俺の少ない軍人生活で身に着けた経験が言ってくる。

 『そろそろ来るぞ』とな。

 そんな俺は、アート連隊長からの依頼であるアスレチックの工事を監督していた。

 ほとんどが出来上がり、既に一部では試験と称してアート連隊の若い連中に使わせている。

 時折、連邦軍のキャスター幕僚長や副官となる幕僚のマリーさんも見に来てはいる。

 そんな折、俺はついに聞いてしまった。

 厄介ごとの序章となる噂話を。

 それは俺がキャスターさんにアスレチックを説明し終わったころ、常に俺の傍にいるアプリコットへ彼女の同期のジーナがある噂話を持ってきたのだ。

「ねーねー、聞いた?」

「何を藪から棒に。そんなんじゃ何を言いたいのか分からないわよ」

「今、ここに補給に来た部隊に居る同期から聞いたんだけど、今司令部が大変なことになっているらしいのよ。彼女は、『ここはいいわね、平和で』なんて言い出すから、『何で最前線が平和で良いなんて言うのよ』と切り返したら教えてくれたの」

 ジーナはそう言って、今聞いたばかりの噂話をアプリコットにしていた。

 俺は、することも無いので、ぼんやりとその話を聞いていた。

 なんでも今サクラ閣下の居る司令部に帝国全土、いや、最前線に至るまで帝国軍全ての部署から転属になった者たちが毎日のように集まってきているというのだ。

 多い日には二十人、三十人とまとまるが、少ない日には一人とか二人の日もあり、元居た場所は見事にバラバラだという。

 そんな集まる転属兵たちには共通するものが無い。

 良い所の出身の者もいればスラム出身者もいるという。

 唯一共通することがあるといえば、見事に全員が使えそうにない者たちばかりだという。

 ほとんどが新兵であることは予想に違えなかったが、新兵に毛の生えた2~3年目の兵士も多いが、4~5年目の年数だけはベテラン兵士に当たる者たちもかなりの人数が来ているという。

 今更新兵が沢山来たってあの司令部が混乱するはずがないと思っていたら、さもあらん。

 このバラバラが原因で、司令部が大混乱に陥っているというのだ。

 本来ならばベテランと言える年長者が新兵やルーキーを従えてある程度秩序を作るものだが、それができない。

 なにせここに集まる連中は見事に全員実戦経験が無いというのだ。

 しかも、ベテランたちは元の部署では補給や警戒任務など、それほど多くの兵士と行動をしたことのない部署からだという。

 それに、それだけ兵士が集まっていても、士官も下士官も全く配属されていないとも聞く。

 そうなれば、ここに来たはいいが、どうしたものかと途方に暮れるのもしかたがない。

 そんなのが、2個大隊は作れるくらいにまで集まってきているという話だ。

 今では、少し離れた場所に基地を構えたサカイ連隊が急遽呼び出され、事に当たらされているらしいが、やっとどうにか使えそうな連中も出て来たというくらいの兵士が半数を占めるサカイ連隊もいきなりのことで、一緒になって混乱しているというのだ。

 ジーナに噂話を持ってきた士官は、彼女の上司たちも混乱のさなかで、かなり気が立っており直ぐに怒られるから、ここの雰囲気がとても平和に感じたと言っている。

 俺はそこまで聞いて、次の展開が予測できた。

 なにせ、あの軍法会議前から聞かされていた、大隊の構想の件だ。

 今集まっている兵から少なくとも750名の兵士がここに回されることになっているのだろう。

 しかも下士官も士官も無しでだ。

 どうする気だ。

 俺は副大隊長であり、大隊長がサクラ閣下が兼任することを知っているので、できる限り司令部に近づかないように算段を立てようとした、まさにその時……、「大尉、今司令部より連絡がありました。大尉に至急司令部に出頭するようにとのことです」

「大尉……」

「ああ、分かっているよ。今君たちが話していたことを聞いていたしね」

「では、やはり」

「それは分からん。少なくともあの軍法会議の折にサクラ閣下は使える士官を約束してくれたから、その士官がいなければ連れて来れないだろう。先の話を半分に聞いても、俺でもわかる。無理だろう。3個中隊の兵士が居ても、一人の下士官も士官もいないとなれば何もできないどころか、今の活動すらできなくなる。テロ攻撃に等しい所業だろう」

「では何故……」

「それは行かなければ分からない。大方、混乱しているサカイ大佐を手伝っての教育の応援くらいかな。ということで、今回はジーナたち同期組も連れて行くぞ」

「ハイ、しかしそれは何故」

「ジーナたちが率いる小隊のメンバーくらい彼女たちに選ばせてあげるよ。どうせ今来ている連中からこちらにも回されてくるのだろうからな」

「それでは山猫さんたちも」

「いや、彼女たちはここで頑張ってもらうよ。でないと、ここが立ちゆかない。だからジーナたちには自分たちだけでなく、我々の仲間を選ぶつもりでな。いい加減に選んでいたら、下士官を一人も回さないからそのつもりでな」

「そんなこと言って、その下士官の当てがあるのですか」

「あったら苦労はしていないよ。まあ、行かないと分からないし、何より命令が出された以上従わないとな」

 そう言って、ジーナに出発の準備を頼んだ。

 幸い数人の移動だけだと、できたばかりの飛行場が使える。

 この町にある大使館から輸送機の手配をしてもらい、それに乗って司令部に向かった。

 だいぶ道が整備されたとはいえ、それでも一日以上はどうしてもかかる。

 俺は、できればゆっくりと向かいたかったが、命令で至急とあるので、一応輸送機を手配したら、直ぐにその輸送機がやってきた。

 どうしても俺らをすぐに呼びたかったのだろう。

 いよいよもって厄介ごとだ。 

 到着した飛行場では、わざわざ司令部から迎えまで来ている念の入れようだ。

 俺の企みに気が付いたか。

 ここで迷子もいいかなとは思ったが、流石に俺もそれはしない。

 しかし、司令部はその危険性すら潰しに来たように感じる念の入れようだ。

 俺は迎えに来た兵士にお礼を言って素直に連れて行ってもらった。

 司令部に着いた俺らはそのままサクラ閣下の居る師団長室まで連れて行かれた。

 中に入るとサクラ閣下から挨拶された。

「忙しい中急遽呼び出して済まなかったな」

 これっぽちも思っても居ないことを言われたが俺も大人だ。

 形式美として受け流していたら、部屋にいたレイラ大佐が形式美を見事な迄に壊してきた。

「何思ってもいないことを言っているんだ、ブル。グラスだってこれっぽちもそう思っていないだろう。それより時間が惜しい、早速本題に入らせてもらうぞ」

 レイラ大佐はそう言ってから直ぐに本題に入っていった。

 俺の予測した通りに、集まる連中は全員が全員ジャングルでは使えない。

 これは新人もベテランも全てに言えることで、ここに集めてもどうしろというのかと司令部の連中も考えていた。

 そこで白羽の矢が立ったのが俺だ。

 どうしても、サクラ閣下たちは俺が新人教育のプロフェッショナルとでも思いたいのだろうか。

 俺にどうにかしてほしいと、頼んできたのだ。

 そう命令でなく頼んできた。

 この事実一つとってもよほど困っているのだろう。

 ただでさえ混乱が酷くなるのに、毎日のように兵士が転属されてくる。

 これは無計画というのも憚られるくらいの計画性の無い状況でだ。

 今、サカイ連隊が面倒を見ているがどうしてもうまくいっていない。

 そこで俺らにどうにかしてほしいと言ってきた。

 依頼なのだから断ることが……当然できる筈なく、すったもんだの挙句俺は転属されてきた兵士全員を集めた前に立たされている。

 彼らの実力が知りたかったので、サカイ大佐にどうしたらいいかを聞いてみた。

 軍の訓練の基本は行進だというので、取り敢えず全員を並ばさせ、敷地内を行進してもらった。

 俺の予想を見事なまでに裏切ってくれた行進だ。

 見事なまでにバラバラだ。

 この間軍法会議に掛けた連中に指導されればこうなるのかと思えるような出来の悪さだった。

 サカイ大佐が言うには新人はまだいいが、経験の年数が経つにつれ悪くなっているようだ。

 そんな連中が集められたのだろう。

 とにかく厄介者や出来の悪い者たちが集められているようだ。

 サクラ閣下って、ひょっとしなくても軍では嫌われ者なのか。

 俺は思わずサカイ大佐に聞いてしまった。

 彼女は苦笑いを浮かべて「出る杭は打たれる」の一言だった。

 俺は後ろにいたアプリコットに聞いてみたら彼女は丁寧に教えてくれた。

 帝国の英雄ともてはやされ、数々の功績も挙げて帝国最年少の将軍にまで出世したサクラ閣下は軍上層部からの警戒心を抱かれても何ら不思議の無い存在だとか。

 できることなら足を引っ張りたいと思っている人はそれこそ星の数ほどいるとまで言っていた。

「急いで出世するのも大変だな」

 俺のこぼした独り言に周りが固まった。

「それをお前が言うのか」

 サカイ大佐は俺に酷いことを言ってくる。

「サクラ閣下以上に猛スピードで出世した大尉がそれを言いますか」

 アプリコットもあきれていたが、そのアプリコットも同期のジーナに言われている。

「あんたもね。閣下の記録を簡単に抜いた自覚を持つと良いよ」

 なんだか、状況は最悪をとうに超えているのだが、かえって俺らの周りは『ほんわか』した空気が流れている。

 これを人は諦めとでもいうのだろうか。






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