第283話 社畜の教育
「サカイ連隊長。私に何をお望みですか」
「グラス、何をって、目の前を見ればわかるだろう」
「本気であいつらの教育を私に丸投げする気ですか」
「丸投げって人聞きの悪い。ただ、本気で困っているのは分かるだろう。私だって、思うところはあるさ。ここの責任者でない私にも言いたいことはある。それでも、ここで逃げ出しても結局はより悪い形でお鉢が回るのはお前でもわかるだろう。最悪自分だけでなく部下たちの命でそのツケを払わされることになるから協力しているんだ。お前だけが逃げ切れるとは思うなよ」
「それにしたって、私は即席の軍人ですよ。軍人の教育なんか受けたことないですが、そんな私に何を教育させたいんですか」
俺は正直に隣に居るサカイ大佐に話した。
サカイ大佐からの返答には本当に困り切った様子が伺われる。
確かに、この基地に配属された兵士の教育はこの基地に所属する人間の管轄だ。
ここの最高責任者のサクラ閣下の責任において教育されなければならないはずなのだが、見ればわかるように見事に使えない状態でいきなり多くの兵士が送り込まれている。
結局、サクラ閣下の手札から俺と隣のサカイ大佐が貧乏くじを引かされた訳だ。
別に閣下の肩を持つ訳では無いが、サクラ閣下の手札のうちで、この問題を唯一解決できるとすればという基準で選ばれたそうだ。
確かにサクラ閣下の経歴から、新人士官の時期を除けば、彼女は常に最高の人材に囲まれてきたようで、こと教育に関してはここに居る連中の誰一人として見るところが無い。
俺も、あのブラック会社員時代での経験で、部下の新人を幾人か育てたが、育ったそばから攫われた時には正直殺意を覚えたことを思い出していた。
しかし、そんな俺でもわかる。
全員が新人ならまだやりようがある。
しかしいたずらに経験を積んだ兵士の存在がそれを邪魔する。
彼らにもプライドがあるが、そのプライドに見合う実力がない。
これって正直最悪だ。
実力の無い先輩諸氏はどうしても後輩を自分たちのレベルまで引き落としてしまう。
これは意識改革から始めないといけない問題なのだ。
「それで、大佐はこの後どうするおつもりで」
「それがな、前にお前が作ってくれたあの施設で教育しようとしたんだがうまくいかなかったんだ。それでお手上げさ」
「うまくいかなかった??」
「ああ、あの施設で技術と体力だけでも付けばどうにかなると思たんだが、全く駄目だった。
前にうちに来た新人ではある程度実績があったんだがな……」
「ひょっとして経験者の方に問題があったのでは」
「え? お前よくわかったな。お前はそう言った連中の教育でもしたことがあるのか」
「経験があるかは置いときまして、思うところがあります。人はたいてい、後輩に越されるのを嫌がります。越されそうになり、努力するような人は放っておいても問題ないですが、ほとんどの人は別の手段をとります」
「別の手段??」
「ええ、自分たちを追い越す連中を自分たちのレベルに落として越されないようにしてしまうという手段です」
「あ、そうだ、そうだ。あいつらも新人たちをいじめていたようだし、それで何度も相談を部下から受けたな」
やはりそうだった。
俺も何度か経験があるが、使えない上司の下だと、まずその上司に潰されるか追い出されるかの二択だ。
よほどできる人でないと、潰されておしまい。
しかし、軍人、特にここジャングルだと追い出すわけにもいかないだろうし、何よりも自分たちも初めての場所ではそうもいかないだろう。
結局自分たち以上に使えない連中をあいつらが作り出してしまう。
それなら、まず最初にやる事は選別だ。
いきなり能力で選別すると落とされた連中は、いじけてこれよりももっとひどい状態になることは過去の経験からいやというほど味わった。
まずは、経験年数別で分けることから始めるしかないだろう。
そもそも、ここまで下士官がいない部隊だと、ある程度経験を積んだ兵士は戦地特別昇進などで下士官に任命されるそうだ。
とにかく無理やりにでもピラミッドを作り出さないと機能しないのが軍隊だ。
普通なら、あいつらもその辺りを意識してもっと真剣に訓練して下士官になろうとするものだとサカイ大佐もこぼしていたが、どうもあいつらは違うらしい。
やる事が決まれば大佐と相談だ。
「では、あいつらを分けましょう。経験年数別に分けて訓練をしましょう」
「あ、ああ、そうだな。新人だけ集めて訓練をするんだな」
「いえ、新人だけでなく、年数別に分けて別々に訓練しましょう。彼らにもプライドがあるでしょうから、新人の前で慣れないジャングル訓練はしたくないでしょう。同じ経験年数同士ならジャングル訓練をしても自分たちの不出来を素直に認識できるでしょうね」
「ああ、分かった。ではそうしよう。おい、君。聞いていたな。あいつらを集めて、入隊年数ごとにグループを作らせろ」
サカイ大佐は部下の一人に命令を下した。
「それで大佐。新人の訓練は今まで通りで構わないかと思いますが、経験者、少なくとも軍隊経験が4年を超える連中のことですが、どこまでは許されますか?」
「は? 何を言っているんだ。どこまでって、お前は何をしようと考えている」
そう俺はあいつらの意識改革をしないといけないと考えている。
それは生半可のことでは成功しないことも経験から分かっているんだ。
その手段を俺は持っている。
過去に経験があるからあいつらでも意識改革はできると踏んでいるが、その手段が正直あまり褒められたことではない。
あいつらの心を壊すことから始めないといけないが、果たしてここでは許されるかどうか。
まあ、外から分からないように心を壊す方法も無い訳では無いが……
俺もそうされたし、俺も後から来た連中に同じことをして、立派な社畜を何人も作ってきた経験がある。
尤もその多くが立派な社畜になる傍から他の部署に攫われていったが……あ、ここでもそうだった。
俺が育てる傍から他に持っていかれるのは変わらないか。
まあ、でもやるしかないか。
一応上官の許可だけは取っておかないと、傍で見ているアプリコットに俺の教育を止められてしまうかもしれないしな。
「いや、私は彼らの意識改革から始めないといけないと考えております」
「意識改革……なんだそれは?」
「彼らの考え方と言えばいいのでしょうか。とにかく今の帝国内では通用するだろうといった、ある意味ここでは全く通用しない考え方を改めさせようかと」
「そんなことが可能なのか」
「可能かどうかと言われれば可能と言えますが、正直私はあまりその方法を勧めることはできません」
「なんだか怖い事をしそうだな。とにかくもう少し具体的に、何をどうしようとしている」
「はい、彼らの心を一旦壊さないといけないですね。プライドを完膚なきまでに壊してから、こちらで彼らに教えて行く。そんな感じですか」
「それが勧められないというのか」
「ええ。プライドを壊すことは正直あまりいい方法とは言えませんから。まず、彼らを『自分たちは無価値だ』と彼ら自身に思い込ませることから始めます。大抵の人はこの段階では泣き叫ぶか、大声を上げて抵抗するか、まあ見ていて気持ちの良い事では無いでしょうね。尤も私はそこまで彼らを追い込むことはしないでしょうけど、どうしても無理そうならばやらざるを得ないかと」
「なんだか怖そうだな。まあ、とにかく今はあいつらだけなら許可しよう。私の部下の教育にはその結果を見てからかな」
「新人にはそこまでしなくても大丈夫ですよ」
「経験のあるお前が言うのなら信じよう」
さあ、大佐からの許可も出たし、久しぶりに社畜の育成の始まりだ。
しかし、これはある意味洗脳に近いからあまりやりたくはないが、みんなが生きるためだし、別に社畜になっても狂信者でもないから社会性までは破壊されないから大丈夫か。
では俺が一番の年長組の教育に当たろうか。
「ジーナたちは大佐に従って新人たちの教育に当たってくれ。何、今までやってきたことをここでもすればいいだけだ」
「また、一から教育しないといけないんですか。営舎などの建築については教えますか」
「は? 何を言い出すんだ。建築なんか兵士に必要か。塹壕堀りくらいなら必要かもしれないがそれ以上は要らないだろう」
あいつは何を言い出すんだ。
いつ俺が兵士たちに建築なんかを教えたというのか。
必要に迫られて協力はしてもらったことはあるが新人にいちいち教えてなんかいないぞ。
まあ、俺は俺の仕事をしよう。
俺はアプリコットを連れて分けられた5年以上の軍人経験のあるグループに近づいていった。
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