第281話 軍事法廷

 拘束した士官10名全員を連れて師団本部についたら、開口一番に思いっきり皮肉を言われた。

「は~、お前ならもう少し上手に使ってくれると思ったのだがな。いきなり軍事法廷って無いだろう」

「いや、ブル。グラスはいい仕事をしてくれたと思うぞ」

 思いっきり顔をしかめながら皮肉を言ってくるサクラ閣下を親友のレイラ大佐が宥めていた。

 て、あんたはこうなること判っていたんか。

「考えても見ろ。こいつらは断れなくて、嫌々引き取った連中だろう。それが早速、しかも帝国の新たな英雄の告発で帝都に送り返せるのだから。これ以上ない成果だと思うぞ」

「そうだけど、それをする私の身にもなってよ。書類だけでも面倒なうえに、私は軍法会議をしたこと無いわよ」

「まあ普通はそうなるよな。私は情報部にいた時に何度か参加したことがあるから要領は分かっているよ。大丈夫。どうせ茶番だから、適当に格好をつけておいて帝都に送り返せば、帝都の方で何とかするから。こっちは証拠の書類だけ用意しておけば良いだけよ」

「その書類が面倒なの。こういったものは私がサインしないといけないやつばかりでしょ」

「書類は私が手伝うから、それよりも……」

「何??」

「士官10人が居なくなるんだよね、グラスの大隊には。その補充をしないと、とんでもないことになるわよ」

「良いのよ、とんでもないことも経験すればいいの」

「でもブルは大丈夫か。確かグラスの大隊って、大隊長はブルだろう」

「あ………。直ぐに手配するわね。本当に書類頼むわよ」

 今では完全に俺の目の前でも隠そうともしないで二人は本音を言い出す始末。

 本当にどうしてくれようか。

 タテ社会の軍でもなければ俺はこいつらを殴っていたかもしれない。

 尤もこぶしが閣下たちに当たる前に逆襲されるだろうが、そんなの知ったことか。

 もういっそのこと大隊長に全てをお任せで良いよね。

「ブル、それこそ今度はきちんと使えるのを最低でも一人は入れておかないと、グラスの顔を見て見なさいよ。お任せなんて言い出しかねないわよ」

「あ、大尉。まだそこに居たの」

「はい、閣下から退出のお許しを頂いてはおりませんので」

「今度は使える士官を配属させるからね。だけどあの時の気持ちは本当よ。あなたなら誰でも上手に使えるだろうとあいつらを回したのよ。あいつらの方があなたの能力を上回るくらいダメだったようだけど。全ては何も分かっていない帝都の連中のせいね。大丈夫、大丈夫。今度こそまともな人を要求しておくから」

 俺らはその後数日ここに留め置かれ、軍法会議という茶番にも付き合わされた。

 まあ、俺が訴えたから原告側で参加するのは分かっていたが、こいつら配属される前からとんでもなかったようで、そんなのが分かっていたら俺のところに回す前に法廷でも開いて返品しておけヨと言いたかった。

 とりあえず俺の隊があいつらに壊される前に返品ができて良かったといえるが、この後大隊規模の増員があると言っていたから、千人は覚悟しないといけない。

 今でも中隊250名近くを持て余しているのに、この4倍の人数になる。

 しかも俺が全てを面倒見ないといけないことになるからどうしたものか。

 まずは小隊を預かる士官を手配してもらうことから始めないとまずい。

 今でも俺の中隊には士官が足りなくて、少尉になったばかりのメリルにかなり面倒を押しつけている。

 彼女がことのほか優秀なので、今のところ問題にはなっていないが、俺の中隊が戦闘になったらどうなるか分からない。

 閣下からこの先戦闘も視野に入れ準備しておけとも言われたが、言うだけなら誰でもできると、俺は声を大にして言いたかった。

 連れて来た士官全てが不良品となれば、本当にここの連中は俺のことを隊ごと葬るつもりかと勘繰りたくもなる。

 とにかく、茶番の軍法会議も無事に終わり、被告たちはその日のうちに輸送機で帝都に返品となった。

 俺も会議終了後すぐにあの町に帰り、たまった仕事に取り掛かる。

 例の訓練施設が作りかけだ。

 出来た施設だけでも新人たちに試してもらおうと思った矢先の事件だったので、あのまま進展がない。

 こちらに残った連中が優秀な者たちばかりなのが幸いして、作りかけの施設は工事をしており、ほとんど終わりかけていた。

 手が空いてきた新人たちはメリル少尉の機転なのか、はたまたおやっさんの強引なのか分からないが、こちらに来ているおやっさんに連れて行かれ町つくりに協力していたので、遊んではいなかった。

 俺ばかりかおやっさんにもしっかり鍛えられているようで、もう少しすれば立派な工兵として一人前になるとシノブ少佐が太鼓判を押してくれた。

 ちょっと待て、こいつらも育てば連れて行くつもりか。

 こいつらは工兵でなく戦闘兵だ。

 それに、こちらの準備が整い次第、この町から攻勢をかけるつもりの様で、その準備もできたばかりの防衛軍の方で始めているとも聞いた。

 俺は、次の施設の設計に取り掛かることにした。

 先の心配ばかりしていてもどうしようもない。

 また、新兵たちの訓練もおやっさんやシノブ少佐が責任をもってしてくれているようで、どうしよう……

 早く訓練施設を作り、本格的な訓練を始めよう。

 俺はメーリカさんを呼んで、この先必要と思われる訓練のための施設について意見を求めた。

 とにかく体力増強は外せないということで、前に作った施設で問題ないと言っている。

 それに追加するなら、実際のジャングル内でのサバイバル訓練くらいだとも教えてくれた。

 このサバイバル訓練については俺に宛てがある。

 現在作っている施設を共同使用することになる連邦軍の新兵を鍛えるためにちょくちょくマリーさんがやって来る。

 尤もマリーさんは妹のサリーちゃんに会いに来ているだけだともいえるが、その時に色々と相談している。

 ジャングル内での訓練については連邦軍で協力してもらえることになったので、体力のある連中から順次訓練に出している。

 連邦の方でも新たに新兵を募集して、当初の目的である連隊規模にまで兵を増やしていた。

 しかしその内訳というと、元々彼女の部下は小隊規模しかなく、それ以外は経験者などを集めても中隊に届かないくらいしかいなかった。

 当然町や村々から若いものを中心に集めて人数をそろえた。

 もとから経験のある者でもジャングル内でのゲリラに特化した技能しかなく近代的な軍にはなじめていない。

 それらを一から教えているのが新たな幕僚長となったキャスター元少佐だ。

 彼女が率いていた大隊がそれこそ全員が必死に同数にまで増やされた現地人の部隊を教えていた。

 そこに俺の新兵を送り込んで一緒に教育してもらう訳だ。

 ここで改めて振り返ると、これってとんでもないことをキャスターさんの部隊に要求している。

 俺って案外ブラック体質の上司だったのか。

 そこまで考えが及ぶと一挙に俺は落ち込んだ。

 早くまともに動ける体制を作りたい。

 俺はアプリコットを通してジーナたちの同期を呼んでもらった。

 俺の部屋に集まったのはジーナを含め三人だ。

 俺は先の事件について説明をした後、新人たちのフォローをしてくれた彼女たちにお礼を述べ、その後について説明を始めた。

 新たに士官と、今度こそ今の4倍に当たる大隊規模にまでここが増強されることを話した。

 ある程度噂では聞いていたようで、それほど彼女たちには動揺が無かったが、それでも一斉に文句を言い始めた。

 文句だ。

 しかも俺に対しての文句だった。

「大尉、大体なんで私たちがこれほど苦労をしないといけないのでしょうか」

「また新人ですか」

「いったい新人ばかりを千人連れてきて何を始めようとしているのでしょうか」

「待て待て、質問にはきちんと答えるが、その前に大事なことを押さえておこう。ここが苦労するのは俺のせいではない。全てが閣下の思し召しだ。そこを勘違いするな」

「え? 大尉、それって上官の批判ですか」

「しかも将官クラスの上官批判、まずくないですか」

「ちょっと待とうか。今の話が上官批判ならさっきのお前らのは何だ。上官の批判にならないか」

「え~、それってズルくないですか」

「「そうだそうだ」」

「良いから、話を聞け。良いか、俺はなにも望んではいない。全部上から押しつけられている。そこは良いか」

「……」

「まあいいか、そんな話をしたかったわけではない。今の新兵もそうだが、新たにここに来る連中もジャングル内で戦闘をできるようにまでしてもらう。ジャングル内でのサバイバル訓練についてはマリーさんの協力を貰えるので、彼女たちと一緒の訓練をすることになった。当然君たちもその技量を付けてもらうために同行する」

「「え~」」

「近い将来、ここから進攻のための軍が出される。その時に、また俺たちは貧乏くじを引くことになるから、生き残れるように必死でジャングル内でのサバイバル技術を身に着けてくれ。敵を殺せなくても良いけど、生き残れないようなら連れて行けない。置いていかれたくなければ必要な技量は絶対に身に着けるように」

 俺だったら、遠慮なく置いていってくださいと言い返したもんだが、彼女たちは士官学校を優秀な成績で卒業してきた真面目な軍人だ。

 置いていかれることに屈辱すら感じるようで、俺の話を聞いた時の顔は真剣そのものになった。

 その後、簡単に予定の話をして解散させた。

 山猫さんたちは既に生き残れるための技量はあるし、海兵隊の猛者たちは何も言わなくても必要な技量は自分たちで学んでいる。

 俺が心配だったのは経験の足りない彼女たちと彼女たちが率いる兵だ。

 まだ俺のところからは被害は出していない。

 出来れば俺が除隊するまで被害は出したくない。

 今のところあいつらは全員が素直で、俺の話をきちんと聞いてくれるからいいが、問題は新たに合流する連中だな。

 多分新兵が中心になる千人規模の隊になるだろう。

 それを導いてくれる士官がどれだけこちらに回されるか、正直心配だ。

 なにせサクラ閣下やレイラさんとの会話では少なくとも一人は使えるのを回してもらえると言っていた。

 あの時は、今度こそ使えるのが最低でも一人は回されると感謝していたが、千人に対して使えるのが一人来ても使えないだろう。

 何を考えているんだと、俺は今その事実に気が付いた。

 騙されたと。






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