第278話 いよいよ発足
俺たちがジャングル内の町にこもってからの一年で、帝国と共和国との間の戦争に少しばかりの変化があった。
このジャングル内の町に到着する寸前に俺たちの仕出かした事件は後々まで大きな影響を及ぼしていたと聞いている。
あの時に、一時的とはいえ共和国は戦線を維持できずにかなりの規模で後退していった。
その影響もあり、ゴンドワナ大陸の第三作戦軍は壊滅的な失敗をしでかしたのにもかかわらず、結果的には現状維持のラインで留まることができた。
また、海軍は制海権を一挙に広げ、第一作戦軍のテリトリーである希望の回廊周辺全てをその制海権内に治めることに成功した。
その為に第一作戦軍は希望の回廊内で攻勢に転じ、徐々にではあるが戦線の押し上げに成功している。
統合作戦本部内では少なくとも来年には希望の回廊を抜け、共和国側の大陸に橋頭堡を築くことができるとかなり入れ込んでいる。
目をゴンドワナ大陸に移して詳細に見て行くと、このゴンドワナ大陸内の共和国軍の動きは極めて小さい。
あの事件以来後方に移した戦線を押し上げることもせず、現状を維持している。
一方、帝国側もあまり芳しいとは言えない。
急進攻勢派により完膚なきまで壊された西側の補給港も、俺の適当な提案による作戦でその機能の7割を回復するまでさほどの時間を要しなかったが、元々ゴンドワナ大陸内の補給に無理があったために、今でも補給には苦労している。
未だに現地第三作戦軍内では戦線の後退も議論されているくらいだ。
少なくともあの時の事件により第三作戦軍の規模は全盛期の6割まで縮小しているが、それでもこの状態だ。
今の第三作戦軍の主な仕事は補給路の構築だ。
壊された港はそのまま、後方にある港を強化して、道路と鉄道を施設している。
唯一この大陸内で目覚ましい成果を出しているのが、ジャングル方面軍から離れたサクラ閣下率いる軍団だ。
規模こそ一個師団に海軍基地を合わせたようなとても一つの軍団と呼べるものではないが、ここは統合作戦本部からも独立した軍団で、昨年発見した『ゴンドワナジャングル連邦』国家と共同して防衛軍を組織するべく奔走している。
まだまだ敵共和国に対して目に見える形での成果は出ていないが、それでも条約を交わした連邦国家の防衛には成功している。
そんな連邦国家もこの一年で大きく様変わりしている。
かつてあった町は旧市街地と呼ばれ、その町の近くにおやっさんたちが作っていた物を中心に官庁街が出来上がった。
また、連邦に所属する各村々を結ぶ道も整備され、今ではヨチヨチながらも国家として機能し始めている。
俺はそんな官庁街の一角にある自分の事務所『サリーちゃんのお家』でアプリコットから説明を受けている。
「今帝国が置かれている状況は以前に比べかなり改善されてきております。そのためでもあるのでしょうか、殿下が直々にお見えになるそうです」
「へ~、そうなんだ。でもなんで来るの。まさか遊びに来る訳では無いよね」
「へ? 大尉は聞いていなかったのですか。かねてから準備していました、防衛軍が正式に発足します。殿下はこの防衛軍の総統となり、防衛軍を監督することになります」
「え? 殿下はここで生活するの」
「いえ、殿下は今まで通り帝都での執務もございますから。それで防衛軍司令長官となる方と一緒に来られるそうです。マーガレット副官から大尉に決して粗相の無いように、厳重にくぎを刺しておけと命じられております」
「いやだな~。俺がそんなへまするかよ。『君子危うきに近寄らず』が俺の座右の銘だよ。そんな物騒な人たちが来るのなら、ジャングルのパトロールにでも出かけるよ」
「大尉、それが許されると本気でお思いですか」
「え? 俺に命じられたことだよね。ジャングル内のパトロールって」
「は~~。 その皇太子府からの伝言です。時間を取るから殿下と面会するようにとのことです」
「え? 今の伝言聞かなかったことには」
「私が受領した段階で、無理ですね。諦めてください」
殿下との面会は初めてのことではないが、いずれも厄介ごとに繋がっている。
それにあの殿下は気さくな人柄だが、人に厄介ごとを押し付けるのに一遍の遠慮もない。
まあ、そうでなければ皇太子なんかできないのだろうが、押し付けられる側からすると疫病神とまではいわないが、遠慮したい相手であることには変わりない。
帝都から殿下が見えるとあっては帝国としてもこの町の警戒レベルを上げないといけないのだろう。
先日からアート連隊長が自身のアザミ連隊を引き連れてここに来ている。
ここに着くなり俺のところに来て、開口一番「どこに基地を作ればいいか」なんて聞いてくるから、ここに暫く居座るようだ。
飛行場を作った関係で、早々この辺りには広い場所はない。
ジャングルを開拓するのなら在ると、すぐ傍にある場所を教えたら俺の隊が手伝わされている。
その辺りも後でアプリコットが説明してくれたが、ここにできる防衛軍の実働部隊として帝国から派遣されるそうだ。
今のところこの連邦国家の規模からして大した軍を持てないこともあり、帝国からの一個連隊と連邦からの一個連隊の2個連隊で発足するそうだ。
なお、前からここに居るサクラ閣下率いる軍団もそのままここに居座るそうで、指揮命令系統を皇太子が握っているからいいようなものの、かなり複雑になりそうだ。
サクラ閣下はそろそろ敵共和国に対して攻勢をかける準備をしていると風の噂で聞いた。
色々と俺の周りがきな臭くなっているが、時代は確実に変化している。
そんなことを考えながら、俺は大人しく殿下を待つことにした。
三日後に殿下は帝国が誇る輸送機で、この町に到着した。
飛行場から、新たにできたこの官庁街をちょっとしたパレードで防衛軍司令部庁舎に入った。
町の町長が今では国家元首となっているので、そこで殿下は町長改め首相と会談し、無事に調印を終えた。
この条約締結に至るまでに俺は大活躍をしたのだ。
なにせこの連邦国家の国軍を率いているのがあのキャスター少佐なのだ。
国軍司令官になるのに少佐の階級ではまずいということになり、キャスター少佐には将軍もしくは元帥になってもらおうという話になった。
しかし、肝心の少佐が納得しない。
率いているのが国軍と言ってもその規模は大隊にローカルから兵士を集めたもので、十分な規模にまでなっていない。
それなのに将軍は、喩え准将でもおかしいと、我儘を言って聞き入れてくれない。
そこで、少佐の説得に抜擢されたのが俺だ。
何日も議論を重ねて、少佐の階級を離れるのには納得してくれたが、それでもかたくなに将軍位には就かないと言い張る。
そこで俺は新たな階級を作ってそれならどうだと提案したら渋々ながら納得してくれた。
問題は新たな階級という奴だ。
そんなものこの世界には存在しないから新たな階級と言えるのだが、どうしよう。
さんざん悩んだ挙句、俺は独り言のように昔の記憶を頼りに『幕僚長』とつぶやいたら周りが急に盛り上がってしまい、キャスター少佐改めキャスター幕僚長に就任することになった。
ちなみに、サリーちゃんのお姉さんのマリーさんもこの時に幕僚に就任する運びとなり、連邦国軍副司令官に着いた。
一応帝国に対しても共和国に対してもどこに出しても恥ずかしくない形はできた。
規模の問題は有るが、それも帝国からの援助と、キャスター司令官の尽力により急速に規模を拡大している。
俺がこの提案を出した時には国軍と言えるのが全部集めても一個大隊と中隊いや小隊2個分くらいの規模だったのが、今では一応連隊規模にまで拡張に成功している。
練度については問わないでほしいが、俺らもかなり無理をさせられただけあって、殿下の訪問に間に合った格好だ。
一連の式典の後に俺の恐れている殿下との面会がある。
今回はサクラ閣下同伴の下行われると聞いている。
俺にとってこの組み合わせは鬼門でしかない。
二人とも絶対に遠慮と云うか迷惑という言葉を知らない人たちだ。
俺はアプリコットに引きずられるように面会会場に向かっている。
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