第274話 大使館つくり

 俺は司令部の命令に素直に従った。

 キャスター少佐との会談を終えたその足で、例の町に向かった。

 そういえばあの町の名前を聞いていない。

 そろそろ国名も決めないといけないだろうが、俺の範疇ではないのでとりあえず無視だ。

 ここからあの町まではかなりの車の行き来があったようで、わだちの有る道ができていた。

 これはジャングル内の同じところを走ったためで、いわば車で作る獣道のようなものだ。

 そのため道の状態はすこぶる悪い。

 悪いが、ブッシュなどが無いだけ初めて向かった時よりは格段に時間が短縮されている。

「ここもきちんと軍用道路が欲しいな。おやっさんにでも頼んでみるか」

 俺は独り言のようにつぶやいたのをアプリコットが聞いていた。

「え? これで十分じゃないですか。前に比べれば格段に楽になっていますよ」

「ああ、だが、それでも道が悪い。おやっさんが整備すれば半分の時間で町まで行けるぞ。それに何より、これからは同盟国の首都、多分そうなるのだろうが、そことの行き来は今とは比べ物にならないくらいに増える筈だ。こんな片道では足りないぞ。少なくとも上下線は必要だな」

「そうですね。大尉の言われる通り、交通量は増えますね。町についたらサカキ連隊長に要望書を提出しておきます」

 とにかく真面目なアプリコットはルールに従って処理しようとしていた。

 俺は仕事が増えるのは勘弁だが、彼女がやるのなら俺は何も言わない。

 俺はおやっさんに会った時に簡単に頼もうかと思っていたが、まあ、アプリコットの言い分の方が正しいのだろう。

 途中の野営を挟んで翌日には町についた。

 正確に言うと町の直前にある川岸の広場だ。

 そこにはレンガ作りのこぢんまりとした小屋がもうすぐにでも完成しそうな勢いで作られていた。

 え、早くないか。

 俺がここを離れてから数日しか経っていない筈だよな。

「流石に人がいると指揮所造りは捗りますね」

 隣にいたアプリコットはさも当然とした感じで俺に言ってきた。

「ああ、メーリカさん辺りは何度目かの小屋造りだしな。新兵もそろそろ慣れたのだろう」

 俺はそういうとメーリカさんを探した。

「あ、隊長。おかえりなさい」

「ああ、ただいま。もうすぐできそうだな」

「ええ、多分今日中には完成しますよ」

「それは良かった。完成したら酒でも振舞うよ。帝都でしっかり買い込んだのがあるから」

「それは喜びますね。あ、先ほど司令部から無線が入り、アンリ外交官が帝都を発ったとのことです。司令部で、町まで送るから出迎えは要らないとのことでした」

「え、まだ俺らってアンリさんの警護をしていたのか」

「そうですね。あの命令は解かれていませんから、警護中なのでしょうね」

 俺は帝都に向かう機内での彼女の裏切りで、あの時点で警護の仕事を解かれたと勝手に思い込んでいたらしい。

 すっかり忘れていたよ。

 忘れついでに新たに命じられた大使館造りについても思い出した。

「そういえばおやっさんの処のシノブ少佐は見ないが、どこにいるのか知っているか」

「シノブ少佐ですか。まだ町内の拠点に居る筈ですよ。町のインフラがどうとか言っておりましたからその調査でもしているのでは。それが何か?」

「ああ、ここに大使館を作るらしい。それを手伝えと命じられた。急ぎとは言われていなかったので、ここができてからで良いけど、その準備も頼んでもいいかな」

「ええ、もちろんです。で、隊長は」

「拠点に行ってシノブ少佐に会って来るよ」

 そう言って俺は歩いて町に向かった。

 ここからだと歩いても30分もあれば町の中心まで行ける。

 町内の拠点ではシノブ少佐の部下たちが忙しそうに走り回っている。

 入口傍にいた兵士の一人を捕まえてシノブ少佐の居場所を聞いた。

 2階の執務室で町長と話しているという話だ。

 ちょうど良かった。

 俺も町長には事前に伝えておこうと、2階に向かった。

「あ、隊長さん、おかえりなさい。何時こちらにお戻りで」

 俺の入室を最初に確認した町長が俺に声を掛けて来た。

「先ほどこちらに到着しましたので、ご挨拶に伺いました。あ、でも、アンリ外交官の戻りは明日以降になります」

「そうでしたか。お国の方では何か分かりましたか」

「ええ、おおむねアンリ外交官がご提案した方向で話が進んでおります。明日以降アンリ外交官がこちらにいらしたときにはより具体的なお話ができるかと」

「そうでしたか。それではいよいよ国造りですね」

「ええ、ですのでこちらに帝国の大使館を作ることになりましたので、そのご許可を頂きに参りました」

「え?中尉も、大使館造りを手伝ってくださると」

「ええ、シノブ少佐。 昨日、そのように命じられました」

「あ、シノブ少佐。グラス中尉は此度の帝都帰還で大尉に昇進なさいました」

「あ、そうですの。それは失礼しました大尉。私もかなり前にそのように命じられてこちらに来たのですが、それ以前に色々とインフラに問題があるのが分かりまして、その対応で一杯一杯なのです。昨日連隊長に応援を頼みましたからシバ大尉辺りが新兵を連れて応援に来るのではと思っておりました。大尉の隊が応援ということでよろしいので」

「シバ隊の件は何も聞かされておりませんが、応援の件は命じられておりますから、また一緒にできますね」

 そこから町長を交えて大使館について話し合った。

 結論から言うと、この後作られる政府機関の建物も色々と作っていかないといけないということで、今の中心地から離れて、俺らが駐屯している辺りに大使館を作るということで町長の了承を得た。

 その後は雑談になり、今後の政府機関も大使館に近い場所に一緒に作る方向で話し合った。

 その際に上下水道の整備も最初からあの辺りは作りこんで、その後は徐々に今の街中にもという話になった。

 今のこの町はジャングルにある他の村から見たら大規模ではあるが、インフラ整備の面ではかなり遅れており、今の井戸を使っている。

 俺もシノブ少佐も同じ意見で、今後の発展は今のままでは無理だ。

 しかし、ここは新たに作られる首都としての機能を持たないといけないので、さらなる発展を期待されている。

 そんな事情も理解しているので、シノブ少佐が調査に時間を取られており、なかなか大使館のような建物の建設に入れなかった原因でもある。

 彼女の、と云うか司令部全体の考えでは、シノブ少佐の部隊で設計と施工管理を行い、実際には地元住人を雇って工事をしていくつもりだったようだ。

 少しでも早く地元住民となじむための施策でもあった。

 しかし現状はそれ以前の状態で滞っている。

 地元住民との共同での工事については政府庁舎からでも良いと俺は考えているので、俺の部隊で先行して大使館を作っていくことになった。

 シノブ少佐は忙しかったのか、俺の自由にしても良いとまで言うので、好き勝手に作るつもりだ。

 尤もシノブ少佐にこの話を聞いたアプリコットは頭を抱えていたから、あまり無茶はできそうにないな。

 俺の中では司令部のあの立派な庁舎を超えるのを作るつもりだったので、どうにかして邪魔の入らないように考えよう。

 最後に雑談ついでに、新たな国の防衛についても町長と話し合った。

 町長は最初から俺らの占領を覚悟していたので、好きにしてくれといった態度だったか、俺はできるだけ町長に最初の計画から絡んでほしくて色々と相談をしていた。

 今回の件も、キャスター少佐の亡命の話をそれとなく話して、内諾を貰ったのもその一つだ。

 町長は軍事には詳しくないという話で、部下に任せきりだったのだが、その部下も先の共和国との一件で落命していた。

 俺はサリーちゃんの姉のマリーさんに軍事を任せることを提案してから、キャスター少佐もその軍事に混ぜることを話しておいた。

 共和国兵士に防衛を任せることに嫌悪感があったら、首都にはおかずに国境となる辺りに駐屯させても良いと考えていたが、町長が言うには町の住民感情では完全にあの黒服の連中とキャスター少佐たちとでは別なものとして認識されているようで、何ら問題が無いとも言ってくれた。

 これなら新たに作る防衛軍構想に最初からキャスター少佐を関わらせることができると安心したので、アンリさんが来たらその辺りについても相談することにした。

 どちらにしてもアンリさんが来たら、一度周りの村の代表を交えて話し合いが必要になることで、町長とも意見が一致したのだ。

 まあその辺りについては俺の範疇を大きく外れるので、俺は半ば趣味となった建物造りをしていればいいだろうとたかをくくっていた。







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