第273話 キャスター少佐の説得
ゴンドワナのジャングルにある飛行場で、やっと俺は小言と別れて、訂正、小言から解放はされたが、別れるのはサクラ閣下たちだ。
俺はサクラ閣下たちと別れて、居留地と呼ばれている以前の基地に向かった。
居留地はかつての基地の有った時とは趣を変え、ちょっと良い感じにまで整備が進んでいた。
中央に整備された広めの道が通り、その両脇に木漏れ日を浴びながら佇む営舎がある。
映画のワンシーンのようにも見え、ここが高級リゾート地にある別荘地のようにも見えた。
必要最低限しか木々を切り倒していなく、落ち着く感じに町を作っていこうとする意志が垣間見えた。
俺はここの司令塔になるかつての本部建屋に向かった。
事務所に入ると、忙しそうに仕事をしているキャスター少佐たちが居た。
俺は急な来訪を詫びてからキャスター少佐たちとの会談の場を持ってもらった。
俺に与えられた仕事は直ぐにでもしないと、これが成功しないとこれからのことが全て台無しになる。
事務所内の応接に集まってもらい、話し合いが始まった。
「すみません、急な来訪で」
「いえ、何か重要な案件でも」
「ええ、とても重要な件です。あなた方の亡命の件です」
俺がここまで言うと周りの空気が一変した。
キャスター少佐たちに一斉に緊張が走る。
「帝国は私たちの受け入れを拒否しましたか」
「拒否では無く、事実上無理と判断したようです」
「そ、そうですか……」
一斉に落胆の様子になる旧共和国兵士たち。
「しかし、ここで、殿下からお願いがありますが聞いていただけますでしょうか」
「お願いですか」
「ええ、まず最初に断っておきますが、これは交渉を有利に運ぼうとして最初に亡命をお断りしたのでは無いということをご理解ください」
俺はこう切り出してから、彼女たちの亡命先の件を話した。
「え? どういうことですか」
「少々ややこしい話になりますが、実情はこれからここに新たな国を作ろうということになりました」
「ここに傀儡国家でも作ると」
「そう捉えられてもある意味否定しにくいのですが、実情は完全に違います。殿下はここに帝国の友好国を作りたいのです。当然最初は力関係からほとんど傀儡国家のように扱われるかもしれませんが、殿下は全力でこの地を守ると約束しておりますから、努力次第でいかようにも変わろうかと思います」
俺は、ここで殿下が俺に話したことを俺の理解の範囲内で包み隠さずにキャスター少佐たちに語った。
「そうですか。どの国でも政府の中枢は問題を抱えているのですね。帝政を敷いているだけ帝国の方がましのような気がしますが……」
「ええ、わが国は法律で貴族の暴走を抑えるようにはなっておりますが、それだけでは抑えられないところまで来ていると殿下はお感じなのです。今帝国に必要なのは理性ある外圧と殿下はお考えです。しかし、その役割を敵国である共和国には求められませんので、無ければ作ればという俺の意見をお聞きくださり、そのような運びとなりました」
何度も何度も質問を受けては俺の知っている限り誠実に答えていった。
もうこの辺りで俺の意図を理解しているようだが、キャスター少佐は俺にダイレクトに聞いてきた。
「それで、私たちに何をお求めですか」
「ええ、皆様には新たにできる国に亡命、いや、一緒になって国造りに参加してほしいと思っております」
「え?私たちがまたあそこに」
「全員が行く必要は無いでしょう。でも少佐には私と一緒にあそこに出向いてもらいたいと考えております。少佐たちをこの新たな国にお迎えしたいのです」
その後、俺の考えも含めてキャスター少佐に話した。
「分かりました。私たちの処遇については中尉……、あ、もしかして昇進しましたか」
「ええ、大尉にさせられました。この後何をさせられるかはわかりませんが、最初の仕事が少佐の説得でしたので」
「それでしたら、仕事は完了ですね。私は中尉、いや失礼、大尉のご提案に乗ることにします。大尉のお見通しの通り、私たちは何が何でも帝国に亡命したい訳では無く共和国から逃げ出したいだけなのですから」
「提案を受け入れてもらいまして感謝いたします。当面はこの大隊を維持して、防衛に当たることになりますが、よろしいでしょうか」
「よろしいとは?」
「今までのお味方と戦うことになるかもしれないと……」
「ああ、そのことですか。亡命を希望しました時からその覚悟はあります。最悪最前線で使いつぶされるかもとも思っておりましたから、提案の方が遥かに優しい扱いですね」
その後俺はキャスター少佐とこの後作られる防衛軍の構想について話し合った。
「それにしても大尉は凄いことを考えますね」
「凄いとは……」
「ええ、私でもお国のお偉いさんのお気持ちは分かります。亡命してきた私たちをいきなり信じることなどできませんでしょうしね。しかし、そのお気持ちに逆らうこと無く私たちを兵士として使う方法を考え出すとは、凄いというか感心するばかりです」
その後俺の構想について問題点などを洗い出して、最終案のためのたたき台を一緒に作っていった。
俺には軍人としての素養が無い。
これは自覚しているので、俺の副官のアプリコットの意見をよく聞くが、それでも彼女には圧倒的に経験が足りない。
その足りない経験から来る発想をキャスター少佐に補ってもらっている。
それにしても彼女は凄い。
伊達に英雄として祭り上げられてはいない人だ。
話の一つ一つに重さがある。
理屈や理論だけではなく、現場からの見た無理のない意見を頂く。
中にはアプリコットと相違があることもあるが、十分に話し合っていくうちにアプリコットの方が折れる格好の方が多い。
それも当たり前で、彼女は地頭もいいので理屈や理論も理解した上で、それでも無理なことも知っている。
そんなときには現場に柔軟に合わせて行く方が遥かに有益なこともその経験から知っているので、そこから出る意見は非常に助かる。
つくづく彼女とまともに戦わなかったことに神のご加護を感じたくらいだ。
あのバカな黒服連中なら軍を知らない俺でも簡単にあしらうことはできるが、絶対に彼女は無理だ。
天才といわれるアプリコットでも簡単に彼女にはあしらわれるだろう。
その彼女が今度は味方なのだからこれほど心強い事は無い。
強いて問題を挙げるのなら、帝国にもいる馬鹿どもの横槍くらいだ。
こんな感じで、半日ばかり話していると外の方がにぎやかになる。
司令部からサクラ閣下の秘書官であるクリリン少佐が俺を訪ねてきたようだ。
「クリリン少佐。よく俺がここに居ると分かりましたね」
「ええ、レイラ大佐が大尉ならここでキャスター少佐を説得中だと教えてくれましたから。それで、結果はどのように」
「快諾を頂きました。これで次に進めます」
「それは良かった。ならこの話を話せますね」
「話?」
「ええ、閣下から大尉にお話がありました。キャスター少佐の説得が終わったら、町に戻り大使館造りに協力してほしいと」
「大使館??」
「ええ、先日からシノブ大尉の部隊が町に向かい大使館を置くのに最良の場所を探していると。ですので、実際に大使館を作るようになったら大尉の部隊にも協力させよという話です」
「え? 俺の部隊って、工兵じゃないよ」
「ええ、私は知っておりますが、サカキ連隊長は大尉の部隊を既に特別優秀な工兵部隊としか認識されていないようですね。この大使館造りの話が出た時にも閣下に『あんちゃんにやらせればいいだろう』と言っておりましたから。連隊長が言うには大尉の部隊はとにかく仕事が早くて丁寧だと偉く評価されていましたよ」
「人から評価されるのはうれしいが、それって……」
「ええ、ですから閣下は命令ができなかったんでしょうね。どうせ待機中で暇なら手伝いでもさせたらと言っておられました」
「これって……」
「そうですね。陸軍や近衛ではわかりませんが私の出身である海軍ではれっきとした命令ですね。命令書は出せませんが」
「分かりました。その命令を受領します」
俺の唯一の抵抗である、無茶な指示をきちんと明確にしておいた。
それにしても良い様に使われるな。
俺がそんなことを考えているとアプリコットが一言。
「大尉、何を今更ですか」
それもそうだ。
しかし、……頭に来るな。
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