第272話 帝都の散策
デートだ、デートだ、うら若き女性との町歩きデートだ。
俺は少し浮かれたが、そんな訳は無くいつも通りだ。
そういえばアプリコットは俺が軍に連行されてからずっと一緒だったので何にも新鮮さが無い。
なにせ、あの墜落事故からずっと一緒なのだ。
でもそれも時間で測れば大したことは無い。
一年あるかどうかなのだ。
あ、そういえばその間中ずっと休みなしで働かされている。
俺はとんでもないことに気が付いた。
「アプリコット少尉。ちょっといいかな」
「何ですか中尉」
「今気が付いたんだが、軍人て休みは無いのか」
「そんなことは……… そういえば私たちは休みを貰っていませんでしたね」
「そんなんでいいのか。労基法とか、社保庁がうるさいとか無いの」
「何ですの社保庁って、知らないお役所ですが」
「あいつら切れないかな」
「メーリカ少尉たちですか。少尉はともかく一般の兵士には交代で準待機にはしていますよ」
「なんだその準待機って?」
「中尉に分かりやすく説明しますと、エリア内ならお休みしていて構わないってものですね。実際はもう少しいろいろありますが、中尉にはこの理解で大丈夫です。ですので一応休みは与えられていることになりますね。準待機ですが」
「そうか、なら帰ったら休みを申請しようか」
「中尉、その申請通るとお思いですか?あの会議で出たお話を聞いていましたか。今までの経験上絶対に面倒ごとを押し付けられますよ。私たちは司令部から嫌われておりますからね」
「確かにな。ひょっとしてアプリコットって敵が多かったとか」
「な、な、何ですか。私たちが嫌われているのは中尉が原因なんですからね。作戦に出る度に、とんでもない成果を持ち帰るから司令部から煙たがられているんじゃないですか。ご自覚が無いのですか」
久しぶりに仕事を離れてアプリコットと会話をしているが、なんだか内容が愚痴のようなしまらないことばかりになった。
そんなこんなで、会話をしながら帝都の中をアプリコットに案内されて、あいつらの慰労用に酒をしこたま買い込んだ。
アプリコットはおしゃれなお菓子をこれもかなりの量を買い込んでいた。
全部今日中に空港に運んでもらうよう手配はアプリコットがしていた。
やはりできる人だ。
最近使い物にならない場面が多かったが、基本スペックは相当に高い。
半日とはいえ、帝都での買い物も堪能したお礼にアプリコットにお茶をご馳走したのだ。
「前にもこんな感じのことありませんでしたか」
アプリコットが聞いてくる。
「ああ、海軍基地に行く途中だったか、いや、補給路を探す途中で、中継の町でお茶をご馳走したな」
「大丈夫なのですか、中尉のお財布は。今日もたくさんお酒をお買いになっていたような」
「大丈夫だよ。俺の貰う給料はほとんど使うことができないからね。これくらいなら何ら問題ないよ」
そうなのだ。
俺は帝国軍人として中尉の給料をもらっているが、ほとんど、いや全くといってよい位に使っていない。
使えないのだ。
ジャングルの中にコンビニなどありはしないし、軍隊の基地内にいる限り軍が全てを供給してくれる。
個々人が使う嗜好品の類も買う場所がない。
最近になってやっと基地内に売店ができたようだが、俺らはその基地にすら近寄らせてもらえないのだ。
ひょっとして俺らの扱いって囚人か。
お茶もゆっくりと楽しんだし、本当にいつ以来か思い出せないが、久しぶりに休日を楽しんだ。
半日しかなかったが。
翌日は朝から俺は帝都の宮中に向かっている。
叙勲の式典があるのだと。
前回の時と全く同じで、並み居るお偉いさんたちが囲む中を俺が一人で前に出て陛下よりお言葉を賜る。
そして勲章をもらい下がるだけの式典。
今回も俺だけの式典だったようで、時間的には直ぐに終わったが、それだけに貴族連中の俺に対する視線が痛い。
俺はくれとせがんだ訳でもないのに、あまりにも理不尽だ。
その後は、人事局に出向き俺の階級を上げてもらった。
本来ならば前線指揮官のサクラ閣下辺りから階級章と昇進の命令書を貰うだけなのに、何故だか俺には一々めんどくさいことをしてくる。
これで俺は大尉となった。
しかし、良いのんかこんなに早く昇進させて。
バランスというのもあるだろうに、流石に今回はアプリコットの昇進は無かった。
彼女は何故だかその昇進が無かったことに非常に喜んでいた。
俺よりも彼女の方が功績は大きいと思うのだが、俺から何を言ってもここの人たちは聞く耳を持たないだろうから黙っていたが、俺は周りの空気が読めるのだ。
その後、俺はアプリコットと一緒に空港に連れて行かれた。
空港には昨日買った品物が無事に届いており、アプリコットが輸送機に積み込みの指示を出している。
で、俺はというとサクラ閣下たちを前に新たな命令を受けている。
「とりあえず、お前にキャスター少佐たちへの説得を任すぞ。言い出しっぺなのだから最後まで責任を取ってもらうからな」
聞くだけなら何にも問題はない。
何より、彼女たちの本心は間違えようもない。
帝国への亡命よりも却って魅力的なはずだ。
問題は、彼女たち以外が仕出かしたことについての地元の感情だが、そこは俺らが前面に立てばほとんど問題は出ないだろう。
なら、俺は交換条件でも出しても良いよね。
「レイラ大佐。ご命令の件は了解しました。この命令が済みましたら我が隊には休暇が出ますよね」
「は?は~~~?」
今度はサクラ閣下が大きな声を上げている。
「貴様は、現状がどんなことになっているのか理解しているのか」
「いえ、一大尉に分かることは私たちが駐屯している場所では一応の平穏があるというだけです。それに何より、かねてからの命令も達成しましたし、部下たちも全く休めてはおりません」
「ああ、それは理解しているが、それでもだ。だいたい、現状の混乱はお前が作ったのだぞ。原因はお前だ。そのせいで我々がどれほど忙しくしていると思っているのだ。なのにお前らはのうのうと休もうというのか。ほほう、いい度胸だな」
あ、ヤバイ。
火に油どころか、焚火にガソリンをぶん撒いたようになっている。
俺は上層部が忘れてそうだから進言しただけなのに。
アプリコットから教えてもらったことでは、大きな作戦が済んだら一定の期間のお休みが貰えると。
俺にとっては現地勢力を探してファーストコンタクトを取るというのがそれにあたる筈なのに、何この理不尽さは。
結局俺の奮戦むなしく新たな命令を貰った。
キャスター少佐たちの説得だ。
これは簡単に済むだろうが、それが済んだらアンリ外交官の護衛として現地に駐屯を命じられたのだ。
彼女は全権特命大使の資格で、現地に行く準備中だとかで、しばらくは戻ってこないそうだ。
それまでは兵士は準待機でも構わないと、それだけは許可を貰った。
しかし、ほとんどが現地にいるのに、そこで準待機を貰ってもすることが無いだろうに。
俺の攻防でかなりの時間を使ったようで、直ぐに輸送機で帰る時間になっていた。
何故だか知らないが、帰りも俺はサクラ閣下たちからのお小言を貰う羽目になる。
高等テクニックを身に着けたアプリコットは我関せずの姿勢をひと時も崩さずにゴンドワナまで俺に関わらなかった。
お前はそれでいいのんか。
お前は俺の副官だろう。
俺は今回の帝都行で、何か大事な物を失った気がする。
もう俺には仲間がいない。
今後の軍人生活も一人で理不尽に戦っていかねばならないと、覚悟を決めた。
しかし成長したよな。
若いと、本当に成長が早い。
俺は心の中でアプリコットの成長を喜んで……いる筈ないだろう。
どうするんだよ、この後。
せいぜい死なない程度に頑張るしかないか。
あ、キャスター少佐たちの仲間に入れてもらおう。
俺は新たな目標を決めたのだった。
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