第271話 ザ・適当
さきほど元老院議長と呼ばれていた人が説明を始めた。
前に敵が一斉に戦線を後退させた件に関してだ。
その説明で、俺の発した平文での無線が原因だと言うので、正直この時ばかりは生きた心地がしなかった。
あの時のことって、そんなにまずかったのかな。
あの時はとにかく安全に帰るためにしょうがないと、司令部にも説明して許してもらったのだが。それを今更蒸し返すとか、俺に対する嫌がらせか?
大事な娘をいじめている部下への、父親としての嫌がらせか。
て言うか、あんたがそれをやったら俺の生命が終わるだろう。
元老院議長からの叱責なんて、それだけで終わりだぞ。
最後まで説明を怖がりながら聞いていたら、徐々に風向きが変わっていく。
あの時、そんな大事になっていたとは知らなかったが、元老院議長の説明によると、敵の現場の兵士が黒服に対して不信感を持ったことで、黒服が身の安全を図ってやったらしい。
「敵の内情は、かなり酷いようだな。ぎりぎりなところで士気を維持しているのだろう。そこへのあのショッキングな無線が入れば、わしでも一旦は戦線を引く。あの時の情報をいくら集めても全く見えなかったのだが、現場の生の情報があればすぐにでも理解できたようだな。実にもったいないことをしたようだ。わしが前線の指揮官、いや、軍令部の中枢にいれば攻勢をかけたものを」
「議長、それは無理でしょう。少なくともゴンドワナは危うく戦線を突破されそうなところをあれで一息吐けたのですよ。他の戦線も、ゴンドワナの先の失敗のあおりを受けていたので戦線の維持で手いっぱいだったと聞いていますよ」
お偉いさん同士で勝手に納得しているが、俺にはよくわからない。
「中尉、あの時のことで全戦線に異変が起こっていたとは思いもしませんでしたね」
アプリコットが他人事のように俺に言ってくる。
こいつは『他人の振りをする』という高等テクニックを身につけたようだ。
多分、先の元老院議長の話を聞いているうちに、自分だけを関係者から外して、身の安全と心の平安を得る方法を誰にも教わることなく身につけたのだろう。
本当に優秀な人材だ。
俺がこの方法を体得したのは社会人になって10年選手の頃だぞ。
しかも俺の場合には先輩からの指導もあって、それでも体得するには10年の歳月を要したのに、本当にすごい。
言い換えると、ここでの経験は俺の過去の10年を優に凌駕するくらいのブラックだということか。
まあ、味方に対して尋問を仕掛けて来る上司が直ぐ傍にいるのだから、ある意味やむを得ないことか。
脱線した話が、いつの間にか戻っており、どんどん話が決まって行く。
俺の説明なんか必要あるのかと思うくらい、俺は傍で聞いているだけだ。
時折アンリさんやフェルマンさんからの質問が飛んでくるが、体験した内容やら俺から出た出まかせの件なので、問題なく処理していった。
「では、殿下の方針通り元老院はまとめます」
「外交執行部も、その方向で条約を作り調印させます」
「ことは急を要する。全てを並行してやるんだ」
「条約を結んでからぐずぐずしていると連中が騒ぎ出す。なので、条約締結後すぐに司令部人事を発表して送り出すくらいにしないといけない」
「司令部だけならすぐにでも出せるかと思います。近衛から出すだけでも事足りますが、問題は実働部隊でしょうな」
「そうですね。ここで仮に防衛軍としましょうか。その防衛軍に出す部隊の選定を済ませておかないと、変なのがここで入り込むでしょう」
「となると、その防衛軍だっけ、そこに出す部隊も決めておくとしよう」
「しかし、難しくはないか。ただでさえ、不足気味なのに」
「サクラ閣下。閣下はどの程度の規模をお考えでしょうか」
「私にもまだ見えてはおりません。しかし、ジャングルのあの周辺だけと限定しても、最低でも一個師団は必要かと。我ら以外でということですが」
「こちらから一個師団を出して、例のキャスター少佐たちの一個大隊、それに現地兵か」
「できましたら、こちらから一個師団、それに現地からは一個連隊くらいまでを出させて発足させる必要があるかと」
「難しい話だが、こちらはどうにかしようと思えばどうにかできる。だが現地はそんな簡単に行くのか?」
「どうなのだ、中尉」
え?
何で俺に聞く。
そんなの知るかよ。
「中尉、聞かれていますよ」
分かっていますよアプリコット君。
でも、聞かれたからって、答えが分っている訳じゃないんですよ。
それならここはいつもの『ザ・適当』で答えるしかない。
「そうですね。現地でも簡単ではないでしょう。軍人と呼んでよいかはわかりませんが、現地にも武装した勢力はあります。規模は分かりませんが、一連の件でかなり損耗はしているようです。しかし、向こうだっていつまでも丸腰でいる訳にはいかないでしょうから人はどうにかするでしょう。問題は武装ですね。それと教育ですか」
「分かった。武器援助はこちらでどうにかしよう。人員の補給と教育については、早急に調査してくれんか」
え?
一仕事を終えたんだから休暇貰えるんじゃないの。
俺に与えられた仕事って、現地勢力とのファーストコンタクトだった筈でしょ。
無事に済ませたんだから、普通はここでお休みでしょ。
何で続けて仕事を振るかな。
こんなのブラック職場でもそうそうお目にかからないくらいのブラックぶりだぞ。
俺が軍人にされてから休みを貰った記憶が無いよ。
「そうだな。調査も必要だが、何より守備する側の強化は必須だ。アンリ君。グラス中尉と協力して、現地で受け入れの準備を頼む。いずれにせよ条約締結の諸条件を詰めるため、現地入りするからな」
「ハイ、わかりました。戻り次第、こちらの計画を受け入れられるように地ならしをしておきます。一つお聞きしたいのですが、いつくらいに条約の締結をお考えでしょうか」
「そうだな。あまりゆっくりとした時間は無さそうだな。何より帝都で既に動きもあるしな。あいつらを抑える必要もあるので、一月か。条約締結して防衛軍を発足し軍人を送り出す。そこまで一月でやってしまおう。難しいのは理解しているが、協力してほしい」
で、殿下が頭を下げて頼んできたぞ。
まあそうなるよな。
周りは急に畏まり、一斉に頭を下げ忠誠を誓う。
「中尉。君には引き続きアンリ外交官の警護と、現地での調整をお願いしたい」
「畏まりました」
その後も会議は続くようだが、俺は解放された。
な、なんとお休みを貰えたのだ。
半日だけだけど。
明日の叙勲式まで自由にしていいって。
嬉しいな……白々しいか。
ここまで働かされて半日のお休みって何だよ。
しかも、この半日は、俺に仕事を振る余裕が無かっただけの話で、なら自由にしていいよって感じだ。
いったいどんな扱いなんだよって文句も言いたい。
「アプリコットはどうするね。自由にしていいから、帝都に行って遊んできたらどうだ」
「中尉はどうするおつもりで」
「部屋に戻って昼寝だ。帝都に行ってもやること無いしな」
「なら、帝都までご一緒しませんか。私はジーナやサリーちゃんたちに帝都のお菓子でも買って帰りたくて」
「お、おお。それいいな。俺もメーリカさん達に酒でも持っていくか。前に来た時には文句を言われていたっけか。お土産の一つでも無いのかって」
「そんなこと言われたのですか。それは上官に対する態度として問題では」
「え? いまさら? 俺に対するあいつらの態度って、そんなもんだろう。前に車内で羽交い絞めにもされたしな。そういえばあの時は君も居ただろう」
「へ?そう……でしたっけ。あ、あの時は緊急事態だったんですよ。何で、あそこで無線なんかしようとしたんです。それを止めるので全員が必死だったんですよ」
「まあ、そういうことにでもしておこう。どうせ、俺は軍人じゃないからな。その辺りに疎いんだ。別に今のところそれで困っても居ないしな」
「それはそれで、問題なんですが……」
そんな会話をしながら二人で帝都に向かった。
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