第270話 お偉いさんとの会議

 翌日は、ゆっくりとした時間に起こされた。

 その後も余裕をもって準備ができ、朝食が用意されているダイニングに案内された。

 既にダイニングでは昨日の夕食同様にアプリコットとマーガレット副官が楽しそうに話しながら朝食を食べていた。

「あ、おはようございます、中尉」

 アプリコットは俺に気が付くと笑顔で挨拶をしてくれたが、マーガレット副官は急に機嫌でも悪くなったのか顔をしかめて頭を下げただけだった。

 そんな対応には俺は慣れている。

 こんなのモンスターに比べるべくもなく、気にせずに営業スマイルをもって挨拶をする。

 挨拶は社会人というより人としての基本だ。

「おはよう、アプリコット。おはようございます、マーガレット副官。今までが嘘のように今日は余裕があっていいですね」

「余裕だと…… まあいいか。どうせ嵐の前だ」

 ブツブツと朝から不吉なことを言うマーガレット副官。

 どうも俺は嫌われているようだ。

 ここはさっさと朝食をとってから、直ぐにでも逃げ出さないといけないな。

 明日には叙勲式があるとだけ聞いているが、今日は何も聞いていない。

 久しぶりに帝都の町でも歩いてみるか。

 となると、アプリコットにも暇をさせないといけないな。

 そういえばアプリコットと会ってからというもの、俺もそうだが、彼女に休みというものを出していなかったことに気が付いた。

 俺の方はこんな生活が普通だったので、気にもせずに仕事をしていたが、こういうのをブラック職場と云って嫌われているんだった。

 以前に会社の幹部研修でそんなことを聞いたが、なら忙しい人はどうすればいいかを聞いても答えが返ってきたためしがなかった。

 自分で何とかしろというのを言い方を変えて言われたような気がする。

 これは言外に『そういう人はさっさと諦めてせめて部下だけは救ってください』と言っているように感じたものだ。

 いけない、いけない。

 これでは管理職として失格だな。

「アプリコット。俺は何も聞いていないが、今日は何か予定があるのか。もし無ければ久しぶりの帝都だろう。遊んでくると良いよ」

「え? 中尉、何も聞いていないのですか」

「何の事だ??」

「この後、殿下を交えての会議があるそうです。私は、中尉の副官としてその場にはいなければいけないようですが、中尉は会議の参加者ですよ。本当に何も聞いていないのですか」

「聞いていないぞ。今のアプリコットの話も聞かなかったことにするから、この後何も言わなくても良いよ。朝食を食べたらすぐにここを出るから。大丈夫だ、夕方には戻って来るから」

 そんな俺らの会話を聞いていたマーガレット副官が飲んでいたコーヒーをむせながら吐き出した。

「な?な? 何を言っているんだ。 今日は重要な会議があるのだぞ。しかも貴様が昨日言ったことを検討するために、帝都中から重鎮を集めての会議だ。逃げ出せるわけないだろう」

 なにそれ、ものすごく不吉なことを言われたんだけど。 

 俺は聞いていないぞ。

「貴様は、私たちがゆっくりできている理由を知らないようだな。この会議に集まる人たちは皆帝国の重鎮ばかりだ。そんな方に緊急に集まってもらうのにどうしても時間がかかったのだ。それなのに、貴様は不謹慎だぞ」

 不謹慎だと言われてもね~。

 でも、おかしいとは思ったんだよな。

 俺らのような下っ端がこのようなところで優雅に朝食をとれるはずがないことくらい俺でもわかる。

 なのに、ゆっくりと云うよりも、放っておかれているような感じだ。

 そういえば朝からあれほどいる侍従の方たちの姿を見ていないな。

 身の回りの世話をしてくれるメイドさんたちはいるが。それに、ここ皇太子府内の空気にも僅かだが緊張感、いや違う、慌ただしさを感じるのだ。

 会議の準備に大忙しと云った感じか。

 しかし、そんな大物を集めた会議ならば俺のような下っ端が参加する方がおかしいだろう。

 いくら俺の発案だと云っても、こういうものは上司の意見として手柄にされる物だろう。

 少なくとも、仮にまずくて叱責を受けるようになっても、それは部下のせいだとして、そのような大物の前では晒されないだろうに。

 そんなことを考えていると侍従の一人が入ってきた。

「皆様、すみませんが会議の準備が整っております。会議の部屋へのご移動をお願いします」

 結局逃げ切れなかった。

 俺はアプリコットとマーガレット副官に両脇を抑えられて会議室に向かった。

 どうだ、良いだろう。

 両手に花だぞ。

 ………

 むなしいだけだった。

 確かに二人ともすこぶる美人ではあるが、色気の気配すら全く出さずに、むしろもう少し厳しければ背後に般若が見えそうなくらいの厳しい顔で俺のことを警戒しているのだ。

 完全にドナドナ状態で、素直に会議室に入っていった。

 会議室に入ってまず驚いたのが、既にお偉いさんたちが集まっていたことだ。

 いわゆる誕生日席に殿下が座っており、優雅にコーヒーを飲んでいる。

 殿下以外にも新聞で顔を見たことのあるような人もちらほら。

 絶対にこの国のお偉いさんであることは間違ない。

 ありえないだろう。

 会議の途中に呼ばれるのなら分かるが、まだ会議は始まっていないような感じであることから、絶対にありえないことだ。

 普通こういった場合には下っ端である俺らが先に部屋に入り、畏まってお偉いさんを待つのが礼儀だろうに、俺らがお偉いさんたちを遅い朝食で待たせたことになる。

 まずいよ、まずい。

 社会人なら終わった案件だ。

 あ、もしかして俺の軍人生命がこれで終わるとか……

「おい、いい加減お前らも席に座れ」

 急に殿下から声がかかる。

 うん、これは公的な場面での声のかけ方でない。

「これは重要なことを決める会議にはなるが非公式なものだ。なので、一々参加者の紹介などしないし、形式や慣例にも忖度はしない。必要なのは結果であり、内容だ。そこのところを理解してほしい。では、フェルマン、始めてくれ」

 この殿下の挨拶とも分からないようなお言葉から会議は始まった。

 この国の中枢で活躍する重鎮のうちで、殿下のお考えに共感する者たちのようだが、ゴンドワナの現状を完全に理解している訳ではなかったようで、フェルマンさんによる現状の報告から会議は始まった。

 本当に形式にとらわれない会議のためか、フェルマンさんの説明の途中でも遠慮なく質問が入る。

「その辺りについて、もっと具体的に分からないか。敵の、ゴンドワナの戦略を現場はどうとらえているのか?ブルはどう思って戦っているのだ」

「お父様。私はまだあの地に就いて1年もたっておりませんし、何より現場で組織を作るので精一杯なのです。また、私はまだ敵とは一戦もしておりませんので、敵の戦略は全く見えておりません」

「何、一戦もしていないのに捕虜が千名とはどういう事だ」

「それこそ、そこにその原因を作った者がいますから聞いてください」

「ブル、司令官がそんな態度でどうする」

「オイオイ、ここでの親子喧嘩は流石にやめてほしいな」

「これは失礼しました」

「確かに現場、特にジャングル方面での活躍と云うか変化は著しい。私も詳細に報告を受けているが、付いていくので精一杯だ。そのことでサクラ少将を責めるのは流石に酷かとは思うぞ。それに、捕虜では無く亡命希望者だと聞いているが、どうなのだ、グラス中尉」

 え?いきなり俺に振るのか。

 親子喧嘩の最中に俺にどうしろというのだ。

 俺が困っていると、フェルマンさんが助け船を出してくれたが、これははっきり言って余計なお世話だ。

 俺が恐れ多くて話せないのだから、只々畏まっているのに、そんな俺に構わず声を掛けてくる。

「中尉。貴殿のお考えを忌憚なくお答えください。どんなお答えでも決して罰せられることはありませんよ」

「早く答えんか」

 殿下からの催促も入る。

 俺は嫌々ながらもどうにかキャスター少佐たちの件を話したついでに、あの国の黒服の弊害についても俺の感じたままを答えた。

 どうも、俺の答えは割とこの場では気に入られたようで、先ほどの一人、多分サクラ閣下の御父上かと思われる方が感想を言い始めた。

「それでか。そういう事だったのか。それなら先の不可解な敵の現象も納得がいく」

「サクラ元老院議長。どういうことですか。私たちにもわかるように説明が欲しいのだが」

 誰だか分からない人がサクラ閣下の父親に聞いている。

 俺も今の感想が何を言っているのか分からない。

 今の俺の説明にどこにそんな感想を持つのか分からないが、気にしてはいなかった。

 とにかく余計なことにはかかわらないようにしていたのだが、質問が俺以外から入ったので、このモヤモヤが消えるのは助かる。






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