第269話 物は言いよう

 流石にその日は解放された。

 夕食は、サクラ閣下やアンリさんは殿下と一緒だったようだけど、俺たちにはお声がかからなかった。

 俺はアプリコットや閣下の副官であるマーガレットたちと一緒の食堂に案内された。

 レイラ大佐は、どうもお呼ばれ組のようで、ここにはいなかった。

 こうなれば本当に食事を堪能できる。

 うん、うまい!

 ここの食事って本当においしかったんだ。

 隣で食べているアプリコットやお向かいにいるマーガレット副官も顔をほころばせながら食事を堪能しているから、俺だけの感想ではないようだ。

 確かに殿下たちと一緒なんて罰ゲームでしかないし、何よりせっかくのご馳走も味なんか分からないから、今日の扱いの方が本当の意味で歓迎されていると感じる。

 メインディッシュも済んできたところで、アプリコットが俺に聞いてきた。

「中尉、先ほど出された意見ですが、どこかで参考になるようなものでもあったのでしょうか」

 うん、お隣の国からパクってきた……とは言えないよな。

 ここはごまかしの一手だ。

「いや、俺の出まかせ。思いつきかな」

「貴様、出まかせとはなんだ」

 どうも俺たちの話をお向かいで聞いていたようで、マーガレット副官が俺に食って掛かった。

「マーガレット副官。出まかせは確かに言葉が酷かったですね。しかし、思いつきなのはどうしようもありませんよ。本当のことですから」

「思い付きであんなことを考えられる物でしょうか」

 アプリコット君、君は確かに鋭いな。

 天才ならいざ知らず、俺にそんな才能など無いよ。

 しかし、ここは是が非でもごまかさないと後々色々と面倒になる。

「思いつかないだろうな」

「貴様、我々をバカにするのか」

 完全にお怒りモードのマーガレットさん。

「マーガレット副官殿。落ち着いてください。これからきちんと説明しますから」

「なら、私でもわかるようにきちんと説明してもらおうか。もし、閣下をバカにするようなら、只では置かないからそのつもりでな」

「ハイ、でも、ここであの時のことを思い出してくださいよ」

「あの時の事?さっきの会議ですか、中尉」

「ああ、そうだよ。俺にいきなり意見を言えと言われれば何か言わないといけないだろう。アプリコットならどうするよ、上司からの無理強いに対してどうする」

「私なら……」

「まあ、普通ならそうなるよな。でも、あの時にはレイラ大佐も同席していたんだぞ。そんな甘い対応じゃ絶対に許されなかっただろう」

「そ、それはそうですね」

「俺は、是が非でも何かを言わないといけない立場になったのだ。しかも下手なことを言おうものなら、その後には地獄が待っていることは自明の理だ。今まで上からの命令で、無理筋でないものが無かっただろう」

「確かにそうですね」

「き、貴様は私たちがお前に無理ばかり押し付けていると……」

「違うとでもいうのですか。だいたい、軍に入ってから1年も経っていない者に100名以上の部下を付け、しかもそのほとんどが新人と云うところから無理だと言わずに何というのですか」

「き、貴様。論点のすり替えだ」

「違いますよ。副官が話の腰を折るからですからね。続けて説明しますが、さっきも言ったように無理筋を言われない範囲で、何かしらの回答を出さないといけない状況だ。そこは理解できたよな」

「はい、そうですね。私たちが何かしますとは絶対に言えない場面でしたしね」

「ああ、そもそもあの打ち合わせに俺がいること自体がおかしいのだ。所詮、俺はただの修理工だぞ。まあ、これ以上言っても埒が明かないし、何より愚痴しか出てきそうにないから話を進めるとだな」

「話を進めてください」

「あの場面では、できようができまいが、何かしらの解決策を誰かが提示しないと収まらない場面だった。とにかく難しい問題を提起された場合の対処方法は、そんなに多くは無い。俺の場合は、前提条件の見直しから、制限などの条件を考えて、あの時は消去法かな」

「消去法?」

「ああ、あの時のことを思い返してほしい。帝国、と云うよりこの場合殿下たちからは、ゴンドワナに強力な同盟国が欲しいと言う絶対的な要求があった。次に、そのゴンドワナはこれも絶対的に兵力不足でどうしようもない。その兵力不足さえ解決できれば、とにかくあの場は収まる。そこで、俺からの提案だったわけだが、亡命希望のキャスター少佐たちの有効活用だ」

「それが最初の前提としてあったような」

「ああ、前に殿下に呼ばれて直接問われたので、俺からそのように提案しておいた」

「あの話は中尉からでしたか」

「ああ、これも消去法と云うか。現地での兵力不足だが、帝国からは出せない。簡単に出せるようなら閣下も新人ばかりで困るようにはなっていなかっただろうし、何より、帝国から兵を出して守るだけではダメなんだ」

「それは何でですか」

「その理由は、もしそうなればあの辺りは帝国の傀儡か、もしくはそのまま占領地となってしまう。それは最初から殿下が嫌っていたことだからな。そうなると、現地の兵力増強だが、簡単に行く訳ないことくらいは理解できるだろう。副官は十分に理解されているというか、今まさにその対応で苦労されているのでは」

「どういう意味だ」

「閣下の部隊も近々の課題は部隊強化でしょ。それなのに軍部は新人しか送ってこないし、補給すら邪魔をする有様でしたよね。そのとばっちりを何度も俺たちが受けていたでしょ。補給ルートの確保とか言われたしね」

「あ、あの時の命令ですか。確かに変だとは思っていましたが、そうですね」

 俺とアプリコットの会話に苦虫を噛んだような表情をしているマーガレット副官だ。

「そこまでは認めよう。帝国本土でも、直ぐに兵力の増強を命じられても簡単なことじゃない。ましてや、あの辺りは帝国から海を隔てた場所だ。武器弾薬だけでも急な話は無理だな」

「その無理を、あの時に解決しろと言われたんですよ。もう、思いつくことを話すしかないじゃないですか。その思いつきも、できるだけ自分たちにはとばっちりが出ないようにしないといけない範囲で答えないとダメですからね」

「そんなことをあの時に考えていたのか」

「そうですよ。そうなると、面倒を避けるためには今ある物の利用を考えるでしょ。殿下に問われた時には、そんなことを考えてキャスター少佐たちの件を提案しましたよ。そうしたら、今度は使えないと言うじゃないですか。その理由が本土が納得できないからと云うんだから、もう、知るかって言いたかったですが、流石に言えませんよね」

「言えたら閣下も私もどんなに楽ができるかな。だが、今までの説明ではさっぱり分からないぞ。だからなんで、あの案が出たのだ」

「さっきも言いましたが、とにかく困難な問題に出くわしたら、分けて考えるのですよ。これは私が修理工として働いていた時から変わらない思考方法です。ボイラーが使えないじゃなくて、何故使えないか、どこで不具合があるのか、とにかく細かく分けて考えておりました。あの時も、本土が納得できないから使えないじゃなくて、本土が何故納得ができないか、納得ができれば使えると云っていたのですから、それだけを考えれば良いだけですよ。とにかく必死でしたね。それではなぜ納得ができないか。何をそんなに嫌がるのかを考えると、猛獣を手放しで野に放てないといった感じですかね。元共和国兵士をそのままでは使えない。指揮権が無ければ怖くてそんなことできないというのなら、指揮権だけでもあればいい。そこで最初の殿下のお気持ちが制限になりますが、独立国としておきたいから、全部こちらでコントロールはできない。そうなると限定して指揮権をこちらで持てばいい。だとすれば、どういった場面で、独立国に対して帝国が指揮権を持てるかというのを考えた結果だったのです。正直、今となってはあの時何と言ったかも思い出せませんよ。最初にも言ったように口から出まかせでしたからね。こんな感じですか、許してもらえますか、副官殿」

「貴様のふざけた口調と、今までのでたらめな方法によるふざけた結果には思うところが無きにしも非ずだが、こちらとしても命令を出した手前、結果には文句は言わない。だがな、中尉。これは私からの忠告なのだが、物は言いようなんだぞ。もう少しどうにかならんのか」

「すみません。どうしても、私には軍人としての常識にかけるところがありまして、無用な軋轢を作っているようですね。しかし、いきなり常識と言われましても、修理工としての常識は持っているのですが、こればかりは……」

「もうわかった。今日はゆっくりと休め。どうせ明日は、さっきの出まかせの責任を取らされるのだからな」

 へ?

 何の事???

 俺らは食事を終えて、用意された部屋で休むことになった。






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