第266話 ご褒美という名の懲罰って

 ひとまず殿下とのサシでの会談は終わった。

 ほとんどいじめのような時間だったが、それも終わり俺はアンリさんが来る前に退席しようとしたら殿下に止められた。

「どこに行くつもりだ」

「お忙しい殿下のお時間をこれ以上お取りする訳にはいかないかと」

「は?」

「アンリ2等外交官とのお打ち合わせがあるようでしたので、退席しようかと」

 ちょうどその時、侍従に連れられたアンリさんが殿下の執務室に入ってきた。

「殿下、お呼びにより参上しました」と言ってアンリさんはエレガントに殿下に頭を下げ挨拶をしている。

 俺はこれ以上邪魔にならないようにと席を立とうとしていたら、フェルマン侍従頭に止められた。

 そこに、殿下がアンリさんに挨拶を返しながら俺にも言ってくる。

「おお、そう畏まらずに。この席はいわば私的な集まりだ。なので一切の記録も残らないから安心してくれ」

「御用の向きはやはり……」

「ああ、ゴンドワナの国についてだ。まあ、席に座ってくれ。それとお前の提案を審議しようとしてるのだ。なぜ逃げようとする。お前も席に座れ」

 殿下のこのような言い回しにアンリさんが驚いた顔をしながら俺の方を向く。

 その瞬間に俺の後ろにある黒板に板書されたものに目が行ったようだ。

「何故、あなたが……」

 アンリさんは何か分からないが俺に文句を言いたそうだった。

 俺もアンリさんが見て驚いたと思われる黒板を振り返ってみてみた。

 そこには、先ほど殿下と話した俺のいい加減な話が要点をきれいにまとめられて書かれている。

 口から出まかせを言ったつもりだったが、こうして要点をまとめてきれいに書かれていると、俺も案外まともなことを言っていたんだと感心した。

 後に聞いたのだが、この時アンリさんが呑み込んだのは、なぜ俺が外交案件にまで首を突っ込んでいるのかという疑問だ。

 その様子を殿下が見て納得したように話を続けた。

「ああ、わが帝国の知恵袋となりつつあるヘルツモドキ卿の意見をまとめたものだ。先ほどフェルマンとも意見を交わしたのだが、この方向で進めたいと考えている。そこで、現場で実際に動くことになるだろう君の意見を聞きたい。ここではできるだけ課題を明確にして、君が向こうで動きやすいようにするつもりだ。是非忌憚のない意見を聞かせてくれ」

 殿下のこの言葉から再度の話し合いが始まった。

 帝国内の内政執行部がらみの策やら貴族院からの予想される邪魔などについて色々と意見を交わしていた。

 当然、俺は付いていけず、只々見ているだけで、これなら俺が居なくともよかったのにと正直思った。

 途中簡単な夕食を挟んで話し合いが深夜まで及んで、とりあえずはその日を終えた。

 俺はアプリコットたちと皇太子府に部屋を宛てがわれて無理やり泊まらされた。

 何度もアプリコットが、近くの軍の施設を借りると頑張ってくれたのだが、そのささやかな願いすら聞き入れてもらえなかった。

 そうなると、当然だが、翌日は朝早くから起こされて殿下たちとの朝食会だ。

 俺は二度目なので、慣れるまでは無いにしろどうにかなったが、アプリコットには気の毒なことをした。

 彼女も俺と一緒に経験したはずなのだが、俺以上に慣れていなかったようだ。

 殿下との朝食会の後は、それぞれに分かれての仕事のようだ。

 アンリさんはそそくさとどこかに行ってしまった。

 出かける寸前まで、俺にブツブツと文句を言っていたが、昼前には戻ると言い残して出かけて行った。

 俺はというと、アンリさんの護衛として来ているはずなので、手持ちの豚さんになる……筈だったのだが、直ぐに殿下に呼び出された。

 今度はアプリコットも一緒だ。

 侍従の一人に昨日と同じ部屋に案内された。

 何と今度は部屋の中にはサクラ閣下とレイラ大佐が殿下と一緒に待っておられた。

「グラス中尉、入ります」

「アプリコット少尉、入ります」

 俺とアプリコットは軍人らしく敬礼姿勢を取って殿下たちに挨拶をした。

 ここでもやはり部屋の主から最初の声がかかる。

「昨日に続いて申し訳ないな、中尉。本日は軍人としての君に用があった。サクラ閣下、説明願えないか」

「ハイ殿下」

「グラス中尉の先の功績により、叙勲されることとなる。これはあの作戦に従事した全員に対してそれぞれの功績に応じて叙勲される」

 アプリコットが訳がわからないといった表情を浮かべている。

 ここは彼女の上官としてもう少し詳細に説明を願うべくサクラ閣下に質問をしてみた。

「閣下、大変申し訳ありませんが、功績を出した覚えがありませんが、どのような理由からでしょうか。お手数をおかけしますがお教え願いませんか」

「「「は?」」」

 殿下をはじめ上座側に居る三人から呆れられた。

 しかし、俺だけでなくアプリコットもとんと覚えがない。

 だいたい町を発見して平和裏にファーストコンタクトを取った件は確かに功績と云えば功績だが、それについては軍人として称されるものかどうか少々怪しいし、何より、この件には昨日話しあったように色々と秘密があるので、表だった叙勲など難しいと思っているからだ。

 だいたい称されるようなことをしていたなら帝都に向かう飛行機の中であんなにつるし上げられるはずは無い。

 これは質の悪い冗談だとしか思えない。

「お前は本気でそんなことを聞いているのか」

「ハイ、色々と迷惑をおかけして、さんざん閣下たちから叱られた覚えしかありません。副官にも心当たりが無さそうでしたので、お聞きしました」

「は~~、この件は私にも責任があったようだな」

「ブル、私から簡単に説明しよう」

「殿下少々お時間をお取りします。レイラ頼む」

「先ほども殿下には説明したのだが、ここ帝都の軍内部では少々ややこしくなっている。此度の共和国の政治将校捕虜の功績について、軍で賞したいという動きがあった。これは、現在滞りがちなゴンドワナの作戦計画について、唯一成功事例としてあげられる功績だ。この功績の扱いを皇太子府から軍に移して、今後の主導権を握りたいという各派閥の思惑がかかってきている。この機会をとらえてゴンドワナにおけるわが軍団の指揮権すら取り返そうともしているようだ。そんな隙を与えないために我々が君らを賞する訳だ」

「は~」

「分かっていないようだな。佐官クラスの捕虜を捕まえるだけでも叙勲対象にあるが、お前はそれを複数捕まえた。しかも全員があの政治将校となると、その評価はかなり高い。尤も何故かお前を評価したくない勢力も急進攻勢派内には少なからずあるが、今回の事実だけは無視できない。われらが帝都に呼ばれた理由もそこにある」

「いいか、我々の指揮権こそ国軍から離れているが、所属は国軍のままだ。だから、わが軍団に瑕疵があればすぐにそこを責められ、指揮権を奪い返そうと試みられる。それを殿下は非常に憂慮しておられるのだ」

「ああ、ゴンドワナの国との同盟が結ばれるまではわが軍団の指揮権は是が非でも維持しておきたい。でないと昨日の話し合いも無駄になる」

「キャスター少佐たちの件は、殿下より先ほど全て預かるというお言葉を頂いているので、その件に関して評する訳にはいかないが、政治将校の件は評しない訳にはいかない。信賞必罰は軍事における根幹にかかわる。叙勲されるのは以前も貰った『陸軍軍人栄誉章』になる予定だ。軍からの叙勲となるが、これはやむ得まい」

「その件で本日は殿下に時間を頂き話し合っている。2度目の叙勲となると、昇進が絡んでくるのだ。中尉は多分大尉に昇進となる。アプリコット少尉も中尉となるだろう」

 それを聞いたアプリコットは固まった。

「わ、私はまだ、任官してから間が少なく……」

「ああ、これで晴れてブル…いやサクラ閣下を抜く帝国の英雄となる訳だ。最速の昇進記録だ。尤もその上を行くのがお前の上司であるグラス中尉だがな。中尉については前の叙勲ですら特別に少佐にしてしまえという乱暴な意見も貴族院辺りからあったが、今回はどうなるかな」

「俺は別に少佐、いや、中佐にしても良いかとは思うがな。中佐クラスであれば色々と使いやすいしな」

 レイラ大佐の話を受けて殿下が物騒なことを言い出した。

「殿下、お戯れを。正直身に合わない栄達は望んでおりません。もし、殿下が私の働きに褒美を下さると言うのなら、私の除隊を認めてくださるだけで十分です。あ、いや、できれば男爵位のはく奪もあったら尚嬉しく思います」

「何を馬鹿言っているんだ。そんな事できる訳ないだろう。どんなに貴様が望もうとも、それでは懲罰になってしまう」

「せめて除隊だけでも」

「無理だ、あきらめよ。喩え、此度の賞詞が貴様にとって懲罰に感じられようが、それは受けてもらう。叙勲については直ぐにでも発表されるが、実際の叙勲はいつになるかは分からない。そのつもりで」

 俺の知らないところでどんどん物事が進んでいる。

 元々軍人としての常識が無いので昇進によるプレッシャーなど無いのだが、アプリコットは気の毒だ。

 彼女は士官学校の出だ。

 同期もいるだろうに、これでは仲間外れになるだろう。

 これは新手のいじめかとすら思えるのだが、先の説明からは叙勲を何度も受けた弊害だとか。

 本当に捕虜とは厄介だ。

 佐官クラスの捕虜をえると、ほとんど自動的になされるのがいけないが、これは過去から続く慣習という奴で、そう簡単には変わらない。

 しかし、何で俺の処では簡単にホイホイとあの政治将校がつかまるのか。

 ひょっとしたらあいつらGか。

 1匹見たらという奴か。

 他の場所では戦場が清潔に保たれているため1匹も見ず、捕まえることができないので問題が無いのだが、俺は既に何匹も捕まえている。

 あら、いやだ、ここってたくさんいる場所なんだ。

 この先を考えるとちょっと怖い。

 誰かどうにかしてくれ。






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