第267話 サクラと同じ勲章  

「もう俺は、二度とあのGの連中を捕まえないぞ。今度見たら絶対に殺虫剤を撒いて駆除してやる」

「中尉、何を言っておられるのか分かりませんよ」

 俺はやっと解放されて皇太子府の廊下をアプリコットと仲良く歩いている。

 二人で今受けた傷をなめ合っていると表現しても良い位だ。

 尤もこの表現はアプリコットは全力で嫌がるだろう。

「で、今俺はどこに連れて行かれるのか」

「え? 閣下の話を聞いておられなかったのですか。国軍司令部の隣にある人事院の人材開発局で閣下たちを待てと言われたばかりでしょう。多分そこの応接室で閣下をお待ちすることになるかと」

「人材開発局? 初めて聞く名前だが」

「ええ、基本的には一般人には縁のない部署でしょうね。国の教育行政を司る機関ですから」

「俺は知りたい。 何故そんなところに俺らを連れて行かなければならないのかということを」

「実はこの部署、国の褒章関係も管理しているのです」

「褒章?? なんだそりゃ?」

「ですから、勲章の管理ですよ。過去のどんな功績に対してどんな勲章やそれに伴う賞詞などがどうなされたかの記録と管理です」

「そこが勲章を決めているのか」

「いえ、基本的には各部署が決めます。その決めた内容が不適切な場合だけ国に警告をする部門ですから、全ての申請はここに集まります。まあ、軍関係の勲章なんかは国軍司令部で、いや、私たちのような者に対しては各部隊の司令官、私たちの場合ではサクラ閣下が決めて申請されるようですね。重要な案件のみ国軍司令部が関与されると聞いております。まあすべての申請は国軍司令部が取りまとめてから人材開発局に書類が回されるとか」

「今の説明を聞いても、俺にはなぜ俺たちがそこに行かなければならないかが全く分からない。ひょっとして、出された書類を俺らが抜き取って勲章を無しにするとかなら、がぜん頑張るが」

「全く可能性の無いことを言っておられるのですか。 私では理由は分かりませんが、もしあるとしたら、過去の実績を調べに行くとかではないでしょか。私もですが、中尉の仕出かした……コホン、失礼しました。中尉の功績の数々は普通の人ならなしえないことばかりですから。また、既に貰うべき勲章は頂いておりますし、今回の叙勲に対してどんな勲章を出すかで上層部は困っているのでは」

「それこそ上層部で決めれば良いだけだろう。なぜ俺がわざわざ出向かないといけないのかな。何か聞いているか」

「え、え、私……知りませんよ」

「アプリコット少尉、隠し事は良くないな。怒らないから言ってごらん」

「私は本当に知りません。 ただ……」

「ただ??」

「ただ、幕僚たちのうわさくらいしか知りません」

「その噂って、何かな」

「私が言ったのではありませんから。これだけはご理解ください」

「分かったから言って楽になろうよ」

 アプリコットは俺からの執拗な問いに根負けして噂を教えてくれた。

「その……中尉のなさることは、軍人としての常識からはあまりにかけ離れたことが多いとかで、サクラ閣下やレイラ大佐などでは中尉について考えることを放棄したとか。以前に幕僚の一人がこぼしていたのを聞いたことがあります。ですので、今回の叙勲ですが、本来ならば幕僚たちが考えサクラ閣下が承認して上奏されるべきものなのですが、あそこの司令部全体で、思考放棄と云いますか、考えないことで心の平安を求めていると云いますか、そんな感じなのです」

「それって、かなり酷くないか。 うちらの扱いが、最近特にぞんざいなのと関係がありそうだね。帰ったら抗議しておこう」

「中尉、それだけはおやめください。あくまで噂、うわさなのですから。何より彼らがかわいそうですよ」

 何やらアプリコットから出た最後の言葉だけは納得ができないが、一理あるのでとりあえず考えないこととして、最初の疑問に戻る。

「しかし、それでもわからないよ。そんなところに行ってもする事ないだろう」

「唯一あるとしたら、候補の中から選ばせるのではないでしょうか。それならあまり考えずに済みますから」

 でた~~~、見事な責任の放棄。

 前から感じていたことだが、軍のエリートとも国の英雄とも言われたサクラ閣下たちは、その力量も超人並みとまで言われているのを俺は知っているが、今まで俺への扱いは絶対にぞんざいだったよな。

 閣下からの命令に沿って行動したのにもかかわらず、たいていは酷いお叱りを受けるのだから。

 それでいて後で、面倒になる勲章などを俺に押し付けて来る。

 勲章って、国から褒められているんだよな。

 どう考えても今回も褒められている感じがしないのだが、何より毎回毎回、閣下からの叱りの後にあるから、いったい俺は良い子なの、悪い子なのと判断に悩む。

 しかし、俺もいっぱしの社会人だ。

 社会人としての常識は持ち合わせていると自負している。

 なので、どんなに理不尽な命令でも、許されている範囲内では異議も抗議もするが、きちんと命令には従う。

 今も、納得はしないが命令通りにそこに向かおう。

「そこまでは歩いていくのか」

「いえ、ここで車をお借りすることになっております。任せてください。帝都は私もよく存じておりますから私が運転しますので」

「ああ、俺は正直言って帝都の中心部には前回の時に初めて来ただけで、そもそも一般庶民には縁のない世界だ。今回もさっさと終えてジャングルに帰りたいよ」

「そんなことおっしゃるのは中尉くらいですよ。平和な帝都より最前線の方が良いとは」

「どこが平和なんだよ。俺は帝都に来るたびに、必要以上に面倒に巻き込まれているんだぞ。正直勘弁してほしい」

 そんな会話をしながら皇太子府の玄関ロビーに着いた。

「どこかで車を借りないとな。どこ行けばいいのだろう」

 すると、俺らに侍従の一人が近づいてきた。

「中尉、ここで少々お待ちいただけますか。もうすぐサクラ閣下も見えますので、私どもが一緒にご案内いたします」

 そう言われて、玄関ロビー脇の応接スペースに連れて行かれた。

 侍従の言われる通り、ここではさほど待たされることなくサクラ閣下がフェルマン侍従頭と一緒にやってきた。

 それと同時に玄関の外の車寄せには大型のリムジンが扉を開け待っている。

 え?

 これで出かけるのか。

 ぜいたくは敵だ……いや違った、こんな贅沢な扱いは絶対に面倒ごとしかない。

 やっぱり敵だった。

 俺の気持ちは誰も斟酌されずにことはどんどん進んでいく。

 ここは帝都の郊外になるので、帝都中心部へは車でも20分ばかりかかった。

 ここでの20分は高貴な方の時間だ。

 庶民では優に1時間かかる距離だった。

 なにせ信号の類は一切無視されるのだ。

 おまけに渋滞は無い。

 これなら確かに快適だが、その先を考えていた俺には地獄の扉が近づいてくる感覚しかなかった。

 人事院に着くとそのままみんなで偉く贅沢な部屋に連れて行かれた。

 豪華な造りの会議室では、職員がこれまた偉く分厚い書類束を閉じた本のようなものを持ってきている。

 今人事院のお偉いさんとサクラ閣下、レイラ大佐それにフェルマンさんがその本のような書類束を見ながら悪だくみ中、もとい、相談をしている。時折アプリコットがその中に呼ばれるが、俺は蚊帳の外だ。

これなら俺を呼ぶ必要などなかろうにとは思うが、そこは大人だ。

 きちんと顔にも出さずに我慢している。

 結局小一時間ばかりして俺も呼ばれ、目の前に三枚の紙を見せられた、

 どれも過去にあった勲章のようだが、どれもこれもすごい名前が付いている。

「これって、軍人が貰う勲章なのですか」

「軍人だけと言う訳ではありません」

「前にお前が貰ったような軍人が貰うものじゃないな。しかし、軍人も貰うぞ」

「そうですね、主に戦勝に導いた貴族が貰ったことがありますね。この導くですが、作戦面や謀略面で賞されたものですと必ず軍人と言う訳ではありませんでしたね」

「お前の場合、もはや普通のでは間に合わないんだ。この中ならどれを選んでも、うるさい連中から変な口出しをされることは無いだろう」

 どうも、勲章の種類によってはというより、叙勲に伴う下賜の内容によってはいろんなところからちょっかいがかかるようだ。

 俺は過去にサクラ閣下も貰ったという『帝国の英雄』に送る何とかというのを選んだ。

 これを選んだら、サクラ閣下は複雑な顔をしていた。

 無事に勲章も決まったので、これで帰れると思っていたのに、そのまま俺らは陸軍人事局に連れて行かれ、叙勲後の昇進についての手続きまでさせられた。

 まだ叙勲していないが、叙勲後に俺が大尉となり、副官のアプリコットは中尉となる。

 前にも聞いていたのだが、アプリコットは震えながら手続きをしていた。

 彼女も俺と同じように面倒は嫌いのようだ。

 出世より、のんびりとしたいのだろう。

 まあできる子だけれど、そういうところが俺と合うのだろう。

 しかし、俺らのペアはいつまで続くのかな。

 確かに時間的には全然短いが、立場が色々と変わっているのに変化がないようだが、この先どうなるのか。

 しかし今更別の人が来ても俺が大変だし、しばらくはそのままが良いな。

 まあ、これもそれもみんな俺の知らないところで決まるから成るようにしか成らないな。








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