第265話 サシでの話し合い
俺はそのままフェルマン侍従頭に連れて行かれ、殿下の執務室に案内された。
ここって、そう簡単には入れる場所じゃない。
その証拠にここまで連れて来られたのは俺一人だ。
非常に心細い。
俺の副官であるアプリコットはもちろんの事、帝国内でもそれなりの地位を持つアンリ外交官ですら、遠慮させられた。
尤も今のアプリコットは使いものになりそうもないが。
フェルマン侍従頭が俺に「そんなに固くならずとも」なんて言ってきたが、どの口が言うのかと問いただしたい。
俺のように孤児出身の平民が来て良い場所じゃない。
「そう固くなるな、お前は男爵という貴族では最低の階級だが、それでも立派な貴族だ。ここにはそういった連中も多く来ているのだ。俺もやっと時間が取れたんでな、お前にゆっくりと話を聞きたいと思っていたんだ。今、飲み物を用意させる。何か希望や飲めない物などはあるか」
殿下が、明らかに私的な口調で話しかけて来る。
「いえいえ、お構いなく」
なんだよ。
これでは近所のおばさんにお茶でも勧められた時の返事だ。
「まあ、時間が取れたと言っても俺も暇じゃない。飲み物がまだだが、話を始めよう」
この後すぐに殿下付きメイドがお茶を持ってきてくれたが、それに構わず話を始めた。
殿下はゴンドワナの今後に非常に関心がある。
初めから殿下の構想としては、ゴンドワナの現地勢力と共同で、共和国をあの大陸から駆逐していく方針だった。
俺らがゴンドワナに回される以前から、入念にあの大陸について調査しておられたようだ。
それを簡単に俺に説明してくれた。
「あの大陸では、かなりの数の人が生活している。しかし、大陸の広さに比すればその人数も少なく、国と呼ばれるものは確認できていない。できればあの大陸に住む人たちを集め、国として機能させ、その上で共同して敵を駆逐したかった。しかし私の方が少しばかり動き出すのが遅かったようだ」
「遅かったと言いますと」
「大陸南部や西部に少なからずある村や都市は共和国の管理下にあるようだ。報告などから、好き好んで協力している様ではなさそうだが、それでも厄介になりつつある。その辺りについてお前の忌憚のない考えを聞かせろ」
「私の妄想でよければ、お話します。お話しますが、独りよがりの妄想ですよ。それも市中で最低限の生活しかしてこなかった庶民の感覚から出た話ですので、その辺りをお含みおきください。また……」
「前置きは良い、また、口調を改める必要はない。無理させるとお前が話せなくなりそうなのでな」
「ありがとうございます」
「良いから本題に入れ」
「まず、あの大陸全てをまとめるのは無理かと」
「なぜかな」
「ズバリ広さです。共和国やわが帝国と同じくらい、いやゴンドワナよりは広いかもしれませんが、既存のインフラが違います。あのゴンドワナでは意思の統一が難しいかと。将来的には統一の方向で進ませることも可能かもしれませんが、本大戦中は諦めてください。それよりも、ジャングル周辺だけで、まとめて国とした方がはるかに現実的です。これも通信手段や移動手段の確保に力を注がないといけませんが、これは、ジャングルから敵を追い出しながらでもできると思います。なにせうちにはあのサクラ閣下もおりますし」
「ほほ~、で、そのための手段とかは当然考えがあるのだろう」
「いえ、私はただの中尉です。それも戦地特別任用で駆り出された素人に過ぎません。そんな戦略的視点など」
「だから能書きや言い訳は時間の無駄だ。第一、国の大綱の草案を考えるような奴なのにそんな言い訳が通じるか」
何のことだか分からないが、この際出まかせでも言わないとここから逃がしては貰えそうにない。
「では、愚案ですが。まず、あの都市を中心とした国創りについてはお話した通りです。既に国があったとする方が良さそうなので、あの規模で国があったとしてお話します。現状一番の問題点は、あの国の防衛力です。あそこが堅固な都市ならば、周辺の村々も庇護を求めて集まってきましょう。人が集まればそれだけで力を生みます。ですので、あの国の防衛力の強化、それも早急にです」
「帝国から軍団でも貸し出せと」
「その案も捨てがたく思いますが、いくつかの点で難しいかと」
「難しいのは百も承知だ。だがお前の言い分ではほかの案がありそうだな」
「あの都市を占領した軍隊をそのまま防衛に使います。これなら明日にでも可能かと」
「何、明日にでもだと」
「尤も帝国内での政治的処理は残りますので、今日明日は無理でしょうが、物理的には可能です」
「人物金が政治の根幹だが、それら全てが直ぐに揃うというのだな」
「人と物だけですね。金については私には縁のない話でして」
「お前の話は良い。人すなわち軍人と、物の兵器とその補給物資についてはどこから持ってこようとしているのだ」
「これが先に殿下にお話しした亡命者の受け入れ先です。キャスター少佐たち全員をあの国の軍人として亡命させればベテラン軍人だけで一個大隊が出来上がります。また、キャスター少佐の持ち込んだ武器弾薬は全てサクラ閣下が押収しております。これらは共和国製ですので、帝国の軍人が使うには不向きかと」
「そうか……しかし、それでは補給が続かないぞ」
「はい、早急に軍事的援助はしていかないといけませんが、それまでの時間稼ぎには使えます。
かなりの量がありましたから、大隊規模同士の戦闘を1~2回はできそうです。
それに、今のところあのジャングルでは敵の大規模な侵攻も無さそうですし、国を守るだけならそれで十分だと思います」
「……… フェルマン、この話をどう思う」
「ハ、実に理にかなった話かと。何よりつじつまが合います」
「つじつまだと」
「はい、先に殿下はあの国を発見したとおっしゃりました。既に防衛のための組織はあったようですがあまりに貧弱で、簡単に占領されてしまいました。しかし、その話は公にはなっておりません。ですので、中尉がおっしゃったように、キャスター少佐殿の軍隊をあの国の正式な軍隊としてしまえば、大隊規模の軍隊がある国として扱うことが出来、十分に帝国との同盟を結ぶ格があると言いきれます。ただし、問題が無いわけではありません。一つにはあの国が認めるかどうかという点です。次に、わが帝国の一部、キャスター少佐たちのことについて知る連中が納得するかどうかです。これは言い換えれば敵であった者たちを信じられるかどうかという点です。その辺りについてどのようにお考えでしょうか、ヘルツモドキ卿」
誰?
ここには俺以外には殿下とフェルマンさんしかいないよ。
「何をすっとぼけている。お前に聞いているのだぞ。どうせお前のことだ、何か妙案でもあるのだろう。どう考えているか、この際全部吐き出してしまえ」
あ、そうか。
俺ヘルツモドキ男爵だった。
忘れていたよ。
「はい、国創りにはこちらからも秘密裏に人を出すわけですよね。例えばアンリさんなんかを。当然護衛の人も付けることになるかと。それと一緒に、サクラ閣下の部隊、できれば花園連隊出身の部隊などを軍事顧問団としてあの国に常駐させれば兵力バランスもとれるので、国内を説得できるかと思います。この先どのような条約が結ばれるかはわかりませんが、私のせいになるかとは思いますが非常に微妙な位置づけになっているのがサカイ連隊の駐屯地です。あそこはあの都市と協力関係のあった村の跡に作りました。あの国の領土内ともいえる場所です。私個人としては、あの国ときちんと契約をして租借地扱いにできればと思っております。当然、あの駐屯地よりもあの都市に近い場所に作りました居留地もあの国の領土内になるかと。その辺りをきちんとすれば案外国内も説得できるかと思います。少なくとも、筋は通ります」
「そうですね。殿下、これはいいかもしれません。当然まだまだ詰めないといけないことは多くありますが、どうでしょうか」
「そうだな、よし、アンリ外交官を呼んでくれ。外交部に持っていく前に話をつけよう」
で、俺は解放されるはずは無く、このままアンリさんとの打ち合わせにも付き合わされた。
あとで、アンリさんから『何で勝手に私の仕事まで作るのよ』ってお叱りを受けたが、俺のせいか。
世の中は理不尽で満ちている。
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