第264話 ゴンドワナの新たな国家
フェルマン侍従頭の概要説明が終わると、先に挨拶をした殿下が異例にも会議の口火を切るように発言してきた。
「この会議は、先にグラス中尉が発見し、アンリ外交官が接触できた未知の国との外交の方針を決めるためのものだ。我々は、この国の占領を考えていない。友好国として遇するためにどうすれば良いかを考えることだ」
殿下の話を受け、外交執行部のソーノ子爵が聞いてきた。
「殿下、グラス中尉は見つけた村落のほかに国を見つけたのでしょうか。アンリ2等外交官からもそのような報告を受けてはおりません」
するとアンリさんも報告してきた。
「この場での発言をお許しいただけますか」
議事進行役をしているフェルマンさんがアンリさんに発言の許可を与えた。
「アンリ2等外交官殿、発言を許します」
「ありがとうございます。ソーノ子爵の疑問についてお答えします。私は現地村落との接触はしましたが、あそこを国とするには少々疑問があります。がしかし、私が調査した限りで、あの地は完全に独立しており、極めて微力ながら軍事力も有しております。それをもって歴史上に存在したというポリス国家と言えなくもありませんが、こればかりは定義の問題かと思います」
「ありがとう、アンリさん。しかし、ここで考えてくれ。あそこはわが帝国が自由にして良いところじゃないことを。決して、貴族連中に領地として下賜できる場所じゃないことを理解してほしい。先ほど私のところに貴族院から副議長の一団が、我々にもあの地をよこせと言ってきたのだ。まだ情報が発表される前にだ。まあ、これは驚くことじゃない。大方サクラ将軍の部下に彼らの息の掛かった連中が混じっているのだろうが、今問題なのは、耳の早い貴族が騒ぎ出してきたことだ。連中を黙らせるためにも、早急に条約を締結したい。仮条約なら、アンリ2等外交官にその権限があると私は理解しているが、どうなのかな」
外交執行部のお偉いさんでもあるソーノ子爵が殿下の問いに答えた。
「ハイ、無条件にとはいきませんが、彼女にはそれだけの権限を持たせております。
これは陛下より与えられた責務でもあります」
「条件とは何か」
「ハイ、草案などはアンリ外交官でも考えることは許されておりますが、本国の外交執行部内に於いて、私以上の者の承認が必要です。これは事後承認でも許可されますが、あまり貴族院辺りから良い顔はされません」
今、殿下と外交執行部のソーノ子爵との会話で、この場に居る全員が殿下の意図を悟った。
当初の殿下の計画では、しっかり皇太子府が中心になって準備を整えてから、あの地に親帝国の国家を建国させる計画だった。
しかし、帝国の状況はそんな悠長なことが許されないものになっていた。
ハイエナのような貴族連中が動き始めたのだ。
あのハイエナ貴族との会談中に殿下が考え出したのが、すでに国があることを前提にしてしまえば良いということだった。
そのことを先の殿下の発言で、この場に居る全員が悟ったのだった。
いくらこの場に殿下のシンパ以外がいないとはいえ、公的な会議のために各人の発言は議事録として記録に残る。
あとで削除と云う手も使えないことも無いが、余計なことをして後々の禍根にならないとも限らない。
貴族なら一様に持っているそんな慎重な姿勢がこの場には存分に表れていたのだ。
アンリさんも状況を理解して、話を合わせてきた。
「もう一度の発言を求めます」
今度は殿下が答えた。
「アンリさんか。許可する」
「殿下、ありがとうございます。確かに現在、あの国との交渉中ですが、あいにくあの国には自分らの国の名前を名乗ってはおりませんでしたので、今この場ではポリス国家と呼ばせていただきます。ポリス国家は、歴史上にあった都市だけの国家ではなく周りの10余りの村々をその領地としており、政治の形態は、原始的ではありますが貴族共和制に近いかと思います。あの町の長が議長役となり、村の長との話し合いで政治を行っております。軍事に関しては共同で維持しております。……… ………」とあそこの政治状況などの説明に入った。
なにせ急な呼び出しのために、詳細な報告がまだできていない。
一応の説明を終え、現状の課題について説明が入った。
「現状最大の課題は、その防衛力です。あそこは一度共和国に占領されておりました。幸いグラス中尉率いる部隊の強襲で奪還に成功しましたが、早急に防衛力を強化する必要があります。その件につきましてはグラス中尉に妙案があるという話ですので、彼に説明をさせますがよろしいでしょうか」
え?え~~~?
何で急に俺に振るかな。
絶対にキャスター少佐たちの亡命の件で俺のことを恨んでいるな。
「ああ、構わない」
殿下も許可を出したよ。
俺は何を話せばいいんだ。
俺が困っているとアンリさんが小声で俺に言ってきた。
「中尉、先ほど話した捕虜の件を話せばいいんですよ」
捕虜??
ああ、キャスター少佐たちの亡命先の件か。
あ、さっきから殿下の話していた国家って、亡命先にするための事か。
確かに国でないところには亡命を許可できないわな。
勝手に許せば、また敵となってこちら側に攻撃してこないとも限らないし。
て言うか、キャスター少佐たちはそんなことはしないが、そんな事情なんか帝国の人たちには伝わっていないし、それなら、同盟国との条約にでも盛り込んでしまえば帝国にも説明が付く。
そう言う話か。
やっと俺にも殿下の先の話の内容が見えてきた。
「発言のお許しが出ましたので、不肖私が提案させていただきます。現在あの地にはサクラ閣下率いる一団しか軍事力はありません。幸い最前線であるにもかかわらず、私の部隊以外は敵との遭遇すらしておりません。これはあのジャングルという特殊性によるものかと思われます。しかし、私が最後に遭遇した敵は戦車なども有していたかなりの戦力でした。サクラ閣下の部隊だけでの防衛はかなりの危険性を孕みます。そんな状況で、新たな友好国に対して防衛力の提供はかなりの無理があるかと思います。やはり、友好国にもそれなりの軍事力を持ってもらうのが尤も状況に即したものと考えます」
俺の長くなりそうな説明の最中に、会議の参加者の一人からヤジのような質問を受けた。
「中尉、君の話だとサクラ閣下だけではあの地を守れないというのだな。しかし、今の帝国に新たな部隊をあの地には送れないぞ。補給についてもそうだが、最大の問題は使える兵士がいないということだ。そのことをどうするのかね」
「あ、はい。今質問の有りました件ですが、私も切実に感じております。なにせ、今中隊を預かる身ですが、そのほとんどが新人を回されました。ただでさえ私も新人の域を出ていないのに、私にどうしろと言いたかったです」
「コホン!」
アンリさんが俺の愚痴の入った説明をわざとらしい咳払いで遮った。
「失礼しました。確かに人の問題は非常に重要です。しかも、我々に残された時間はそう多くないと言えます」
「そんな状況でも、何か案があるというのだな」
「ハイ、この状況にぴったりな解決策があります。今現地で保護しておりますキャスター少佐率いる大隊員千名がそれです。彼女たちは全員が亡命を希望しております。それは信じられないことでしょうが、彼女たちは国から命を狙われていたためです。詳しくは省きますが、希望する亡命先は何も帝国である必要がありません。なら、新たに同盟を結ばれる国を紹介したらどうでしょうか。一挙にベテランの精鋭だけで構成される大隊規模の軍が誕生します。そこにこちらからの顧問団も出して協力させれば、まず一応の防衛力は確保できます」
「そ、そんなこと許されるのか」
「私から補足の説明をさせてください。先に、グラス中尉の説明にありました亡命希望者ですが、その処遇が全く決まっておりません。それ以前に、少数の同様の亡命希望者をあの地では預かっております。あの時点ではかなりの人数かと思いましたが、今思うとかわいい限りですね。あ、話が逸れました。戻しますが、今の帝国には先の亡命希望者ですら受け入れができておりません。きちんと条約などで縛りを掛ければ、これ以上に無い妙案だと思います。 あの地の防衛力の強化と同時に、宙ぶらりんとなっている亡命希望者の処置の両方を一挙に解決できます」
「問題は無いのかね」
「あります。亡命希望者の責任の所在が非常にあいまいなのです。一度捕虜としておりますから軍から何か言ってこないとも限りません。しかしあの地はこの皇太子府の管轄下にあり、皇太子府が軍部と貴族連中を抑えることは可能かと。問題と云えばこれだけでしょう」
アンリさん、凄い。
これでは完全に責任を殿下に丸投げだよ。
これぞ部下の鑑。
使える上司は殿下でも使えという奴だ。
アンリさんの話を聞いた殿下が苦笑いを浮かべている。
まあ、解決策としては実際にそれしかないのだが、あそこまではっきり言われると面白くも無いのだろう。
でも殿下も納得しているので、この話はこれで終わりそうだ。
今日の処はあの地の扱いをここ皇太子府で統一しておくことと、その後の方針を決めることだ。
詳細にはまだまだやることは山積しているが、専門家の力も必要で、以後は分科会でも作って作業をしていくそうだ。
でも、これで俺は解放される。
やれやれ……
「あ、グラス中尉、すまんがこの後、少し時間を貰えるかな」
え~、殿下につかまった。
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