第263話 モブ貴族の言い分

「殿下。確かに、今回のゴンドワナの東部におけるサクラ閣下の功績は無視できません。いや、サクラ閣下を始めあの地の軍の功績しかないでしょう。しかし、現在共和国との戦闘も激しさを増している現状を鑑み、サクラ閣下をあの地に釘付けにするのは帝国の損失に繋がります。ひいては帝国の勝利にはかえって足枷になりましょう。しかし、幸いなことにあの地では大規模戦闘も広大なジャングルのために起こらないとも聞いております。そのような観点から、あそこだけは軍人でなく、文人の法衣貴族でも十分に領主としての職責は務まるかと思います。しかも、今では文人の法衣貴族の中にも十分に帝国に対して功績を重ねて来た者たちも多く、ここ辺りで報いるのも帝国のためになるかと思います」

 モートン侯爵も必死だ。

 過去の慣例では領地を下賜される可能性など絶対に無いのだが、今度のゴンドワナ大陸は別だ。

 大陸全体では、十分に帝国のそれに匹敵するくらいの広さはあり、今話題に出ているジャングルだけでも大陸の1/4はあるのだ。

 この広さなら男爵領なら100家に下賜されても半分にも満たないだろうと皮算用しての今回の訪問だ。

 しかし何もせずに手をこまねいていては、何ら貢献のないモートン達派閥の連中は領地など下賜されるはずはない。

 そこで、領地の割り振りに協力することで、領地配分のおこぼれにあずかろうとしている。

 ここで最大の問題となるのがサクラたち現地の軍人だ。

 彼女たちの多くが花園連隊出身で、その士官たちの半分は貴族階級の子弟だ。

 そうなると、過去の慣習から下賜されるのは彼女たちだけになる恐れがある。

 それでも十分に広さはあるが、後はせいぜい軍司令部の連中に持っていかれ大部分は帝室管理となるだろうと危機感を持っていた。

 しかし殿下の方は、全くあの辺りの領地化を考えていない。

 そもそも帝室としては貴族の法衣化は既定路線として不変だ。

 しかも、いきなり帝国の広さに匹敵するような領地を得ても統治などできる筈もない。

 人口こそ圧倒的に少ないが広さの方は絶望的に広い。

 帝国での管理可能領域を簡単に超える。

 そもそも長く続く戦乱での疲弊で、今の帝国の領地運営にも齟齬をきたすものが出始めているのだ。

 これもすべては貴族統治が使えないからに他ならないのだ。

 貴族統治の良さは地方分権で、帝国が直接面倒を見る必要が無いので、通信や移動の手段が確立さえしていれば広大な領地を簡単に管理できる。

 しかし、その前提としては、帝国のエリート官僚と同等以上の能力が全ての貴族に求められる。

 ただでさえ有能な人間が不足するのに、前提条件が無理すぎだ。

 なので、今の帝国が辛うじて運営できるのは、早くから貴族統治を諦めた結果なのだが、ほとんどの貴族には理解されていない。

 モートン侯爵には、この事実が全くと言って良いほど見えていない。

 彼も帝国がいきなり直接広大な領地を統治できないことは分かっているのだが、だからこそさっさと貴族に領地を下賜して、貴族に現地を統治させればよいと思っているのだ。

 その先に何が待ち構えているかを全く想像すらできずにだ。

 殿下たち皇太子府に勤めている人は一人の例外もなく、貴族統治は無理だと考えている。

 統治失敗による現地人の反乱か、無政府状態。

 さもなければ現地貴族が独立しての建国などが考えられる未来像だ。

 そもそも別の国になるのならこちらで用意した方がはるかに扱いやすい。

 独立貴族が作った国など、新たな戦争の種でしかない。

 今更モートン侯爵に説明しても理解されるはずは無く、必要以上に恨まれるのがおちだ。

 殿下は、モートン侯爵に分からないように軽くため息をついて、この場を切り上げることにした。

「モートン侯爵。卿の意見は理解した。先にも述べたように、この話は全て陛下の御心にある。私が皇太子であっても早々に口を挟める話じゃない。ないが、陛下にはそれとなく卿の話を伝えておこう。それで良いな」

「ハイ、殿下の申されるままに」

「話はそれだけか」

 殿下はやれやれと思い席を立とうと考えていたが、モートン侯爵の要件はさらにもっとくだらない話があるようだ。

「いえ、もう一つだけよろしいでしょうか」

「悪いが時間も無いので、手短に頼む」

 殿下は少々むっとした表情を浮かべた。

 殿下のようなお立場では、明らかにこれは失敗の部類に入るのだ。

 高貴なる者は自身の感情をそう簡単に表に出してはいけないと幼いころから教育されている。

 そうでないと簡単に足元をすくわるためだが、幸いなことにモートン侯爵には分かっていなかった。

 この事実一つも見ても彼の貴族としての力量が知れよう。

「殿下、あと一つだけお聞きしたい。此度のヘルツモドキ卿の功績に対してどのように報いるおつもりですか。よもや昇爵などは考えてはいないでしょうな」

「はて、昇爵ではいけないのか」

「お戯れを。あの者は先に特例に近い措置で男爵に叙爵されたばかり。まだ、貴族としての責任を一つとして果たしてはおりません。そのようなものを子爵以上の地位に上らせたら、貴族社会は混乱と帝室に対する不満が起こらないとも言えません。まさか、お考えではないかとは思いますが、くれぐれもその辺りをお含みおきください」

 オイオイ、こいつは俺のことを脅してきたぞ。

 だいたい貴族としての責任ってなんだ。

 お前らが言えることじゃないだろう。

 しかし、モートンの考えも分かる。

 新興貴族に自分らが脅かされるのを必要以上に恐れているのだろう。

 皇太子はモートンを通してモブ貴族たちの考えを改めて聞かされたように感じている。

 今では新たな救国の英雄とまで言われているグラス中尉だ。

 そんな彼がさっそうと貴族社会に入れば自分らのようなほとんど定職についていないような貴族はどんどん存在感が薄れてしまう。

 それを恐れての発言なのだろう。

 中尉と先ほども話したが、彼もそれは望んでいないことは容易に理解できるが、彼の要望通りに行くかは正直微妙だ。

 今の帝国には英雄が必要だ。

 サクラ閣下もそうだが、それ以上に、立身出世の話はいつの世でも庶民には人気がある。

 帝国としてもそれを無視はできまい。

 まあ、話題のゴンドワナを領地化しないのでそれほど目立つ功績にはならないかとは思うのだが、その辺りはどうせ今軍司令部で話し合われているのだろう。

 ゴンドワナからわざわざサクラ少将を呼び出してまで話し合うのだ。

 そもそも本作戦については、完全に皇太子府の指導下にあるので、いくら軍司令部でも、口は出せない。

 しかし人事は別だ。

 サクラ率いる軍団員の所属は軍にもある以上、昇進などの人事については軍司令部にもその権利はある。

 元々、皇太子府が抱えている軍団についての昇進も、皇太子府から人事院を通して軍司令部に推薦を出す格好なのだから、昇進等については軍司令部の仕事だ。

 まあ、正直今回の件はこちらとしては面白くはないが、一応のルールに沿っているので文句も言えない。

 サクラたちが帰る前にこちらとしても話し合う時間が取れれば御の字だと思っている。

 皇太子殿下はモートンに先と同じ話をして話を切り上げた。

「叙爵、昇爵については陛下の専権事項だ。私からは推薦はできても決定はできない。その話も折を見て陛下には伝えておくが、侯爵からも伝えてみてはどうかな。さすれば侯爵の心配も幾分かは和らぐが」

「分かりました。本日は貴重なお時間を頂き感謝いたします」

 そう言うとモートン侯爵たち一行は部屋を出て行った。

「やれやれ、あいつら何をしに来たんだ。ああいう輩がいるからこの帝都で一向に政争が絶えないのだ。いい加減気づいてほしいものだな」

 殿下の愚痴を軽くいなしてフェルマンは会議の準備が整ったことを殿下に伝えた。

「そうだな、次の仕事があるな。そちらの方がはるかに重要だ。すぐに向かおう。第一会議室だな」

「はい、こちらに」

 フェルマンを引き連れて会議室に入った殿下は待機している皆に声を掛けて会議は始まった。

「待たせて済まなかった。ゴンドワナの未来を決めることになる。ひいては帝国の未来が決まるので、心して臨んでほしい。では、会議を始めるとしよう。フェルマン、始めてくれ」

 殿下の話に続きフェルマン侍従頭の概要説明から会議は始まった。 






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