第261話 亡命希望者の行方
「あの~~」
「グラス中尉。何ですか。言いたいことがあるのなら男らしくおっしゃりませんか」
アンリさんの俺への対応がなぜか冷たい。
でもめげません。
「アンリさん。一つ教えてはくれませんか」
「ですから何をお聞きになりたいというのですか」
「ええ、何故捕虜なら問題ないが亡命者となると問題になるのが、私にはどうしてもわかりません。もしよろしければ理由をお聞かせ願えますか」
「ええ、そんなことを。…… 分かりました。お教えしましょう」と言いながら、割と丁寧に教えてくれた。
捕虜は十分な監視が付き、かつある程度の自由が拘束されるので、国としても割と管理しやすいのだとか。
一方、亡命者になると、自由を束縛する訳にはいかず、かといって自国の安全のために全くの自由にする訳には行かない。
そのために普通には、亡命者に対して情報部辺りの監視が隠れて付くそうだ。
そこで、問題となるのが人数だ。
一人二人なら帝国としても受け入れるキャパはあるが、一度に1000人となると無理だ。
今も先に亡命を希望しているアンリ・トンプソン元少尉の小隊を帝国に入国させないのもその監視ができないのだとか。
全くできないというより、コスト対比での効果の面で割に合わないと言う面も大きい
政界の大物なら、多少コストをかけてもそれなりに効果も期待できよう。
少なくとも国内のうるさ型を説得するだけの理由にはなるが、一般人となるとそうもいかない。
そのために先の亡命案件が宙に浮いている状態だ。
小隊規模ですら無理が出るのに大隊では完全に無理なのは子供でも分かる通りだとも言っていた。
「そういうことなのですか。ありがとうございます。しかし、もう一つ分からないのが、その大隊の受け入れを帝国でしないといけないというのが分りません」
「は??中尉、何を言いたいのですか。私は直接聞い訳ではありませんが、大隊員1000名の全員が亡命を希望しているそうではありませんか。こちらの都合で選んで亡命を受け入れるとしても一人か二人ですよ。残りの人の行き先が無くなるという問題が発生するではないのですか」
「ええ、ですから、帝国でないところに亡命させればどうでしょうか。希望を聞かないといけないかとは思いますが、キャスター少佐たちの全員が亡命を希望するのは、国に帰れないからなのでは。あ、この場合の国とは共和国ですが、流石に2度も殺されかければ私だって帰りたいとは思いませんよ。いや、帰れません。亡命を希望したのは捕虜交換で無理やり帰らされるのを防ぎたかったのではないでしょうか」
「もし、そうだとしても、わが国以外にどこに亡命させるというのだ」
「ですから、これから建国される国はどうでしょうか。建国の初めからの参加となると、色々と面倒ごともあまりないかとは思います。なによりあそこなら、一から作られるので、国創りにも参加できます」
「「「あ……」」」
全員が俺の答えを聞いて、一瞬だが固まった。
固まったかと思った次の瞬間には、殿下が大声で指示を出していた。
「至急人を集めろ。建国の案件で修正が出た。いや、修正ではないな。すぐに方針の決定をしていきたい。担当部門の責任者をできるだけ、しかも至急会議室に集めてくれ」
殿下の指示を受けた侍従たちが部屋から出て散らばっていく。
「アンリさん。これは忙しくなるな」
「ええ、私としてはもう少し準備を重ねてからの建国だと思っておりましたので」
「ああ、そうだな。私もそうだ。先方と十分に協議を重ね、こちらとしてもバックアップの体制を整えてからの建国を発表しようと計画していたが、グラス中尉の話を聞いて気が変わった」
「私も殿下と同感です。形はともかく建国だけでも済ませてから、体制の整備をしていく方が実情に即したものかと思います」
「ああそうだな。あまりゆっくりとしていると、国内のうるさ型も騒ぎかねない。今は先の政変のおかげで、かなり私の自由にさせてもらっているが、どうも最近は雲行きが怪しくなってきている。利権ばかりあさっている貴族連中がそろそろ騒ぎ出しているしな」
殿下から漏れる言葉は一々物騒だ。
正直あまりお近付きにはなりたくはない。
やはりあの時の昇爵は断りたかったな。
小市民の俺としては絶対に断れない空気だったとこは理解しているが、未だに納得ができない。
やはり俺にはここ王都は似合わない。
本当におかしな話だ。
ほんの少し前までは、俺は地方都市出身だったが、バリバリの王都の住民で、仕事もしっかりとしていたはずなのに、どこでどう間違えたのか軍人にさせられ、気が付くとお貴族様だと。
俺は頭の上を飛び交う上流階級の話を無視して、過去の俺の行動を悔やんでいた。
そんな俺を気にすることなく殿下とアンリさんとはしきりに話し合っている。
どうも新たな国創りの基本方針について話し合っているようだ。
時折ゴンドワナ大陸地図を取り出し、帝国と共和国の勢力なども検討している。
まあ、あたりまえか。
今回の建国騒動だって、帝国の防衛面から発している話だし、作られる国が簡単に敵に壊されたり、占領されては目も当てられない。
しかし、あの二人はそれだけではなさそうだ。
全くのしがらみのない、特にうるさい貴族の邪魔のないところで、まっさらな状態での建国を楽しんでいるようだ。
何やら趣味で物を作る同士のように本当に楽しそうに話している。
そんな二人を邪魔するものがあった。
先に散らばって行った侍従たちが戻ったのだろうか。
部屋の扉をノックする音がある。
「あの~、アンリさん、殿下」
この部屋にはちょうど誰もいない。
いるのは俺を含め3人だけなのでいや、俺の随行員としてアプリコットも俺の傍に居るが、彼女はここに来てから完全に空気と化している。
なので、気が付いた俺が、どうにかしないといけない。
「あの~~」
やっと俺の呼びかけで気が付いたアンリさんが、本当に嫌そうに殿下に指示を待つように聞いていた。
「殿下。外でどなたかお待ちの様です」
「ああ、そういえば、誰もいないな。分かった、誰だ、許可するから入ってこい」
殿下の許可で、ここのメイドの一人が、本当に申し訳なさそうに、入って来た。
「何だ、侍従じゃないんだな。会議の準備でもできたのか」
「いえ、違います。殿下に面会のお客様が見えております」
「は? 今日は面会の約束などしていないぞ。事前に連絡のない客か」
「はい、そのようです。でも、先方の方はかなりお急ぎの様でしたので」
「そんなのは無視だ。追い返してしまえ」
「それが…… 私どもではできそうにない方で……」
「いったい誰が来たというのだ」
殿下の問いでやっと肩の荷が下りたのか、あからさまにほっとした顔をしながら答えた。
「貴族院から副議長のモートン侯爵様がお連れの方数名といらしております。何やら至急殿下と相談したいとのことだそうです」
「モートンか、これはまたずいぶん大物が来たものだな。俺に何をたかりに来たというのか。アポなし訪問なのだから無視してもいいが、後々うるささそうだし、時間を区切って少しだけ話を聞こう。分かった、直ぐにいくから応接室にでも通しておいてくれ」
「分かりました」
メイドの最後の返事は本当に嬉しそうだった。
何やら、その直前に起こった出来事が思い浮かばれる。
大物政治家が庶民に対して高圧的に無理を言ってきたのだろう。
フェルマン侍従頭位なら、簡単にあしらうこともできただろうが、主だった侍従たちは会議の準備で忙しい。
当然、予期していない客の相手など侍従の誰もしていないはずだ。
だとすると、彼女たちメイドの誰かが本当に玄関先で、怒鳴られたのかもしれない。
あのうれしそうな顔を見たら、地獄から解放されるかのような表情を見てもうなずける話だ。
どこの世界にでもある話だな。
いや、令和の時代ではなく、ここ貴族社会なら、それこそ無礼打ちで命すらの危険もあったかも。
流石にないか。
今の帝国は、一応建前上では、只の無礼で庶民の命までは取れない。
きちんと貴族院主催の裁判をしないと罰することができないはずだが、俺のような例もあるし、かなり脅されたのだろう。
かわいそうに。
と、どこまでも人ごとのようにグラスは考えていたのだが、この時期に急ぎの理由としたら、グラスの案件以外にないだろう。
遠因ではあるが、その原因の一端をグラスが作ったことになる。
この事実を知れば、先のメイドさんもグラスに対してかなり鋭い目を向けただろうが、そこまでは知らされていない。
しかし、それにしても、本当に周りが慌ただしい。
どうしたものかな。
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