第260話 再びの皇太子府へ

 俺らを乗せた車は、ほとんど時間をかけずに皇太子府の正面玄関に着いた。 

 え?

 正面玄関だと!

 この玄関って普通国賓とか、とにかくVIPしか利用しないものだよな。

 俺の中の常識からしたら、マンションの玄関ではあるまいし誰でもが利用して良い場所じゃない。

 俺がVIPと言う訳では絶対にない。

 だとすると同行者のいずれかだ。

 と言っても、この場合アンリさんしかいないよな。

 となると、着いたら車から降りる順番って結構大事だよな。

 まさかレディーファーストとか言わないよな。

 どうする……どうする。

 俺の心配を無視するかのように車は玄関正面に止まった。

 玄関には既に侍従が数人待機している。

 俺は焦って、自分から車の扉を開け飛び出した。

 俺の様子を見て、周りが固まっている。

 そんなの無視だ。

 俺はすかさず車の反対側に行き、優雅に随行員が上司を迎えるがごとく扉を開けてアンリさんを出迎えた。

 目が点になっているアンリさんが、やっと口を開けて俺に文句を言い出した。

「中尉、何をなさっているのですか。みんな困っておりますよ」

 え?

 俺の行動は間違えだったのか。

 この場合俺はアンリさんの随行員だったはずだ。

 ならあながち間違えとは言えないよな。

 あ、だとしたら車の中での席順が間違いだったのか。

 しかし、運転手の隣はアプリコットに占領されていたし、無理ないとは思うのだが。

 そのアプリコットは、今度も、我関せずの態度を貫いている。

 本当に逞しくなってきているな。

 アンリさんのお説教がまさに始まろうかとした瞬間に、固まっていた侍従たちの中から俺も知っているお偉いさんが出てきた。

「お待ちしておりました、アンリ殿、ヘルツモドキ卿」

 だれ?

 ヘルツモドキって、ふざけた名前だ。

 あ、俺の事か。

 俺が男爵になった時に見つけた奴だ。

 全く使わないから忘れていたよって、俺が出迎えされる側だったの。

 知らなかった。

 アンリさんは侍従頭の挨拶を受け、とりあえず俺への矛先を治めた。

「お久しぶりです、フェルマン様」

「殿下がお待ちしておりますのでご案内します」

 いきなり殿下との面会か。

 正直勘弁してほしい。

 しかし、この場合、俺の立ち位置ってどこだ。

 今の短いやり取りから分かったのだが、決してアンリさんの随行員ではなさそうだな。

 となると、被告か。

 さっきまでレイラさんから責められていた件の尋問を直接受けるというやつか。

 俺は少々青くなりながらアプリコットを見たら、流石に我関せずとはいかないことを理解したのか、俺以上に青くなっている。

 アプリコットに事前に聞こうとは思ったのだが、それも無理そうだ。

 アンリさんだけが頼りだったはずなのに、先の捕虜の件以来、完全に検事側だよな。

 俺との約束なんかどこ吹く風のように簡単に反故にしている。

 ここまで来たら、計略にはまった間抜けな俺の、俺自身の責任だ。 

 重い足を引きずりながらアンリさんの後についていった。

 ちなみに、どう見ても俺以上に重そうに足を運んでいるアプリコットが隣にいるが、俺は同情なんかしないぞ。

 俺らは侍従頭のフェルマンに連れられて、皇太子府の最奥にある殿下執務室に案内された。

 普通、こんな奥には案内されるものじゃないくらいには俺にも常識はある。

 となると、別の理由か。

 アンリさんがゴンドワナ大陸で話していた他の貴族絡みかな。

 となると少々面倒ごとになりそうだ。

 俺は、本当に久しぶりに胃の辺りがキリキリと痛むのを感じた。

 隣のアプリコットは、既に諦め顔だ。

 しかし、貴族絡みとなると俺よりもアプリコットやアンリさんだけが頼りだ。

 なにせ、にわか貴族の俺としては、全くと言っていいほど貴族としての常識が無い。

 というより、本来俺が帝都にいて良いものじゃない。

 面倒ごとしかないのは分かり切っているのだ。

 早く大陸に帰りたい。

 俺の秘かな希望もむなしく、部屋に通された。

 まず目にしたのが、ブラック職場はかくもありといった感じに、机一杯の書類を前に、わき目も振らずに処理している殿下の姿だ。

 俺は、前にサクラ閣下に連れられて一度だけ殿下に会っているが、あの時は会食であって、こうも悲壮感を見せてはいなかった。

 今目の前にいる殿下のお姿は、良く言えばブラック企業の企業戦士、悪く言ってもさほど変わらず社畜と言った感じだ。

 貴族なんてするものじゃないの見本だな。

 何で、ここ帝都の貴族は地獄に行きたいのか、前から偉くなるためにしのぎを削っているようで、不思議でしょうがない。

 偉くなればなるほど地獄しかなさそうなのに、本当は違うのかな。

 殿下という職種がブラックなだけで、他は、偉くなればなるほど良い目を見れるとか。

 サクラ閣下を見てもそうは思えないが、きっとこの国の貴族ってみんなMなのか。

 一日『48時間』働けますかっていうやつで、薄ら笑いを浮かべながら、目の下に隈を作るのが貴族の流行と云うか、仕来りなのかな。

 ……

 ……

 ……

 ちょっと待て、俺も貴族のはしくれだぞ。

 今の地獄もそうなのか。

 偉くなればなるほど無理難題が増えるとか。

 気が付くのが早くて助かった。

 これ以上偉くならないようにしなければならないな。

 そんなことを考えていると、目の前の殿下が俺らに気が付いた。

「やあ、もう着いたのか。待たせてすまんな。待たせついでで悪いが、あと5分くれないか。そこに座ってお茶でもしていてくれ」

「お気になさらないでください、殿下」

 俺の代わりにアンリさんが殿下に答えてくれた。

 しかし、フェルマンさんが俺らを、殿下の指定したソファーに案内してきた。

 ここで無理して逆らう意味もないので、言われるままソファーに座って殿下を待った。

 アプリコットは俺の後ろで控えいていようかとしていたが、別に席を用意されていたので、そこに座って待つことになった。

 俺らが座ると同時に、ここ皇太子府で働いているメイドさんが、お茶を運んできた。

 それを本当に優雅の見本ともいえる手つきでフェルマンさんがカップに注ぐ。

 これぞ上流階級って感じのお茶会?だ。

 俺らは静かに入れられたお茶を飲みながら殿下を待った。

 きっちり5分で殿下がソファーにやって来た。

 前も感じたがこの殿下は本当に人間か。

 できすぎるというか、とにかく俺には絶対にできないくらいに仕事ができそうだ。

「お待たせしました。まずは、ヘルツモドキ卿にお礼を言わないといけませんね。その後に少々の苦情がありますが、御愛嬌ということで」

「はあ、私には殿下からお礼を言われることについて見当が付きません。苦情の方については、先ほどから色々と言われておりますので、見当はついております。殿下から叱責を受ける前にお詫び申し上げます」

「はあ、まあいいでしょう。では、お礼の方ですが、ヘルツモドキ卿、この場合グラス中尉と言った方がよろしいでしょうか、ゴンドワナでのご活躍により、私の計画が順調に推移しております。そのことについてお礼を申し上げます。貴方の功績には、昇爵と昇進で報いる所存ですが、あなたは、我らの認識からは想像もできないスピードで成果を上げておりますので、こちらの方が追い付いておりません。流石に1000名もの亡命希望とは、困りましたね」

 それから、アンリさんからの報告を受けて、協議を始めた。

 殿下としては、とにかく建国を急ぎたいようだ。

 帝国内の貴族連中を抑えられないのがその理由だ。

 そこでアンリさんにできるだけ人をつけるので、建国を急がせたいために今回アンリさんを呼んだという話だった。

 俺が説明を受けていた他の貴族とのお茶会については、その殿下の意向を隠す目的のためだとも説明を受けた。

 なので、明日にでもかなり盛大にここでお茶会を開いて、ゴンドワナの報告をすることになった。

 そこで最大の問題が、先の1000名もの亡命希望者の扱いだ。

 この件だけは、お茶会までに片付けないと、少々厄介なことになると言っておられた。

 少なくとも処理の方向性だけでも決めておかなければならないとか。

 俺には全く理由が分からないのだが、なんでもその処理の不手際をつついて、ゴンドワナの利権に加わりたいと、かなりの貴族が動き出しているという話だった。

「でも、つくづく困ったことになるね」

「ええ、捕虜の数だけでしたら大成果として、こちらでも有利に事を運べるのに、全てが亡命を希望しているとなると問題ですね。うまくいきすぎるというのも困りものですね」

 殿下とアンリさんがともに頭を抱えている。

 しかし解せない。

 捕虜なら問題ないが、亡命者となると途端に問題だというのは俺には分からない。





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