第259話 5時間の苦行の末に

 結局、5時間、俺は帝都上空に着くまで必死に弁明していた。

 かつてこれ程むなしい、いや無意味と言える作業をしたことがあっただろうか。

 あれから俺は必死に状況を説明しながら許しを請うように、必死に弁明と詫びを入れていたが、誰一人としてそれを受け入れる素振りすら見せなかった。

 俺の帝都行きの条件である弁護をするはずのアンリさんは、キャスター少佐たちの亡命の話を聞いた瞬間からあっさりと俺の弁護を取りやめ、しかもさっさと追及側に回った。

 俺と一緒に居たはずで、この中では俺の次に状況に精通しているはずなのだが、俺の言葉に対して一切聞く耳を持たない。

 彼女も状況を理解しているはずなのだから、俺を問いただす必要も無かろうと思うのだが、5時間にわたり尋問をレイラ大佐たちと一緒にしてくる。

 俺の返答に対して聞く耳を持っていないので、この作業こそ無駄のように感じた。

 しかし俺は必死に弁明をやめることができなかった。

 聞く耳を持たないのならこの尋問は無駄ではないかと、それこそ喉まで出かけたが、寸でのところで押さえることに成功した俺自身をほめてやりたい。

 もしあの時に、これを言っていたのなら……考えるだけでも恐ろしい。

 それよりもアンリさんの裏切りも許せないものがあるのだが、それ以上に許せないのは、俺の副官として一部始終見ていたはずのアプリコットが俺の弁護どころか、状況説明の参考人としても加わらなかったことだ。

 彼女は俺の副官として俺を補佐しなければならない責任があったはずだ。

 それこそ彼女の好きな責任を、それをいとも簡単に放棄して、本当に目立たないように飛行機の隅で息を殺していたのを見た時には、思わず殺意まで湧いたことを思い出した。

 ありえないでしょう。

 俺はあなた方の命令に従っただけでしかない。

 その結果について俺を責めるのはお門違いだ。

 もし責める人がいるとすれば、俺に対して命令を発した人か、それこそ当事者であるキャスター少佐たちだけだろう。

 決して俺ではない。

 これは只の八つ当たりだ。

 本来、サクラ閣下たち位できる人たちなら、自分たちのしていることが八つ当たりだと心の隅にあるはずなので、どこかしらで遠慮も出る筈なのに、今回ばかりは一切の遠慮が無かった。

 それどころか、俺が本当の凶悪犯だと思っているようですらあった。

 俺が弁明を繰り返しながら、心のどこか遠くで違う事を考えながら時間を過ごした。

 5時間後にやっと帝都上空に差し掛かり、機長より着陸に入るから自分の席に戻れと指示があった。

 その指示で俺はやっと解放されたのだが、帝都ではどんな目に合うか予想もつかない。

 俺はこの飛行機から降りずに、そのままゴンドワナに帰ることを考え始めた。

 俺らを乗せた輸送機は着陸後、いつもの駐機場にまでやって来た。

 ここは政府関係者が利用する駐機場で、主に近くにある皇太子府の職員、時には皇太子殿下本人が利用するので、駐機場すぐ横にまで出迎えの車が来ることができるようになっている。

 今も複数の黒塗りの車が、飛行機の中から人が出てくるのを待っているようだ。

 俺は飛行機から出ないように頑張ってみたが、レイラ大佐が有無を言わさずに俺を引っ張るように外に出した。

 駐機場わきで待機していた黒塗りの車から人が出てきて、開口一番に俺に怒鳴ってきた。

「グラス中尉。貴殿は呼んでないぞ」

「何故この場にいる」

 何故だか、俺の知らない人たちが俺を発見すると怒鳴ってきた。

『俺も呼ばれてないぞ。だから俺は折り返しですぐにでも帰る』と心の中だけで答えていた。

 駐機場で揉めそうな空気が漂い始めた時にタイミングよくアンリさんが下りてきた。

「あらあら、あなた方もお出迎えに来ておられたのですね。あいにくグラス中尉は私と同行します。皇太子府に呼び出されておりますので、あしからず」

 俺に文句を言ってきた役人たちは苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべていたが、何も言えないようだ。

 この場合の力関係はアンリさんの方が圧倒的に上のようだ。

 年齢的にはあちらに軍配が上がるが、アンリさんは良いとこの出だった。

 しかもあの年で政府の重鎮に足をかけている2等外交官だ。

 彼女の上となるともう数えるほどしかない。

 無事にあと数年も過ぎれば全権大使の座も見えてくるというものだしな。

 もうひと悶着あるかもと身構えていると、アンリさんの後から出てきたサクラ閣下がこの場を治めた。

 いや、勝手に収まったといった感じだ。

「お待ちしておりました、サクラ閣下」

「お待たせした様ね。時間も押しているようですから、直ぐにでも向かいましょう」

 そう言うとサクラ閣下とレイラ大佐は出迎えの黒塗りの車に乗り込んでいった。

「私たちも行きましょうか」

「へ?」

「私たちにも暇をつぶす贅沢は許されておりませんのよ。帝都につき次第、皇太子府に出頭しませんと、この後の予定が全く見えません。行きますよ、中尉」

 俺はアンリさんに付いて空港建屋に入っていった。

 ちなみに裏切り者のアプリコットは、今では完全に空気と化している。

 ひょっとしたら忍者でもやっていけるのではと思ってしまう。

 彼女も成長したな。

 自分が助かる為なら上司すら生贄に出して逃げる算段を覚えたようだ。

 あまりうれしくもない成長だが、上司としては彼女の成長を喜ぶべきか。

 飛行場の建屋に入ると、そこには皇太子府からの職員が待っていた。

 何故、駐機場で待たないかと思ったのだが、他の役所との無用な摩擦を避ける大人の知恵のようだ。

 尤もアンリさんが帝都に来るたびに彼らはここで出迎えてくれているようだ。

 わざわざ飛行機横まで車をつけるような派手なことはしないと聞いた。

 俺らは出迎えに来た職員について行き、空港の目立たないところに止めてあった車で皇太子府に向かった。

 僅かな時間の車移動だが、その車内で、俺は重要なことを聞かされた。

「中尉、大変でしたね。来た早々に絡まれて」

「はい、いったい何だったんでしょうね」

「え? ご存じなかったのですか」

「何かありましたの」

「はい、アンリ殿。実は、おとといの事ですが、ゴンドワナ大陸での戦果の情報がもたらされたと発表がなされました。共和国軍人1000人以上の捕虜を確保とありました。その後は、あちこちで大騒ぎですよ。特に中尉の処遇について軍部やら貴族やらからの問い合わせで、こちらもてんやわんやでした。ただでさえ、アンリ殿の報告にあった現地勢力との交渉が始まろうかとしているのに、勘弁してほしいところです。今ではそういった問い合わせの一切をシャットアウトしております。だからなのでしょうね、サクラ閣下たちが帝都に呼ばれたのは。偶然でしょうが、御気の毒に中尉達は巻き込まれた格好ですね」

「そんなことが起こっていたのですか。ひょっとして、その1000人の亡命の件は伝わっているのですか」

「え??? 何ですか。亡命って、ひょっとして前に有った小隊全員の亡命のように大隊全員が亡命なんて冗談は言わないですよね」

「冗談は言わないわよ。……… 事実なのですから」

 車内の空気がアンリさんの言葉で、一瞬で凍った。

「そうですか、まだその情報は来ておりませんでしたか」

「はい、いや、ひょっとしたら殿下などは知っておられるかも。私のような下々にまで降りてないだけかもしれません」

 俺は知らないよ。

 本当に亡命の件は全く知らないからな。

 俺は必死で心の中で言い訳をしていた。

 糞~、本当に俺の隣で涼しい顔をしているアプリコットを見ていると腹が立ってきた。

 でも、ここまで話が大きくなれば巻き込まれないはずはない。

 ざま~、どうせすぐに一蓮托生になるのだ。

 その時に俺の苦労を思い知れ。

 グラスの理不尽とまで言えるような思いも、その後すぐに現実となる。

 二人そろって、ここ帝都で苦労する羽目になるのだから。

 ……

 いや、二人ではなかった。

 今回ばかりはもう一人、哀れな生贄がいたのだ。

 捕虜だったら関係なかったはずなのだが、キャスター少佐たち全員が亡命者となったためにアンリ外交官もこの後キャスター少佐たちのせいで相当苦労することになった。

 この時ばかりではないが、この時に巻き込まれた全員の思いは一緒だった。

 『グラスが悪い』

 ただその思いだけは共通の認識となる。

 彼も時代に巻き込まれただけなのに、不幸になぜか好かれるグラスだった。






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