第258話 帝都に向かう機内で
「落ち着いて、レイラ」
サクラ閣下が既に理性を飛ばしているレイラ大佐をなだめながら近づいてくる。
「お久しぶりです、閣下」
俺の横にいるアンリさんがサクラ閣下に挨拶をしている。
彼女としては、とりあえず気まずくなったこの空気をどうにかしたいのだろう。
一応俺との約束もあるしな。
「久しぶりって、そうね。ここのところ基地では顔を見ていませんでしたね。サカイ大佐もそんなことを言っていましたね」
「はい、グラス中尉が見つけてくれた現地勢力との接触を図っておりました」
「そうでしたの。まあいいわ。私たちには、ここで時間を潰すような贅沢は許されませんからね」
そう言うと、空港の職員を捕まえて訊いている。
「飛行機は、すぐにでも出られますか」
「はい、閣下をお待ちしておりました。乗機次第直ぐにでも出発できます。こちらにどうぞ」
空港職員が俺らを飛行機に案内していく。
「レイラ、落ち着いて。飛行機に乗ってしまえば5時間はどこにも逃げることはできませんよ。久しぶりにゆっくりと、彼との話ができますよ。そうですわよね、グラス中尉」
そう言うと全く感情のこもっていない笑顔を俺に向けてきたサクラ閣下だが、それを見た俺はその場で固まった。
あれほど感情のこもらない笑顔が怖いものだとは思ってもみなかった。
「そうは思いませんかアプリコット少尉」
俺に続き俺の副官であるアプリコットにまで念を押してくる。
彼女はサクラ閣下の問い合わせに只々激しく首を縦に振るだけだ。
完全に俺側の人間でなくなった瞬間だ。
尤も彼女が俺側だったことは少ないのだが。
残る頼みの綱はアンリさんだけだが、彼女は直ぐに顔をそらした。
『私は先ほど空気をやわらげる仕事をしましたよ。これで約束は果たしましたから、もう巻き込まないでね。』と言っているようだ。
俺はこの場から逃げ出す算段を考えたが、俺の後ろをがっちりカバーするようにレイラ大佐が控えている。
横を回って逃げ出せないようにサクラ閣下の反対側にいつのまにかマーガレット副官も控えている。
まるで俺がVIPのように周りを囲まれて飛行機に連れて行かれた。
俺らを乗せた飛行機は、本当に直ぐに滑走を始め離陸した。
上空の水平飛行に入るまでは俺らとサクラ閣下とは離れて座っているので、話を持ち掛けられる事は無かった。
俺の隣に座っているアプリコットもしっかり口を閉じて無言だ。
非常にいたたまれない空気が辺りに漂っている。
俺は隣に座っているアプリコットに話しかけたが、彼女はガン無視を続けている。
『私を巻き込まないで』との意思表示だ。
運命のお話し合いまでは、刻一刻と近づいてくる。
俺の気持ちなど全く忖度なく飛行機は難なく水平飛行に入る。
ここから5時間ばかりはこのままだ。
「中尉、よろしいかしら」
早速サクラ閣下から声がかかる。
俺がぐずぐずしていると、アンリさんから救いに手が入る。
「閣下、よろしければ私もよろしいでしょうか。帝都に着く前に少しお話しておいた方が良いかと思うので」
「そうですね。この先の目途が全く立っていない現状では、外交執行部とも足並みをそろえる必要がありますね」
「「??」」
俺もアンリさんも、サクラからの返事が何を意味するか全く分からなかった。
しかし、アンリさんは先ほど顔をそらせた時とは違い、俺をかばってくれそうだ。
コックピットのすぐ後ろにある要人輸送用スペースにある会議テーブルを囲んで、サクラ閣下の言ういわゆる『お話し合い』が持たれた。
とにかく機内の会議テーブルに座らされて、一番最初に口を切ったのが、明らかにお疲れでかつ、苛立ちを少しも隠そうともしていないサカイ大佐だった。
「私はアンリ外交官殿を尊敬します」
「は? サカイ大佐、何を言っておられるのですか」
「彼女たちの処遇すら決まっておられないのに、更にですからね。それでも、平常心をもってグラスに対応される度量の広さは、正直私も見習わないといけないかと思いました」
「彼女たち?? 誰のことですか」
「え? ほら、亡命を希望していた元共和国軍人のトンプソン少尉たちのことですよ。彼女たちの処遇も正式に決まらないうちに更にですからね。しかも、人数が人数ですよ。その件で呼ばれたのではないのでは」
「え? 何を言っておられますか、サカイ大佐」
「え? ほら、そこのグラスが連れて来たキャスター少佐たち1000名の件ですよ。 まさか全員が全員亡命を希望するなんて、思いもしませんでしたから」
「アンリさん。正直大変でしたのよ。私ども陸軍ではいきなり1000名もの捕虜の扱いには慣れていませんでしたから。今回ばかりはレッドベリー少佐に感謝ですね。海軍では、数は少ないようですがこのような人数の捕虜も扱うそうですよ。今回はクリリン、失礼、レッドベリー少佐の伝手で近くの海軍基地から応援を頂きましたので、どうにかなりましたのよ。やっと、受け入れが終わったかと思ったら、大きな爆弾を頂きましたのよ。まだ全員の取り調べも済んでいないのに、全員が亡命を希望したもので、急遽皇太子府に呼ばれました。アンリさんもその件で呼ばれたのでは」
「は? 聞いていませんよ。中尉、どういうことですか」
「え?? いや。 私はあれからずっとアンリさんと一緒に居ましたよね。アンリさんが聞いていないことを何故私が聞いているのですか。初耳ですよ」
「言い訳は結構です。きちんと説明ください」
アンリさんはそう言うと、先ほどまで並んでサクラ閣下たちと対峙するように俺の隣に座っていたのに席を移動しながら聞いてきた。
え、俺の弁護でここにいるのでは。
何でサクラ閣下たちの側に行くの。
しかも尋問の急先鋒のような位置取りで。
なんで、約束が違う。
「何か言いましたか。言い訳は要りませんから、きちんと説明ください」
「え? お前、アンリ外交官殿とずっと一緒に居たのに何も説明していなかったのか」
「それはあまりだな。アンリさんは何も知らされずに殿下と会うのか」
え、え、ええ~~~
俺が聞きたいよ。
いったいどうなったのか。
キャスター少佐たちを丸投げしたツケが、全部利子をつけて、それも街金の高利貸しどころじゃない利子をつけて返ってきたようだ。
「皆さん。ちょっと待ってください。私は、確かにキャスター少佐たちを保護して連れてきました。 しかし、すぐにローカル勢力の町に帰らないといけなかったので、サカイ大佐にお願いをして、少しも休まずに取って返しました。なので亡命なんて聞いていませんよ」
「責任放棄だな。これは明らかに職務放棄だ。懲罰の対象にすらなりうる行為だと思うが」
「懲罰って、それは無いんじゃないですか。確かにキャスター少佐の保護した状況では、国に帰りづらいとは思っておりました。すでにアンリさん……」
「私が何か」
「いえ、違うアンリさんです。共和国兵士だったトンプソン少尉の件もあり、もしかしたらキャスター少佐の亡命も有りかとは思いましたが、流石に彼女の大隊全員が亡命するなんて誰が考えますか。そんなのを私の責任だなんてありえないでしょう。知りませんよ。だいたい、私は素人軍人ですよ。政治家でもない。そんな上層部の思惑なんか知りません」
「何を言っているのか。お前は、帝国貴族でもあるのだし、何より、独立した中隊指揮官なのだぞ。自分の職責を考えろ」
「え、え、ええ~~~。お、俺は、いや、自分は少し前までは、しがないボイラー修理人ですよ。何をどう間違えたのか分かりませんが、いきなり軍に連れて行かれ部下をつけられただけですよ。そもそも、俺に軍人なんか務まりそうにないことぐらい分かっていましたでしょう」
とにかく一生懸命に自分の処遇の理不尽さを訴えたのだが、全く聞く耳を持っていない。
場所が機内でなければ、その場で正座させられ、周りを取り囲まれてのいじめの始まる雰囲気だった。
小一時間頑張ったが何も成果は無く、孤立無援が続いている。
いや、一つ成果があった。
キャスター少佐たちの捕虜の件についてレイラ大佐から詳しく状況を聞くことができた。
とにかく状況だけは理解した。
そんなことを知っていたなら、絶対に帝都行に同行しなかった。
この先地獄しか見えない。
しかし、今改めて冷静に考えると、国に帰れないのはキャスター少佐だけでないな。
あの時の状況は大隊員全員が武器を取られて軟禁されていたようなものだった。
しかも、幾人かの士官が、敵国人のように、いや、害虫を潰すかのように殺された後だ。
共和国に恨みこそあれ、完全に心酔しているキャスター少佐の決断に付いて行くことくらい想像できた。
しまったな。
あの処理だけでも俺も協力していれば、今のような理不尽な目に合うことなどなかっただろう。
これを後の祭りというのか、後悔先に立たずともいう。
俺はしばらく現実から逃避していた。
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