第257話 出発直前

 俺の同行を半ば強引に決めたアンリさんは、更にぶつぶつ言っている。

「それにしても酷い話だと思いませんか。私だって、決して報告に行かない訳じゃないのに、こちらの調査も完全に済んでいないうちに、報告書だって全くできていないのに帝都に出頭を求めるなんて、殿下も御止めしてくれても良かったのに。今度殿下にお会いしたら文句の一つも言ってやるんだから。しかし、頭に来るわね。一体全体誰の仕業かしら。理由は……そうだわね。私に成果を独り占めされるのを嫌った連中ね。誰だか知らないけれども、本当にいやらしいことしますわね。そう思いませんかグラス中尉」

 え、今俺に同意を求めるの?

 そんなの俺も知らないよ。

「でも、どうしましょうか。もう少し、この町の人たちと相互理解を深めておきたかったのよね。ブツブツ」

「あの~」

「何ですか」

 一人でブツブツ文句を言っていたアンリさんが俺の呼びかけに気が付いた。

「相互理解だけならお手伝いできますが」

「は~。中尉も私と同行して下さらないといけませんよ。 変な理由を付けても逃がしません。 諦めてください。 サクラ閣下の対応は私もお手伝いしますから」

「いや、その件はとうに諦めております。それに帝都に向かわれるのなら私にも考えがあります。何かしらの理由をつけて司令部に行かなければいいだけです。ここから帝都に向かうのなら司令部に行かなくともいけます。幸い俺らの使う飛行場は司令部から離れております。ここから直接飛行場へ向かえば会うことないでしょう。それよりアンリさんのお困りの件ですが、相互理解ならうちの兵士に任せてもらえませんか。口が悪いですが、俺よりも常識はわきまえた連中です。余計なことを言わないようにメリル少尉と、数名の下士官を相互理解の場に出させておけば、少なくともこちらの状況や習慣などは伝わるかと思います。まあ、現場では既に始まっているようですが、多分大丈夫です」

「本当に大丈夫ですか」

「もし、問題が出るとしたら、貴族の方の情報がどこまで伝わるかということだけでしょうね。今は良いですが、いずれここにも帝都から人が来るのでしょう。あのいけ好かない司令部の連中だって、流石はサクラ閣下です。連中をきちんと指導されておりますが、帝都から来る人達の中には……」

「そうですね…… そこの問題もありますね。特に勘違いしている連中をどうにかしないと…… そうですね、その辺りはお任せください。殿下と相談してみます。ここには殿下の許可をもらったものしか入れないようにします。それより、その、お願いできますか」

「お任せください。すぐにメリルを呼びます。彼女と直にご相談ください」

 俺はここから離れるために、士官及び下士官の全員を呼び出した。

 その上で、集まった全員にこれからのことを話した。

「待ってくれ隊長。隊長だけか?帝都に行くのは」

「そうだよ、ここに俺らは残るのか」

「そうだな。考えていなかったが、うん、そうだよ」

「何一人で納得しているのだ。隊長は俺らにきちんと命じないとダメだろう」

「ああ、俺とアプリコットはアンリ外交官と帝都に向かうことになると思う。すぐに戻るつもりだが、ここって不便だろう。2週間は覚悟しておいてくれ。基本は残りの部隊をここに残す。ここは一応最前線だ。この町を守る部隊が必要だ」

「え、無理だろう。敵の部隊が来たら俺らだけでは難しいぞ」

「そうだよ、前のように大隊が来たらひとたまりもないぞ」

「戦車なんか来たらそれこそどうなるか」

「その辺りは多分大丈夫だ。俺が危惧しているのは偵察部隊だけだな。小隊規模か、中隊規模は無いかな」

「そんなの何故わかる?」

「俺のいない間と云うか、この町を発見してから海軍さんに空からの偵察を頼んでいる。大隊規模なら確実に発見できるし、大隊規模の移動は酷く時間がかかる。発見後ここから逃げてもいいし、基地から応援を頼んでも間に合う。安心したか」

「で、俺らの移動だが、山猫と別に一個小隊を護衛につける。ちょうど良い訓練になるだろう」

「私の部隊をつけます」

「いや、メリル少尉には別件を頼みたい。ジーナ、悪いが君の隊をつける。ジーナなら、基地からここまで一人で帰れるだろう。それに山猫もいるし、安心して任せられる。怖いのは配下の兵士たちの迷子だ。それだけは気を付けてほしい」

 俺はメリルに相互理解についてアンリさんと相談してほしいと頼んだ後、移動や警戒について山猫さんたちと話し合った。

 ここの守りは、基本陸戦隊1個小隊が担う。

 残りの2個小隊は警備と訓練、それに基地の整備に当たることになる。

 ジーナや山猫も俺らを飛行場まで送ればすぐに戻すので、4日か遅くとも5日もあれば戻ってこれる。

 この時の俺は高をくくっていた。

 まさかあれほど帝都で足を止められるとは思ってもみなかった。

 帝都からの指示は可及的速やかとあるので、俺は準備ができ次第、この町を出発した。

 いつも使っている車両とトラック3台での移動だ。

 ここから俺らが基地を置いている場所まで1日半で着くことができた。

 ここではおやっさんの部隊がまだ色々と遊んでいた……もとい、工事をしていた。

 この辺りにも恒久的な基地を作っているようだ。

 今回ばかりはサカイ大佐にも見つかりたくない。

 比較的俺には友好的だったサカイ大佐でも、今度ばかりは俺に対して思うところがあるらしい。

 俺のせいじゃないとは思うが、捕まれば有無を言わさずにサクラ閣下やレイラ大佐のところまで連行される。

 幸いおやっさんの処は俺に対して友好的だ。

 なにせ色々とおもちゃを提供してきたものだから、今度も新たなおもちゃを期待しているようなのが気になるが、今度ばかりはこれが幸いしたのだ。

 俺はここから無線で飛行場に輸送機の手配をアンリ外交官の名で依頼しておいた。

 ちょうど定期便が今飛行場に来ているという話だったので、それに乗せてもらえることになった。

 ほとんどここで休まずに俺らは飛行場に向かった。

「やれやれ、うまくいったな」

「本当に基地によらなくても良かったのですか。いやですよ、後でレイラ大佐から叱られるのは」

「大丈夫だろ。殿下からの指示は最優先だ。アンリさんも俺らをかばってくれると約束も貰っている」

「かばえるかどうかは分かりませんよ。私は軍人じゃないし、サクラ閣下の方が今の地位的にも上位ですから」

「多分、大丈夫じゃないかな……」

 車は半日ばかり走って飛行場に到着した。

「俺らはここまでだな。隊長帰りはどうするね」

「帰りか、大丈夫じゃないかな。いざという時にはおやっさんにでも車を出してもらうわ」

「俺のいない間、基地をよろしくな。指揮権はメリルに預けてあるが、いざとなったらよろしくな。絶対に無理はするな。いざとなったら、直ぐにでも逃げろ。これは命令だ」

「隊長、前と言っていることが違うぞ」

「ああ、上から偵察を頻繁にしてもらえるので、いざというのが無い筈なのは分かっているが、それでも心配なんだよ。もしもって時もあるだろう」

「そうだな。俺らはそのもしもばかりをしてきたしな。 敵にも隊長のような変わり者が居ないとも限らない。わかったよ、そのいざって時があったらみんなを守り切ってみせるよ」

「助かる。が、メーリカさんも死んではだめだよ。『みんなを守って自分は』っていうのは無しだよ」

「それこそ大丈夫だ。私の柄じゃないしね。任せておいて」

 俺は飛行場の前でメーリカさん達と別れた。

 これなら基地を出発して4日もあればメーリカさん達は戻れる。

 まずはひとまず安心かな。

「グラス中尉。すぐに出発できるのですわよね」

「はい、すでに輸送機が待機しているはずです。俺らを待って出発することになっております」

「それなら参りましょ」

 飛行場の建屋に入り、入り口付近にある受付に要件を伝えた。

「グラスだけど、アンリ外交官をお連れした。すぐにでも出発できるのか」

「いえ、もう少しかかるかと思います」

「何故? 電話では到着次第すぐにでも発てると聞いていたが」

「はい、電話ではご一緒に到着されるかと思っておりました。まさか別々に来られるとは想定しておりませんでした。その方たちが到着次第、直ぐにでも発ちますのでお許しください」

 え?

 誰を待っているの?

 俺は非常に嫌な予感しかしなかった。

 すると、外が騒がしくなった。

 ちょうど建屋前に車列が到着したようだ。

 中央付近の少しばかり立派な車の扉が開き中から人が下りてきた。

「やはりここにいたか、グ~ラ~ス~」

 え? なに、非常に怒っているような声が聞こえてきた。







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