第256話 帝都からのお呼び出し
その後もアンリ外交官と町長との会議は続いた。
既に両者で新たな国を作ることでは合意を得ていたので、この会議ではもっぱら両者の相互理解を深めていた。
お互いに両者の相違点を探していくえらく地味な作業をしている。
俺も、会議には参加をさせられているので、アンリさんの横で、あくびをかみ殺すことが仕事になっていた。
元々この大陸にいる人たちも前帝国からの移住者たちの末裔だ。
歴史を振り返ると前の帝国末期にあまりに酷い国の有様を嫌って、国を出た者たちがあった。
この集団は大きく分類すると二つの流れがある。
国の圧政に耐えかねたことまでは同じであったが、まず一つ目は、その圧政に耐え兼ね蜂起した民衆たちだ。
その蜂起した民衆を束ねていた一団が陸伝いに逃げ出して南下したのが今の共和国を作り今の帝国と対峙している。
この集団は、陛下や貴族の圧政に対して蜂起した者の末裔のために貴族社会を酷く恨んでいるのが特徴だ。
もう一つの集団がここゴンドワナ大陸に船で逃げ出した者たちの末裔だ。
陸を歩いて逃げ出したのとは違って船団を組織しての逃亡劇だ。
只の民衆ができることじゃない。
船を動かすにはとにかく金がかかる。
また、船団を組織して目的を達成するにはそれなりに資質や能力も要求される。
お分かりのように集団を率いたのは、只の民衆じゃない。
この者たちを率いたのは、帝都から離れた場所に開拓団を率いた騎士爵、それにとにかく船を大量に保有できるくらいの資金力があった辺境伯の一部だ。
民たちに対して良心的な貴族に率いられ、この地に流れて来た者たちの末裔が
ゴンドワナに住む人たちなのだ。
そのために、この大陸にいる民衆は共和国と違って、貴族社会に対しての必要以上の敵愾心は無い。
なにせ、ご先祖様たちはその良識ある貴族たちに助けられてここまで来たものなのだから。
しかし、帝国に対しては一部思うところを持つ者もいるのも確かだ。
この地での生活は決して楽なものだったはずはない。
苦労して今まで生きてきたのだ。
今の帝国とは直接関係は無いが、帝国をよく思わない者がいても不思議はない。
だからこそ相互理解の必要があるのだ。
こういった話は帝国にいる限りでは、知りうる話じゃない。
俺の知っている歴史には絶対に出てこない。
とにかく前帝国末期は混乱をきたし、その混乱を苦労の末治めたのが今の皇帝の初代様と聞いている。
初代陛下の偉業は教わるが、それ以外についてはとにかく混乱していた社会ではなかなか情報が残らないし、帝国臣民に教える必要性もほとんどない。
なので、混乱をきたす帝国から民衆を率いて疎開させた貴族が居たことなぞ初耳だった。
尤も帝国のアカデミーでは昨今、古書の解析からその可能性を指摘している者もいるそうだ。
アカデミーで学んでいたアンリさんは知っていた。
流石アンリさんは博識だ。
帝国の高級貴族の家に生まれただけではなく、アカデミーでの自己研鑽もしっかりしていたのだろう。
とにかくこういった歴史にも造詣が深い。
なので、この町に伝わる伝説と帝国初期の話などのつながりを完全に理解していた。
民衆の持つ感情や習慣などの違いを、この会議で明確にしている。
相互理解の作業が済めば、いよいよ国創りにかかれるという話だ。
その相互理解のために費やされる間、俺は会議を時々抜け出して、自身の部隊を管理していく。
俺はきちんと町長に文書で許可を得てから、河原横の高台に我らの基地を建設している。
流石に4km四方の基地は俺でもやりすぎと反省しているので、今回は無難に300m四方の駐屯基地を作っている。
既に河原にはログハウスの営舎もあるので、基地建設は急ぐ必要が無い。
5つある小隊を交代で、建設に充てている。
陸戦隊の小隊と、訓練中の小隊一つペアにして、常に付近の警戒に当たらせ、残りの3つの小隊を基地建設に使っている。
なので、本来やる事のない俺の中隊は結構忙しい。
尤もその忙しさは俺の趣味に由来するのだが、周りからの反対の声は出ていない。
仕事があることは良いことらしい。
俺は趣味に走れる、それも横から茶々を入れる連中がいないとなれば、しかもだ、急ぐ必要が無いとなれば、リアル版シムシ●ィーだ。
河原にある営舎横に最初に作らせたのが、炭焼き施設だ。
これは飲み水の確保や下水処理に使う炭を得るためだ。
そう、この施設を作った時に思い出したのが、レンガ作りだった。
幸いなことに河原には豊富にレンガを作れそうな粘土があった。
俺は迷わず、レンガ作りを始めさせた。
結構メーリカさん達もこの作業が好きだったようで、嬉々として作業をしていた。
駐屯基地予定地の整地作業が済んだら、司令部を置く建屋を前に作ったレンガ屋敷の5倍の大きさで作り始めた。
同時に基地周辺を囲う壁も今度はレンガで作っている。
どんどん基地作りが楽しくなってきていたら、師団司令部からの伝令がありがたくない文書を携えやってきた。
「中尉、皇太子府からアンリ外交官宛ての文書をお持ちしました」
「へ? 何で」
「私には理由は分かりかねます。これをどうぞ」
相変わらず気の利かない司令部だな。
まあ、今回は俺宛てでないのが救いか。
俺はその文書を預かり、伝令と別れた。
会議室では相変わらず、いや、今では町長だけでなく、町の有力者も混じっての会議中だ。
相互理解の作業なので、理にかなってはいるが、流石に町長以外に司令部からの文書についてここでアンリさんに話す訳にはいかない。
「アンリ2等外交官殿。ただいま司令部からの伝令がアンリ外交官殿あての文書を持ってまいりました。別室での開封を願います」
「どこから?あ、ここではそうですね。まいりましょう」
俺と連れだって隣室に入り文書を受け取った。
アンリさんは文書を開封後すぐに大声を上げて俺にその文書を突っ返してきた。
時間にして僅かだ。
俺なら数行読んだくらいしか時間がかからずにアンリさんは怒り出していた。
「何なのよ~」
え?
これって外交文書だよね。
皇太子府からって言っていたけど、俺が読んでもいいものなのか。
て云うか俺は読みたくはない。
絶対これって面倒ごとだよね。
俺は外交執行部所属でもないし、知り合いだってアンリさんしかいない。
それに俺の臆病な心の叫びが俺に訴えてくる。
『絶対に関わるな。これは危険だ。』
俺がもたもたしていると、アンリさんはさらに怒って、俺に言ってきた。
「何しているのよ。中尉もこれに書かれている内容は酷いとは思わない」
「え、俺が読んでもいいのか」
「え、何を言ってますの。中尉だって、関係が大ありでしょ。読まなけれないけない内容よ」
俺は渋々、本当に渋々受け取った文書を読み始めた。
なんだこれは。
なんだかよく分からないけど帝都の季節の様子がかかれているような。
しかも非常にわかりにくい、
これは暗号か。
暗号なら俺は読めないぞ。
とにかく書かれている文章を読み進めていく。
「え、まだ読めていないの。え、え、え。何で最初のページを読んでいるのよ」
「は???」
「こんな貴族の寄こす文書は最後の一行だけ読めばいいのよ。最後に要件を書くために家格に沿った挨拶から始まるから、急ぎの時には最後だけ読めば良いのよ。あ、急ぎと言ったけど、相手を貶める意図が無ければほとんど読まないわね。害意があるときにだけ、文中の表現で不適切な部分を探して色々とやりますが、そうでない限り最初の挨拶は必要がありませんのよ」
「え~~~」
貴族社会恐るべし。
流石にアンリさんは誇張して教えてくれているのだろうけど、俺には無縁の世界だ。
だって、絶対に俺にはできない芸当だ。
俺はアンリさんに言われた通り、紙をめくり最後の一行を読んでみた。
しかし内容はよくわからない。
『ガーラントの花をめでながら森の中での人の営みなどを話題にお茶でもしたいですね』
全く意味が分からない。
どうやらお茶会のお誘いのような気がするが、それが何でこの糞忙しいここに来るのだ。
これって本当に殿下からか、いや皇太子府から本当に出されたものなのか。
外地にいる外交官をお茶に呼び出すなんて明らかに非常識だろう。
俺が顔いっぱいに???マークを出しているとアンリさんが呆れたような納得したような顔で教えてくれた。
「これは私の呼び出し状です。しかも可及的速やかにと書かれています」
「え、そんなのどこに書かれているのですか。呼び出し状って、もしかしてこの部分に書かれている『お茶をしたい』といった部分ですか」
「そうです。それも今咲いているだろうガーラントの花が枯れないうちにとありますから、可及的速やかにとありますね」
そんな暗号俺に分かるはずないよ。
「皇太子府からの暗号ですか」
「暗号? そんなわけないでしょ。これは私たちの良く使われる言い回しですよ。しかし、皇太子府からというのは怪しいですね。流石に殿下からの命令書なら、それなりの命令文書で送ってくるはず。これは他からですね。貴族院の誰かあたりでしょうか。でも、私の呼び出しには殿下も了承しているのでしょうね。でないと皇太府から文書が発行されるはずないからね」
そんなの誰が見たってわからないよ。
絶対暗号だよ。
本当に貴族社会は暗号が飛び交う世界なんだな。
「分かりました。山猫辺りを護衛につけますので、直ぐにでも基地にお送りいたします」
「は? 何を言っていらっしゃるのですか。中尉も帝都までご一緒ですよ」
「わ、私も同行ですか。できればここに暫くは居たいのですが。正直、今は基地には近寄りたくは無いのです」
「あ、そうですね。キャスター少佐たち捕虜の件がありましたわね。あんなに大勢お連れして、サクラさんには相当恨まれていますわね。でも、この件はグラス中尉に同行してもらわないといけませんね。かわいそうですが、ご一緒願います」
絶対に同情なんかしていないアンリさんが有無を言わさずに俺に命じてくる。
この段階で俺には選択肢が残されていないことを理解した。
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