第255話 英雄という名の絶滅危惧種
国を作ることで町長が納得してくれてからが大変だった。
今までの交渉は、交渉の入り口にすら入っていなかった。
アンリさんは、町長とじっくり国の在り方について話し合う。
それを、俺は直ぐ傍でただ見ているだけだ。
交渉はそこから1週間に及んだ。
途中、といってもアンリさん達を連れて来た翌日には積み込みが終わったと、おやっさんたちが町を離れ基地に帰っていったのを見送ったくらいで、他はずっと会議に出席だ。
この一週間は、本当にトピックと言えるような事が無く、俺にとっては地獄のような時間だけが過ぎて行った。
なにせやる事が無いのに、ここに居なければならない。
居眠りなどしようものなら、それこそ本当の意味での外交問題となってしまう。
要らない緊張感だけがある時間を過ごしていた。
俺の連れて来た部下たちは、キャスター少佐の大隊が駐屯していた河原に、町長から許可を得て、営舎を作り始めている。
俺が言わなくともせっせと基地を作り始めた。
なんだか俺らってアリのようなものだなと思えてしまう。
どこかに連れていかれれば、その場で巣作りを始める虫のようだ。
しかし俺には、こんな会議に出席せず、営舎などを作っている方が断然いいのに、俺だけが仲間外れだ。
いや、生真面目なアプリコットだけが俺の傍にいる。
秘書の役割を演じている訳じゃ無く、俺が仕出かさないかの監視をしている気がしてならないのが気になる。
決して彼女はそう言わないが、本当にどんなものかな。
アプリコットがこの場にいるのなら俺を解放してくれても良さそうなのだが、前にアンリ外交官に相談してみたが、簡単に却下された。
二重の意味で居る必要があるのだとか。
帝国貴族としての会議の権威付けと、部隊責任者としての役割が今は必要だとか。
そう説明されても、それならアプリコットだけで十分だと思うのだが、そうもいかないそうだ。
絶対この部隊の実質的責任者はメーリカさんとアプリコットが握っているようなものだと常々感じているし、アプリコットも貴族出身だし、そこにジーナを呼べば十分な気がする。
そもそも帝都に対してのアピールなら議事録だけの参加もありのような気がする。
サインだけならいかようにもするけど、真面目さんばかりだと融通が利かない。
今日も今日とて朝から会議だ。
それにしても町長も良く飽きないよな。
自身の安全がかかっているから飽きようが無いのか。
それもそうだ。
俺がこの会議に出席していて、唯一の成果というか、わかったことがあった。
この町はこの周辺の中心的役割をしているようだ。
国こそないが、付近の10の村とこの町とで、住人の数に応じて兵士を捻出して付近の守りをしていたとか。
マリーさん率いる女性だけの部隊も10ある村の出身だとか。
ついでに言うと、その10の村には今サカイ連隊が基地を置いている共和国に無残にも滅ぼされた村も入る。
マリーさん達の出身はその村の隣に位置していたのだが、前の氷河湖決壊により大きな被害にあったそうだ。
そのためマリーさんはサリーちゃんを連れてあの村にまで来てから、村の知人にサリーちゃんを預けてこの町に来たといっていた。
なので、町長からの話と俺らが持つ情報から考えると、この町の勢力に入る村は8つとなる。氷河湖の決壊による被害を受けた村が現在どうなっているかは、ここにいるメンバーの誰一人も確認しておらず、分からないとも聞いたので、今は数に入れていない。
どちらにしても、全ての村々を回って村長たちを一度ここに集める必要がありそうだ。
いずれ俺らにその村々を回る仕事が回ってくるだろうが、今は考えないようにする。
幸いと言っていいのか、ある程度営舎ができた今日になって、俺の留守番していた部隊全員がここにやって来た。
当面の俺らの仕事はこの町を共和国からの攻撃から守るという名目の付近の偵察任務になる。
少しでも早く俺の部下たちを使えるように鍛えておかないと、それこそここが俺らの墓場になる。
前はジャングルに連れて来れるまでの技能が無かったので、足手まといを置いてきたのだが、そういつまでもそうは言っていられない。
俺は251名の部下を預かる中隊長だ。
当然各方面から中隊としての成果を期待される。
いやそれ以上の成果を期待されている。
何せ俺は英雄と云う生き物らしい。
帝国では、この訳の分からない殆ど絶滅危惧種への扱いが、一般の能力を100倍以上掛けることをしてから、その計算された能力分の仕事をさせるらしい。
となると20000名以上の部隊での成果を期待される。
いったい何なんだ、その英雄と云う生き物は。
まあ、俺の愚痴は良いか。
とにかく、現有戦力をもってこの町を死守することが求められているそうだ。
留守番としてひよこたちを預けていたメリル少尉がサクラ閣下から持たされたありがたい命令書にそのように書かれていた。
しかもだ、その命令書には、とりあえずと書いてある。
この『とりあえず』の意味することはあれしかない。
俺もブラックと言われる職場にいたからよくわかる。
きっかけを与えて、更に派生する仕事全部を丸投げするときに使われる言葉だ。
当然もたらされた命令書の意味することは、『更に仕事があるからよろしくね』ってところだろうか。
アプリコットもこの命令書を読んで眉間にしわを寄せていた。
彼女もいい加減大人の世界を理解したようで、この命令書の意味することを正確に理解したようだ。
後は、クレーマー対応を覚えれば完璧かな。
何が完璧かは置いておいて、今日はあの会議は無い。
なので俺の今日の予定は、集まったひよこさんたちに自分たちのお家を作るように指導する。
俺はアプリコットを連れてあの河原に向かった。
河原に出たら、居るわいるわ、ひよこさんたち。
新兵と軍歴2年未満のルーキーだけで200名。
そこに旧山猫さんたちが、牧羊犬のようにひよこさんたちの周りを忙しそうに回りながら集団を維持している。
「メリル少尉、ご苦労だったね。大変だったでしょう」
え?
それを今私に言うのかって感じの目を俺に向け静かに答えてくる。
「正直隊長を恨みましたよ。私も軍歴こそ短いですけど、あのような扱いは聞いたことがありませんでした。その私に新兵ばかり200名はいじめかと思いました。周りの協力も得られましたので、どうにかジャングルを移動できるまでにはしましたが、まだ使い物にはなっておりません。まさか、私にそこまでの要求はしていませんでしたよね」
「俺は何も考えていないから現状をそのまま受け入れるが、上はどう考えているのかな。俺はいつもそんな感じの命令しか受けていなかったしね」
メリル少尉は俺の回答を聞いて驚いていた。
「本当なのアプリコット」
「不本意ながら……」
「は~~~」
「でも、君が持って来た命令書には従わないといけないよな。悪いがあいつらを50名の4つのグループに分けてくれ。できるのなら同じレベルになるようにしてくれると嬉しいかな」
またまた俺の声を聴いて驚いていた。
「え?中隊長、それって、もしかして……」
「ああ、君がしていた苦労を君の後輩にも少し分けてあげようかと」
「中尉、それは流石に」
俺の話を聞いたアプリコットが驚いたように俺に聞いてきた。
彼女は流石に言葉を飲み込んだが、あのひよこたちだけで50名からなる小隊編成は無理だと思ったようだ。
尤もこの意見にはメリル少尉も同様で、驚いている。
「前に一度編成しただろう。今回の探査で一時的に解除したけど、ここでもう一度あの編成で組もうかと思う。どちらにしても俺らには初めから選択肢などなかったんだよ」
「前とはさすがに条件が違いすぎます。前は基地内での任務でしたので、失敗も織り込み済みでしたが、ここでの失敗はそのまま」
「死につながる。まあそうだよな。だから死なないようにするしかないけど。あ、それから前とは少しばかり変えるぞ」
「は? どのように」
「前は一応ベテランの山猫さんたちを混ぜていたけど、ここにはそんな贅沢はできない。よって、本当にあいつらだけで小隊編成をする。今回は山猫のスティアとドミニクは外してその代わりにジーナとメリル少尉に小隊長をお願いしたい」
「それこそ無理なのでは」
「俺も無理だとは思うけど司令部の連中がやれと言っている以上やるしかないよな。 どだい初めから無理しか言ってこない連中だ。軍歴が明けたら張り倒したいよ、本当に、も~~」
「連中には何を伝えますか」
「死にたくなかったら、死なないようにすることだと伝えてくれ。とにかく報連相の徹底と、俺はともかく山猫や陸戦隊の先輩諸氏の言うことに真摯に取り組めと伝えてくれ。俺にはそれしか言えないよ」
「中尉はともかくというセリフを伝える必要がありますかね」
最後のセリフにアプリコットが呆れていたのはいつもの通りだ。
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