第252話 混ぜるな危険
アプリコットの叱責を受け、俺は素直に黙った。
それを見て、マキアさんが話を続けた。
「上が今一番恐れているのが、その……隊長とおやっさんとの暴走です。お二人が混ざって暴走することを一番恐れております。そうなればどこまで被害が出るか…… お二人の暴走はもはや陛下でも止められないだろうと。だから、私を拝みながら頭を下げて頼まれました。『くれぐれも隊長をおやっさんに近づけないでくれ』と。また、シバ大尉は『混ぜるな危険』とも言っておりました。基地内では、ある程度コントロールができますが、いったん基地を離れると、それも最前線で敵に向き合ってだと、どうなるかわからないので絶対に近づけないでほしいと言っておられました。お願いですから、おやっさんにちょっかいだけは掛けないでください。私が命じられたことですので、お願いします」
「ああ、なるほどね。分かったよ、安心おし。私が近づけないように見張っておくから」
「しかし、流石おやっさんの部下だね。うまい喩えだ。『混ぜるな危険』か、まさにその通りだと思う」
「そうですね。私たちは先の町解放の時に、おやっさんが傍にいなかったことの幸運を神に祈らないといけませんね。もし、あの場におやっさんが居たらと考えると、どうなった事やら」
一緒に話を聞いていたアンリさんまでもが加わってきた。
「いい加減にやめた方がいいわよ。流石にそれ以上は上官侮辱になりませんか。少なくとも貴族相手の不敬になりますわよ。中尉は男爵様なのですから。…… マキアさんだっけ、大丈夫です。グラス中尉にはそんな時間はありませんよ。私について交渉の席に付いてもらいますから安心してください。でも確かに私も父から聞いたことがありますね。帝国で技術畑の神様に近い扱いを受けていらっしゃるサカキ大佐ですが、若い頃には周りを巻き込んで色々とあったようですね。サクラ閣下のお父様がそれを上手にコントロールしていたようですよ。そのおかげもあってか、その時代にサクラ閣下のお父様はかなりの力をお付けになったとか聞いたことがあります。でも、今の中尉ほど帝国全土を巻き込むようなことまではしていないはずですが、お二人が一緒に絡むと、ちょっとばかり興味も出ますね。下手をすると帝国が吹き飛んでしまうかもしれませんね。やはり、私はそんな冒険はしたくはありませんね」
………
アンリ外交官のセリフを聞いてみんなが一斉に絶句していた。
「あら、私ったら…… 自分で言っておいて、失礼」
「オイオイ、そんな大げさな」
俺は自己弁護に掛かろうとしたが、すぐさまその弁護も否定された。
「確かにそうだね。隊長既に大きいのをやらかしたばかりだよね」
「まだ、キャスター少佐と部下の捕虜の処理も済んでいないし、下手をすると本国もまだ知らないのでは。もし知ったら、また大騒ぎになるよ」
「間違いないね。でも良かったよね。そんな大騒ぎから離れることができて。私たち、逃げている訳じゃないしね。怒られないよね」
「多分、多分ですけど、レイラ大佐からのは無いかと思いますよ」
「それなら安心だね」
「でも確実に恨みは買いますよね。絶対に、この件に関わる人たちからは恨みを買いますね」
「「「は~~~」」」
車内全員のため息は何故なのかグラスには理解できていない。
◇◇◇◇
一方居留地では、今まさにサクラが到着するところだった。
サカイ大佐たち連隊の首脳陣が出迎えのために整列している前にサクラを乗せた車は止まった。
「やはりいませんね」
「チッ」
マーガレットの言葉を受けてサクラは思わず舌打ちをしていた。
「グラス中尉は、ご自身の中隊の一部と…… サカキ連隊長を伴って件の町に出発しております。この件は既に無線で報告を受けております」
事情を全く理解していない当番兵の一人が説明を入れた。
「何をやっているの。私たちは仕事で来ているのよ」とイライラを隠そうともしないでレイラ大佐が車を降りた。
それに続くように全員が車を降りて、サカイ大佐の前に出向いた。
「お待ちしておりました、閣下」
「サカイ大佐、出迎えご苦労様」
「話はおおよそ聞いているが、詳しく聞きたいのだが」
「は、準備はできております。こちらにお入りください」
「既にあちらにキャスター少佐も待たせております」
サカイ大佐の部下たちがサクラたち一同を居留地最大の建物の中に案内する。
ここはグラスが自身の思いを込めて作ったかなり素敵なバルコニーまであるあの建物だ。
完成とほぼ同時にアンリ外交官にその場所を奪われたような格好で追い出されたのだが、この処置はサクラたち首脳陣からすれば『ざま~』って感じだろう。
逸れた話を戻して、サクラたちは建物の中にある広い部屋に入った。
そこには、グラスが保護してきたキャスター少佐や彼女の部下数名が待機していた。
サクラは彼女たちを見つけ挨拶を交わした。
「お久しぶりです、キャスター少佐。このような再会は流石に想像もつきませんでしたが、まずはあなたが無事の再会をお喜びします」
「閣下、お久しぶりです。軍人としては大変情けない話ですが、捕虜としての再会、今の私は何ら不満はありません。できますことなら、前回同様の丁寧な扱いを私の部下たちにも望みます」
「非礼にならない対応をお約束します」
サクラとキャスター少佐の会話を受けマーガレットが補足説明を始めた。
「本国の指示が出るまで、あなた方全員をこの居留地に保護いたします。いきなり千名の受け入れだったもので、流石に準備が整っておりませんが、あなた方共和国兵士の協力をいただければ、直ぐにでも営舎を準備します。営舎につきましては、すでに帝国に亡命を希望しております共和国兵士の者と同じものを用意することをお約束いたします」
「あなた方共和国兵士の方には色々とお聞きしなければならないことがありますので、しばらくは何度も同じ話をお伺いすることになります。ご協力をお願いします」
情報収集の責任者であるレイラ大佐がキャスター少佐やその部下たちに、「これから尋問するけどいいよね」って感じで聞いている。
当然彼らも了承するしかないことは理解しているので、そのまま快諾していた。
「では、キャスター少佐。お話は後程お伺いしますので、いったん私は席を離れます。後のことはそこのレイラの指示に従ってください。レイラ大佐。よろしくお願いします」
「了解しました、閣下」
「サカイ大佐。 報告を聞きたいので、どこかゆっくりと話せる場所はあるか」
「ではこちらにどうぞ。アンリ外交官が使われております応接室がございます」
サカイはそう言うとサクラを隣にあるグラスの隊長室用に準備した部屋に案内した。
本来なら、副官や秘書官も同席しての聞き取りになるのだが、流石にいきなりの大人数を受け入れ最中なので、二人をレイラに付け手伝わせた。
なので報告を受けるのは、サカイと二人きりとなる。
部屋に入ると、公人としての装いを二人ともいきなり脱ぎ捨て、花園連隊当時のような口ぶりで話し始めた。
「ど、どういうことなの。グラスからきちんと説明を受けているわよね」
「ブル隊長。説明を受けているけど、理解できるかどうかは別問題ですよ。そんなの分かっていたことじゃないですか」
「いいから、ナターシャの分かっている範囲で説明して頂戴」
サカイは先ほど受けた説明をできる限り再現してサクラに伝えた。
……
……
二人の間にしばしの沈黙があった後、サクラが叫んだ。
「何なの。ちっともわからないわよ。どういうことなの」
「ブル隊長、落ち着いてください。いいですか、私も同じなのです。わけわからない。今に始まった訳じゃないですが、あいつのやる事に理解が及びませんよ。そんなことできるの、この基地じゃおやっさんくらいじゃないですか」
「そうだ、それも聞きたかったのよ。何でおじさまも一緒にあいつと出かけたのよ」
「おやっさんがいきなり『出かけるわ』とだけ言って出て行ってしまいましたから。私には御止めすることなんてできませんよ。命令しようにも、あちらの方が先任ですし」
「あの二人を外に出して大丈夫かしら」
「はい、その辺りをおやっさんの部下たちがとても心配して、シノブ少佐はシバ大尉を同行させました。『決して二人を近づけるな』と少佐に念を押されての同行でしたから、彼の働きに期待しましょう」
「それしかないわね。あ、そうそう、捕虜はあれで全員なの。怪我人とかいなかったのかしら」
「あれ、報告しませんでしたか。ここにいるのはグラスが保護したキャスター少佐の部隊だけですよ。例の大統領直属の士官たちなら基地の方に連れて行って監禁しております」
「え??」
「もっとも、また例のように全員が…その…股間にけがを負っておりますが……」
……
……
……
またしてもしばしの沈黙の後、今まで聞いたこともないような大声でサクラは叫んだ。
「レイラ~~~。大変よ~。すぐに敵の捕虜のところに行ってちょうだい」
急に辺りが一斉に騒がしくなった。
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