建国

第253話 始まる外交交渉

 居留地周辺がどんなに修羅場と化しているかは全く関知せずに、グラスたちはジャングルの中を進んでいく。

 何度も通っただけのことはあり、前に1週間かかった道のりもわずか二日で町の見えるところまで来ていた。

 ここで最後の休憩に入る。

 俺は、町に先触れを出すために、マリーさんにお願いしにおやっさんの方に向かった……わずか二歩ほど足を進めただけで、周りから羽交い絞めに遭う。

 なんですかこのデジャブ感、前に経験したような。

「な、何ですか。俺はまだ何もしていないぞ」

「まだ、……そうですね、中尉には何か仕出かしている認識があるようで安心しました」

「今おやっさんの方に行こうとしましたよね。あれほどお願いをしているというのに。この世を破滅させたいというのですか」

「は、破滅とは大げさな。俺は魔王かと言いたいよ」

「まだ魔王様の方が可愛げがあります。少なくとも次に何をしたいのかだけは予測がつきますから。で、中尉は何をしに行こうとしたのですか」

「え、いや、ほれ、あ、マリーさんに町に先触れに行ってもらいたいかなっと思っただけだよ。マリーさんは、サリーちゃんたちとおやっさんの車に乗っていたしね。決しておやっさんにちょっかいを掛けたいなんか思ってもいないよ。それだけは天地神明に誓って宣言できる」

 周りが大げさな対応を取るものだから、俺の言い様も大げさになっている。

「そうですね。先触れは必要ですね」

「そ、それなら私が行ってきます」

 アプリコットとの会話を聞いていたジーナが名乗り出てくれた。

「ジーナ、すみませんが頼みます。あそこの軽車両を使ってください。あ、護衛も連れて行ってね」

 アプリコットが俺の指示を待たずにジーナに頼んでいる。

 ジーナは周りの兵士数名を連れて走っていった。

「いいですか中尉。今だけはサカキ大佐との接触をできる限り避けてください。それがこの隊の安全にかかわります」

「安全って、いったい何が危険だというのか」

「いいですね、中尉」

 俺の反論は聞いてもくれない。

 すぐにエンジン音が聞こえ、2台の軽車両がマリーや町長の息子を乗せて町の方に走り出していく。

 マリーさんはポロンさんも先触れに連れて行ったようだ。

 あぶれたサリーがこちらにやって来る。

「隊長さん、私あぶれてしまったようで今度はこっちに乗ってもいいですか」

「構わないけど、シバ大尉たちが寂しがるね」

「アハハハ」

 俺はサリーの乗車を許して、今度は休憩中の隊全員に向かって大声で話を始めた。

「おい、聞いてくれ。ここから町まではあと少しだ。今先触れを出したので、ここであと30分は休憩してから出発することになる。それまで各自食事などを済ませておくように。町に着いたらすぐに仕事に掛かってもらう。いいな」

「「「ハイ」」」

 付近の兵士から元気な返事が聞こえた。

 30分の休憩なんかあっという間に過ぎていく。

 全員を車に乗せて町に向け出発した。

 小一時間で町の入り口に到着した。

 そこにはジーナをはじめ先触れに向かったメンバーに加えて町長と、この町に残していった部隊の責任者であるローラ少尉まで控えていた。

 俺らは彼らの待つ町の入り口で一旦車列を止め、車から降りた。

「町長、お出迎え頂きありがとうございます。お約束していた外交官をお連れいたしましたので、これからは何事でも交渉できます。一旦部下たちを落ち着かせましたら、ご紹介いたします」

「ああ、構わない。それにしても早かったな。もう少しかかるかと思っていたぞ」

「はい、この町のことにつきましては、我々にとって最重要項目になります。なにせ敵、共和国ですがそれに襲われておりますし、早急に我らとしても態勢を整えていきたいと思っております」

「では、前に打ち合わせした屋敷で待てばいいかな」

「そうしていただけますと助かります」

 門前で簡単な挨拶を済ませて、俺は町長たちと別れた。

 この場には我々帝国人しかいない。

 そこで俺はローラ少尉やおやっさんに話を付けなければならない。

 流石にここまできて俺とおやっさんを近づけない訳にはいかないだろう。

 それでも周りに異様な緊張が漂うのはどうにかならないものかな。

「おやっさん」

「お、何だあんちゃん」

「ローラ少尉に案内させますので、戦車等の車両の輸送をお願いします」

「おお、任せておけ。それよりあんちゃんはすぐに帰れるのか」

「いえ、アンリ外交官に付き添わないといけませんので、ここでおやっさんとお別れになります」

「そうか、では俺は、準備ができ次第帰還すればいいわけだな」

「そうですね。長く基地を空けておくわけにはいかないでしょうしね。さもないとサクラ閣下の血圧も上がりそうですし」

「そんなことあるか。お嬢はあれでタフな精神を持っている。少々のことではへこたれないが、まあ、早く会えるに越した事は無いかな。基地の方でも相変わらず仕事の種は尽きないしな」

「そうですね。まあおやっさんならサクラ閣下に怒られる事は無いでしょうしね。では、ローラ少尉」

「は、何ですか中尉」

「俺の持つ指揮権をサカキ大佐に移譲する。おやっさんに付いて基地まで護衛を頼む」

「は、ローラ以下小隊はサカキ大佐の指揮下に入ります」

「そういうことで頼みます。あと、預かっているキャスター少佐の大隊の武器も引き取っていってください。詳しいことはそこのローラ少尉が知っております」

「分かった。おいシバ、直ぐにローラのお嬢に付いてその武器とやらを回収してこい」

「分かりました。では、頼めますかローラ少尉」

「シバ大尉、こちらです」

「グラス中尉、それともヘルツモドキ男爵とお呼びしましょうか」

 やばい、なんだかアンリさんが少し怖い。

 くだらないことで待たせていることを怒っているようだ。

「皮肉はよしてください。なんですかアンリ2等外交官殿」

「私たちも行きましょうか。 私たちの戦場、外交交渉の場に」とアンリさんに引っ張られるように俺らが確保している屋敷に向かった。

 俺は移動中にジーナを捕まえて、おやっさんたちの物資の積み込みに付いて手伝うように頼んだ。

 前に町長と交渉した部屋にアンリさんを伴って入っていく。

 流石に数日経過していたので、そこらにあった血痕はすっかりきれいに取り除かれている。

 この場で人が死んだことなどなかったかのようにきれいになっていた。

「すっかり清掃が済んでいるのだな」

「なんでも町民たちが総出で町をきれいにした時にここも綺麗にしてもらったと聞いております」

「後で、町長にお礼でも言わないといけないか」

「いいえ、ここは私たちの物じゃないので構わないかと。町長の善意でここを使わせてもらっているだけですので」

「となると、最初の交渉は交渉場所の確保からか」

 部屋では既に町長がマリーさんと並んで待っていた。

「お待たせしました。改めてご紹介させてください。こちらにいるのがわが国のここでの外交を司ることになる2等外交官のアンリです。アンリさん、先ほど門前で挨拶を交わしましたが、こちらがこの町の町長殿です。マリーさんの紹介は良いですよね」

「はい、マリーさんとはわが国の基地できちんとお話をさせて頂きました。あ、失礼しました町長殿。私が帝国行政執行部および皇太子府から派遣されました、アンリ・ゴットと申します。これ以降、この町との交渉は私が行います。これは帝国皇帝より預かっております全権委任状になります。使いまわしになり礼を失するかと思いますが、他でも使用するためお渡しする訳にはいきませんが、内容をご確認ください」

「いや、 何、そのようなものを見せられても……」

 町長はいきなりのことで面食らっているようだ。

 そこで俺の方から助け船を出す。

「町長、いきなり帝国の作法を押し付けるようで恐縮なのですが、ここは様式美と捉え、内容をお読みください。もし帝国の文字が読めないようでしたら代読しますが」

「いや、我らとてご先祖様はあなた方のいる帝国だと聞いております。かなり昔に国が荒れた時に国を出て海を渡ってきたのが我らで、陸伝いに南下したのが今の共和国と聞いております。ですので、文字は大丈夫です。尤も識字率はあなた方の国よりは低いとは思いますが、ここにいる者たちは全員大丈夫です」と言って町長は全権委任状を受け取り一読して、マリーさんに手渡した。

 それを受け取りマリーさんも一読した後俺にその書状を手渡してきた。

 俺はそれを丁寧に受け取り、アンリさんに返した。

 一連の儀式を終え、交渉が始まる。

 最初は、この町の現状の確認からだ。

「すみませんが、交渉に先立ち現状の確認から始めさせてください」

 アンリさんのこの言葉から交渉が始まった。






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