第250話 賭けの行方

 サクラに呼ばれて部屋に入ってきたマーガレットも、予想通りに顔を青くしてわずかに体を震わせている。

「あなたも報告を聞いているのね」

 サクラの問いかけに、今まで辛うじて封じ込めていた感情が湧きだしてきたかのように口早にわめきだした。

「閣下、ありえません。あんな報告など無視をすればいいのです。絶対にありえません。これは敵の謀略です。きっとそうです。あのグラスも敵の手先です。そうでなければ考えられません」

 いくら混乱しているとはいえ、決して口にしてはいけないようなセリフを次から次に吐き出してくる。

 これを聞いて、やっと自分の仕事を思い出したのか、サクラは自身が落ち着いてくるのを感じていた。

「マーガレット。とにかく落ち着きなさい。本当かどうかは、この後自分の目で確かめればいいだけです。今は落ち着いて仕事をするだけです」

 サクラの語りかけに、どうにか自分を取り戻せたようで、徐々に落ち着いてきた。

 まだ体を震わせ、ありえない事実に恐怖すら感じながら副官としての仕事を始めた。

「取り乱してすみません、閣下。お呼びとのことでしたが、御用は何でしょうか」

「あなたが取り乱すのを見るのは初めてかしら。初陣から見てきましたが、ここまで取り乱すようなことをしでかすグラス中尉は、ある意味大物ですね。その大物の成果を確認しない訳には行きません。これから居留地に行って現状の確認と受け入れをします。基地を少なくとも数日離れますので、その準備をしなさい。急ぎ案件だけでもすぐに持ってきて」

「畏まりました」

「あ、あなたの仕事も片すのよ。一緒に来てもらいます」

 マーガレットが部屋を出ようとした時、部屋の扉をノックする音が聞こえた。

「クリリンです」

「どうぞ」

 海軍の陸戦隊からサクラの秘書官として着任しているクリリン少佐が入ってきた。

 手には、かなりの量の書類を抱え、急ぎの決済を求めてきたのだ。

「あら、クリリン少佐。あなたはやけに落ち着いておりますね。まさか知らないと言う訳ではないのでしょう」

「知らない?あ、グラス中尉のお連れしている捕虜の件ですね。その件での急ぎ案件が発生しております。今朝から、その対応で事務方は大忙しです。しかし、なぜか今日だけは、その事務方の仕事のスピードが落ちており、少々難儀しております。本来補給担当辺りから上がる仕事なのでしょうが、そういった事情から私がお持ちしました」

 クリリンの対応に真っ先の驚いたのがマーガレットだ。

「しょ、少佐。あの捕虜の数を聞いても驚かないのでしょうか」

「マーガレット大尉。私も初めに聞いた時には驚きましたね。数からいって巡洋艦辺りを鹵獲したかのような数ですから。海軍でもそうはありえないくらいの快挙です。グラス中尉もまた勲章ですね」

「「え??」」

 二人の反応はグラス程ではないが珍しい物を見る目でクリリンを見ている。

 クリリンがサクラに書類を手渡し、承認を貰う僅かの間に、クリリンが海軍での常識について説明していた。

 割とあるのは駆逐艦1隻を巡洋艦数隻からなる戦隊などで包囲した時など、戦闘を放棄してそのまま鹵獲されることがあるのだそうだ。

 その場合、駆逐艦の乗組員約100名~200名の捕虜が出ることも珍しくもない。

 グラス中尉の今回のケースも同様に考えていたとか。

 まあ、それでも1000名ともなると巡洋艦クラスまでになるので、早々はありえない。

 それでも全くないとは言えないので、クリリン少佐は純粋にグラス中尉の快挙を驚きながら喜んでいた。

 今回も海軍と陸軍とでグラスに対する評価に違いが出た。

「そ、そうなの。分かりました、ありがとう。あなた位落ち着いていたら大丈夫ね。私たちはこの後居留地に向かいます。貴方にこの基地の指揮を任せます」と言ってサクラはクリリンが持ってきた急ぎ案件の承認を済ませた書類をクリリンに返してきた。

「分かりました。基地の留守はお任せください」

 事務方が使い物にならない今は、少しでも時間が惜しいとこぼしながら、書類を受け取るとクリリンはすぐに部屋から出ていった。

 それを追いかけるようにマーガレットも部屋から出ていった。

 サクラは一人残された自身の部屋で、少しばかりの時間を得た。

 1時間ばかりした後、レイラが引き継ぎを終え、サクラを呼びに師団長室に入っていった。

「ブル、レイラだ。入るぞ」と言いながら師団長室の扉を開け、固まった。

 レイラの後から、出発の準備を整えたマーガレットがやってきて、二人の様子を見た後に、叫びながらレイラを部屋に入れすぐに扉を閉めた。

 鍵まで掛ける念の入れようだ。

「閣下、何をなさっておいでなのです」

 固まりが解けたのかレイラも続けて怒鳴っている。

「ブル、気でも触れたか。いいからすぐに服を着ろ」

 師団長室内では下着姿のサクラが逆立ちをしていた。

 レイラの一言で、サクラは逆立ちを辞め、服を着だした。

 その横で、手伝いをしながらマーガレットが理由を聞いている。

「ど、どうしたのですか」

「いや、何」

 恥ずかしそうにしながらサクラはぽつぽつと訳を話し始めた。

「さっきレイラに、賭けに勝ったと祝われたのだが、どうにも納得がいかないのだ。あの賭けは完全に私の負けだ。しかし、約束通りに裸で基地内を回る訳にもいかないだろう。私は別に構わないのだが、色々と問題にされそうだしな」

「当たり前だ。気でも触れたかと直ぐに入院させられるぞ。それにここは花園連隊とは違う。男も居るのだ。少しは常識をわきまえろ」

「だから誰もいないこの部屋で逆立ちをしていたのだ。でも、これからは不用意に賭けなどしないことを誓うよ」

「当たり前だ。で、すぐにでも出発できるのか」

「はい、準備ができたことを知らせに参りました」

「分かった」と言ってサクラは電話を取ってクリリンに基地の指揮権を渡して部屋を出た。

 一方居留地にて、今ちょうどグラスの車列がどんどん入ってくるところだ。

 トラックで30台以上の車列は、この辺りではそう見られるものではない。

 車列の先頭を走っているグラスの乗る車だけが居留地入り口付近に作られている、あのテラスのある建物の前に進み、残りのトラックはどんどん奥の広場に順番に並べて停車していく。

 十分な広さを持ったはずの広場ではあったが、トラックの車列から降りてくる共和国兵士たちでごった返して、非常に狭苦しく見えてくる。

 そんな感想を持って眺めていると、車はテラス前に停車した。

 テラスには既におやっさんと、やや疲れた表情を浮かべているサカイ大佐、それに訳も分からないのだが、明らかにご立腹の表情を隠すことなく俺のことをにらんでいるアンリ2等外交官が待っている。

 俺は降りる寸前に、周りにいる人に向かって聞いてみた。

「アンリさんが相当怒っているようだが理由の判る人はいるかな」

 車内にいる全員が俺と視線を合わさずに「「「さ~~?」」」っていうような仕草で首を横に振っている。

 俺は後ろにいるアプリコットに追い出されるように外に出た。

「捕虜多数を保護したため、一時的に帰投しました」

「うむ、ご苦労。詳細の報告は中で聞こうか」

「え、この後すぐにでも町に戻りませんと時間が」

 俺がお偉いさん達に挨拶していると、ここでやっとキャスター少佐が俺の隣にやってきた。

「そうだ、詳細につきましてはここに居るキャスター少佐にお聞きください」

「「な?」」

「そんな訳にいくか」

「中尉、何をおっしゃるのですか」

 キャスター少佐とサカイ大佐が目を点にして俺に抗議してくるが、おやっさんだけは違った。

 そんな会話をしていると、後ろの方からサリーたちの方に走り出してきた人が居た。

「な、なんなんだ。あれを止めろ」

 一瞬周りは大騒ぎに成りかけ、それを俺が止めた。

「お待ちください。彼女はサリーの姉と思われる現地の兵士のマリーです」

 そのマリーさんの後ろからもう一人がゆっくりと歩いている。

「彼も現地人か」

「はい、彼もそうです。彼は町の長の息子で、事前にこちらを知りたいという希望から、マリーの配下となることでお連れしました」

「中尉殿。そんな人をお連れしてそのままとはいきませんね。私も少し彼らとお話をしたいと思います」

「そう言う事なら、お前からの話は私が聞こう」

 俺は耳を掴まれ建屋の中に無理やり連れていかれる。

「アプリコット。悪いがアンリさんの面倒を宜しく。それとキャスター少佐。すみませんがご一緒願います」

 それを言うのがやっとの状況で、有無を言わさずに連れていかれた。

 結局キャスター少佐はおやっさんが中に案内してくれた。

 俺の後ろからサカイ大佐の副官の大声が聞こえてくる。

「捕虜を一か所に集めろ。受け入れを始める」







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