第249話 無線の封鎖解除

「隊長、帰投予測時間が2時間を切りました」

「は?」

「ですから……」

「隊長、もうすぐ基地に帰れますよって」

「は~、判った」

「分かったじゃありませんよ。ただいまより無線の封鎖を解除します。よろしいですね、中尉」

「え? 何??」

 この後、いつものごとくアプリコットのお小言と一緒に説明があった。

 その間に、アプリコットの宣言と同時に無線機の前の兵士は無線のスイッチを入れ、付近の電波の探査をしていた。

 こんな辺鄙な場所でなければ、特に前線の傍であれば、無線機から各部隊間のやり取りなどが聞こえてくる。

 また、ラジオ放送なども拾え、ある程度の情報が得られるものだが、ここジャングルでは、辺りをうろちょろしているのが俺たちだけなので、無線機からはノイズくらいしか聞こえてこない。

 当然、味方の基地からの電波もこちらから発信しないと有る訳は無く、時折聞こえてくるザザザと言うノイズ音くらいだ。

 アプリコットのお小言が一段落したあたりで、俺が彼女に聞いてみた。

「この辺りで、基地に一報入れた方がいいかな。でないと、ほら、何時ぞやの二の舞どころか、今度は本当に攻撃されるかもしれないよ。だって、共和国兵士をこんなに沢山連れているから、誤解されないとも限らない」

 俺の問いに、アプリコットも思うところがあるのか、やや歯切れが悪いが、同意してくれた。

 俺は彼女の同意を取り付けて、無線のマイクを取ろうと手を伸ばした段階で、はたと手を止めた。

 そういえば、ごく最近こんな場面があったな。

 俺が無線連絡を取ろうとしていた時に周りから一斉に羽交い絞めにされたことを思い出した。

 俺がおっかなびっくり周りを見渡しているとメーリカさんが笑いながら言ってきた。

「隊長、何を恐れているかおおよそ見当がつくが、今は大丈夫だよ。さすがに敵のすぐそばで無線を発信されると、それも平文ではまずいだろうが、ここからならまず問題ないね。だから、封鎖も解除されているんだよ。それより、無線なしで味方に攻撃される方が怖いから、すぐにでも連絡を入れておいて欲しいかな」

 俺はメーリカさんの言葉に安心して、無線機のマイクを取った。

「ハローCQCQって、これ古いか、もしもし」

「隊長それなんだよ」

 俺の呼びかけに周りが呆れていたが、アプリコットだけはすぐさま俺からマイクをもぎ取り、基地に呼び掛けていた。

「こちらジャングル探索中のグラス中隊。隊長付き副官のアプリコット。応答願います」

「こちら前線基地司令室。少尉からの無線を受信しました。感度問題無し。どうぞ」

「中隊帰投予測時間、2時間の位置にあります。多数捕虜を連れておりますので、各部に通知願います。どうぞ」

「事前に司令部より連絡を頂いております。帰投の件、了解しました。どうぞ」

 アプリコットの帰投連絡だけで無線が切られそうになっていたので、今度は俺が彼女からマイクをもぎ取った。

「あ、グラス中隊の隊長をしているグラスだが、悪いが、そこからおやっさんを呼び出せるかな。あ、ここでどうぞとかいうのか」

「おやっさんですか……あ、サカキ連隊長殿ですね。大丈夫ですが、少々お時間を頂きたのですが。どうぞ」

「時間?そうだよね、あのおやっさんが無線の傍でじっとして居る訳ないよね。わかったけど、どうすればいい」

 ………

 こちらから無線の発信権を渡すための合図を送っていないので、気まずい沈黙が流れる。

 無線担当の兵士が気を利かせ、俺のマイクから小声で「どうぞ」とだけ言った。

「グラス中尉、済みませんでした。了解しました。こちらから無線を発信しますので、そのままお待ちください。どうぞ」

 無線兵士が今度は俺に向かって「他に基地に言う事がありますか」と聞いてきたので、俺はただ首を横に振った。

 すると無線兵士が、基地に対して「このまま受信待機でお待ちしております。

 以上」と言って無線通信をいったん終えた。

 5分と掛からずに車内の無線機からこちらを呼ぶ声が聞こえてきた。

「こちら前線基地司令室、グラス中尉、応答願います」

「こちらグラス中隊司令車。中尉と変わります。どうぞ」と無線兵士からマイクを渡された。

「グラスです」

 すると向こうもマイクをおやっさんに渡したのか、おやっさんの声が聞こえてきた。

「オ~、あんちゃんか。元気そうだな」

 そこから無線のルールなんかない会話が続く。

「基地のおもりを代わって頂きありがとうございます。もうじき帰れそうですので、帰りましたら警戒を解いてくださっても構わないかと」

「もう大丈夫そうなのか」

「はい、共和国兵士を沢山保護しましたので、これ以上の敵さんは居ないのでは。まあ、この辺りに他の敵兵士は見当たらないので大丈夫です」

「オ~、聞いているぞ。何でも中隊規模の捕虜を連れているとか。そのまま居留地行きか」

「はい、基地には寄らず、居留地に入ります。あそこならお仲間もいますしね。保護した連中を預けたら、アンリ外交官を連れてすぐに戻ります」

「分かったが、俺に話ってそれだけか」

「いえ、ここからが本題ですが、お願いがありまして」

「お願い?なんだそりゃ~?」

「整備兵を4~5人ばかりお借りできないかと」

「あんちゃんのところに預けた奴じゃ不満か」

「いえ、彼女にはいつも大変お世話になっており、感謝しております。

 不満などこれっぽっちもありません。

 ただ、今回ばかりは彼女だけでは荷が重いというか……向こうで共和国兵士を保護した時に、一緒にあちらさんの武器もたくさん鹵獲したんですが、その中に戦車や自走砲がありまして、運ぶのに念のための整備兵が欲しくてお願いしました」

「そんな状況ならわかるわな。よし、シゲの所でも出すか。…… そういえば、先ほどあんちゃんはこの基地の警戒を解除すると言っていたな」

「私にそんな権限ありましたっけ。まあ、もう必要はないと思います」

「なら大丈夫だ。よし、わしが行こう。な~~に、俺の所の若いのを4~5人ばかり連れて行くよ。ちょうど今鍛えている生きが良いのがいるしな。楽しみにしていろ。それで、必要なものはあるか」

「整備に必要な工具くらいですか。幸い鹵獲した時に燃料を始め物資をしこたま頂きましたので、そのあたりは大丈夫です」

「そうか、それじゃ俺は若いのを呼んで来れば良い訳だな。で、どこにいる。居留地に行くならそこで待つとするか」

「そうしてください。 共和国の皆さんは直接向かわせますが、私はサカイ大佐に一応の報告を入れてから向かいます」

「それなら、俺がサカイの嬢ちゃんを居留地に連れて行くよ。その方が無駄がない」

「そうして頂けますか。感謝します。 あ、あまり関係ないかもしれませんが保護した共和国の皆さんは、以前に基地にいたキャスター少佐率いる歩兵大隊の方です。規模からいってほぼ大隊になるかとキャスター少佐が言っていましたので、ついでを頼んでは申し訳ないのですが、大隊規模で野営のテントを準備させておいてもらえますか」

「それは、また剛毅だな。わかった。サカイに頼んでおこう」

「ありがとうございます。では居留地でお待ちしております」

 俺とおやっさんとの会話にはどこにも緊張感など感じさせるところが無かったのか、周りで聞いていた連中はあきれてよいのかどうして良いのかわからないような顔をしていた。

 でも、先の会話で、捕虜の扱いを丸投げすることを頼んでいたことだけは一応に評価してくれた。

 誰もこの後にある事務仕事というよりも、レイラ大佐との『お話し合い』を恐れての事だった。

 所変わって、この辺りで唯一の師団司令部の一室に、今まさに真っ青な顔をしたレイラ大佐が入っていく。

「ブル、報告が入ったので持ってきた」

「どうしたのレイラ。顔が青いよ。調子でも悪くした」

「この報告を聞けば誰でもそうなる。それより、おめでとうブル」

 ちっともおめでたくない顔をしながらレイラはサクラにお祝いの言葉を言っている。

「ちっともおめでたくなさそうに言われてもね。何なの、そのお祝いは」

「ブルが先日していた賭けだ。今しがたサカキ大佐の所から連絡が入った。グラスがもうじき帰ってくるらしい。尤もすぐに引き返すそうだから、この基地には来ないそうだ」

「それで、……あ、捕虜の件ね。人数が分かったの。絶対に中隊ってありえないわよ。で、何人なの、あいつが連れてくる捕虜って」

「千人」

「は?何人だって」

「千人よ」

「ごめん、レイラ。もう少しはっきり言って。何をもったいぶるのよ」

「だから、あいつが連れている共和国兵士は約千人だそうだ。ブルが賭けをしていた中隊の規模じゃなかった。正確には以前捕虜としていたキャスター少佐が率いる歩兵一個大隊だそうだ。報告によると、一部士官を除くほぼ丸々そのままの大隊だそうだ。今、サカイ大佐が受け入れの準備に奔走しているとも聞いている」

「あ、ありえないでしょ。何をバカなことを」

「落ち着け、ブル。いいか、グラスだけなら何を言っても信じられないが、今最前線にいる連隊長の二人が、その規模の捕虜の受け入れで動いているのは事実だ」

「ど、どこの世界にそんなことが許されるというのよ。は~、は~、いいわ、千人どんとこい。でも、受け入れなんかできないでしょ。どこで受け入れるというのよ。どうするつもりよ。だいたい、どこの国でも、いきなり連れてこられた捕虜千人を受け入れられるっていうのよ。帝国内でも無理でしょ。あいつはどうするつもりで……。は~~~」

「落ち着いてよく聞いてくれ。どうもそれができる場所があるというのだ」

「ありえないでしょ。いったいどこのあるというの。そのまま船にでも乗せ共和国に送り返すというの」

「それも悪くは無いだろうが、それ以上の場所がここジャングルにはある」

「ま、ま、まさか、それは人道的にも、そもそも条約違反よ」

「ブルが何を言わんとしているかは分かるが、ジャングルに放置なんかしないわよ」

「それじゃ、どこにあるというのよ」

「居留地」

「は?」

「2㎞四方の居留地がサカイ連隊基地に併設されてある。四方は完全に壁に囲まれ、監視所も整備されている。もっともこの監視所は中の監視用ではなく外からの敵に対して準備されたものだそうだが、これ以上の場所はない。今、サカイ大佐が、その居留地に野営テントを準備させている」

「す、すぐに向かうわよ」

「落ち着け、ブル。すぐに向かうのは賛成だが、今ここで私らが向かったら、ここにはしばらくは司令部に帰れないだろうから、その準備だけでもさせてくれ。後で迎えに来る。ブルも準備しておいた方がいい。今から向かったら、今日中には帰れないからな」

「わ、判ったわ。マーガレット!すぐに来て頂戴。話があるの」

 サクラは大声で隣室にいるはずのマーガレット副官を呼んだ。






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