第242話 狂気の始まり

 案内されたそこは、この町一番の立派な屋敷の前だった。

 黒軍服の彼らがこの町に来た時に、この町の町長の屋敷を無理やり取り上げ、そこに本部を置いた。

 当然、屋敷にいた町長家族は人質になる。

 普通の人質ならまだ救いがあるのだが、今回はそういうわけには行かなかった。

 女とみれば、それも若く綺麗な女には見境のない連中だ。

 町長屋敷に勤めている女中に最初に襲い掛かり、飽きたら町長の娘も襲っている。

 最初に襲われた女中はその後、兵士に下げ渡されたらしい。

 生きていれば良いが、ほとんど希望がない。

 そんな説明をキャスター少佐から聞いた。

「オイオイ、さっきの説明だと連中がここに来てからまだ数日しか経っていないだろう。

 そこまでするか。どんだけ性豪なんだよ。ほとんどオークだな、いやゴブリンか」

「中尉が何を言っているのか良くは分かりませんが、中尉の云われるように確かに異常かと思います。尤もここまで無軌道できるのも、ジャングルの中だからかと思います。ここなら煩わしい目を気にしないで、ほとんど本能の赴くまま行動しても誰も彼らを戒めることができません」

「あなたがいるのでは。本国に報告すれば、普通ならただでは済まないかと」

「そうですね。ですから、私も飽きられたら部下のように殺されていたでしょう。 一般の兵士からの報告くらいでは、彼らの無軌道を戒めることはできません。 流石に1個大隊を全滅させれば彼らとて無傷とはいかないでしょうから、一般の兵士を武装解除させて、私たち士官と引き離したのでしょう。事が済めば彼らを連れて帰ればよいだけですから。その時には私たちは、反乱か逃亡の嫌疑を課せられ罰せられたと報告されているでしょうね」

「さすがに無理がないか」

「ほとんどの兵士には分かっておりますが、大統領直属という黒服の持つ権力はそれだけ大きいのですよ」

 俺とキャスター少佐が話していると屋敷の周辺を調査していたケートが報告に来た。

「隊長。屋敷の警備は連中だけですね。奴らあれで警備しているつもりなのですかね」と言いながら連中のほうを指さす。

 ここでもお約束のように入り口近くにたむろしている黒い軍服を着た兵士は、ズボンをはいていない。

 そして彼らの傍には全裸に剥かれた女性が数人いる。

 いや、奥にもう一人隠れていたようだ。

 全裸に剥かれた女性の髪を持って引きずりながら戻って来た。

 事が済んだのだろう。

 彼だけはズボンをはいている。

「こいつはもうだめだな。緩すぎてつまらん。それに意識も薄くなってきている、処分するが良いかな」

「そいつならもう楽しんだから、俺は要らね~な」

「しかし、隊長に無断で処分しても大丈夫か」

「何言っている。隊長なら一番最初に楽しんでいただろう。隊長が要らなくなったから俺らに回ってきたんだよ」

「それなら大丈夫か。銃殺か。俺にらしてくれないか」

「いや、俺がる」と言って、そいつは壁に立てかけられている銃を取りに行った。

 目の前で凶行が行われようとしている。

 流石に見ていられない。

 山猫さんたちも同様だった。

「隊長」

 メーリカさんが俺に聞いてくる。

 俺は静かに頷いた。

 すると山猫さんたちは一斉に闇の中に散っていった。

 その直後、女性の悲鳴と微かに大量の液体が流れ出る音だけが聞こえてきた。

 やや遅れて血の匂いが漂ってくる。

 その後、女性たちを連れた山猫さんたちが戻ってきた。

「隊長。悪いが全員その場で殺った」

「銃を使わなかったんだ。上出来だよ。ウップ」 と言って俺は要の中からこみあげてくるものを必死で抑えた。

 俺の様子を見たケートが俺に聞いてきた。

「そういえば初めてかもしれませんね。隊長、大丈夫?」

 キャスター少佐が俺に聞いてきた。

「え、何が初めてですか」

 ニヤニヤしながらメーリカさんが苦しそうにしている俺の代わりに答えてくれた。

「隊長と一緒に行動してから、初めて隊長の命令で人を殺したんだよ。死体だけなら、それこそたくさん見ているのにね。本当に軍人に向かない性格だよね、隊長」

「なにが『ね、隊長』だよ。ああそうだよ、初めてだよ。おかげさまで、あなたたち、いや、黒服を着た軍人さんたちのおかげで沢山の死体を処理させてもらったけど、俺が命じて殺させたのは初めてだ。しかし、いざさせるとなると、これはこれでキツイね。 慣れそうにないな」

「軍人ならやむを得ないかと」

 アプリコットが俺のことを心配してフォローしてくれているのだろう。

 しかし俺に余裕がないためか、皮肉が口から出てしまう。

「ヤダヤダ、これだから軍人という奴は嫌なんだよな。つくづく軍人という職業は嫌になる。いったい誰が好き好んで軍人なんかになりたいと思うのだろうな」

 軍人相手に、それも士官相手に言って良いセリフじゃない。

 少なくとも、帝国は徴兵制を強いていない。

 必然的に軍人全員が自らの志願となってくる。

 唯一、俺という例外を除いてだが。

 当然、普通なら俺の言動は批難囂々ひなんごうごうなところだが、キャスター少佐を除くみんなは俺のことを暖かな目で見て来る。

 『しょうがないな。次からはもう少し工夫しようかな。』って感じの目を向けてくる。

 メーリカさんなんか申し訳なさそうに言い訳してきた。

「隊長。申し訳なかった。でも、余裕が無かったんだ。仕方がなかった。でないと彼女は殺されていたしね。当然、銃を使えば銃声もしたし、安全のためだったんだ」

 一生懸命に言い訳をしてくれるメーリカさんに申し訳なかったと、今度は俺が反省する番だ。

「ごめん。八つ当たりだ。気にするな。それよりも全員が傷一つ追わずに彼女たちの救出に成功したんだ。誇っても良い。俺の方は、素人がこんなところまで来たことが不幸なことなんだし、気にするな。ウップ」

「まだ駄目ですか、隊長」

「さっきよりもだいぶ良くなった。大丈夫だ。それより助けた女性を下がらせ、手隙の連中を集めてくれ。エンジン音が聞こえると同時に乗り込むぞ」

 山猫さんが助けた女性たちを中央の広場まで連れて行った。

 帰りに重機関銃を連れてくる予定だ。

 あちこち制圧に回っていた組も。無事に制圧に成功し、手隙の兵士が集まってくる。

 時計を見ながら、集まった兵士をいくつかの突入口の前に待機させた。

 この突入する組に、助け出した地元の兵士も多数参加していた。

 連携なんかできる筈もないので、地元の兵士は裏口だけに回して好きにさせる。

 幸い、攻撃対象は全員が黒い軍服を着ているので誤射の恐れは少ない。

「しかし、大丈夫なんですかね。連中も参加させて。後で問題になりませんか」

「当然問題にされるだろうね。でも、俺には連中を止める根拠がない」

「は? 根拠?」

「だってそうだろう。ここは現地勢力の町で、帝国の勢力圏の外だ。そこの兵士に対して、俺は命令権を有していないし、何より俺は、友好的に接触を図るように命じられているしね。そうなると、居丈高に彼女たちに命令はできないよね。でないと殿下からの特命違反になる。ならば好きにさせるしかないよね。唯一の救いは、彼女たちが突入するタイミングだけは合わせてくれることかな。そうなるだけで、我々の安全度は格段に上がってくる。しっかり連携できればいいが、そんなのは帝国内だって違う部隊なら難しいのに、今回はそれを望む方がおかしい。なるようになれだ」

 しかし、メーリカさんには俺の意図がバレバレだった。

「隊長はズルいよね。現地勢力にある程度の復讐を許して、キャスター少佐の部下を守ろうとするなんて。それに、連中を殺さないと現地勢力だって今後我々に対して良い感情は抱かないのを見越して彼女たちに殺させて、自分たちの手を汚さなくても良いとまで考えているのでしょう。隊長が嫌なら私たちはできるだけ殺さない方向で対処するけど、彼女たちは無理かな。さっき、良く拘束している兵士を殺さなかったと感心していたけど、やっぱり復讐はしたかったんだよね」

「ああ、玉を蹴り上げただけで済んで、ある意味助かったよ。でも、初めての戦闘になるし、連中は殺されても自業自得だし諦めがつくんじゃないかな」

「連中があきらめるものかね。まあ、私たちは仕事をするだけだけれどもね」

 俺とメーリカさんの会話を聞いていたアプリコットは驚いたように俺の方を見ていた。

 隣にいるキャスター少佐は、全くの理解の外だったようで不思議そうにしていた。

 ケートが俺に時間を知らせてきた。

「隊長、そろそろ時間です」

「ありがとうケート。すみませんが、キャスター少佐はここで俺と一緒に突入時には待機です。 後続の重機関銃を持った部隊が来ましたらご一緒に中に入れますが、いかがしますか」

「すみませんグラス中尉。最後までご一緒させてください」

 話は決まった。

 時間だ。

 中央広場から一斉にエンジンのかかる音が鳴り響き、当然屋敷からはドアや窓をけ破る音が聞こえ、その後悲鳴とも叫び声ともつかない大声が聞こえてきた。

 戦時における狂気が始まった瞬間だ。






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