第243話 最初の5分

 連中が本部を置いている屋敷に一斉に兵士が突入していった。

 通りに面した正面玄関はもとより、裏口も蹴破られ、他にも大きめの窓も破られ、兵士が屋敷内に突入していった。

 俺の傍からもメーリカさんに率いられた山猫さんたちが一斉に正面玄関から屋敷に入っていった。

 突入と同時にあちこちから悲鳴やら叫び声やらが聞こえてくる。

 最初の5分間だ。

 俺は以前教えられていた突入作戦は、突入時の最初の数分で勝負がつくことを思い出していた。

 非常に怖い。

 何が怖いかと言って、俺の命令で部下が死んでしまうかもしれないという現実が目の前で起こっている。

 しかも、俺には何ら力がない。

 部下たちに対して何もしてやることができない。

 俺は怖さから逃げるために、呪文のように『最初の5分間だ』と唱えている。

 時折遠くから銃声も聞こえてくる。

 幸いなことに連発する銃声ではなく、時折単発なものがあちこちから数発聞こえただけだ。

 しかし俺は銃声が聞こえる度に、震えながら呪文を唱えている。

 そんな俺を心配そうにアプリコットが見ている。

 部下をこんなに心配させてはダメだな。

 俺の中の理性は、俺にそう呟いてくるが、本能いや、俺自身が怖いのだ。

 こればかりはどうしようもない。

 そんなときに出てくるのが『最初の5分間だ』という呪文だけだ。

 何分経っただろうか。

 実際には3分と経っていなかったのだが、俺には非常に長く感じた。

 そんなときに屋敷前に重機関銃を装備した車両が2台やって来た。

「中隊長、お待たせしました」

 中央広場前に有った敵の機甲部隊の車両を鹵獲したものだ。

 計画通りに、30分後に始動させ、俺のところにやってきてくれた。

 そう、作戦は計画通り進んでいる。

 2台の車両から一人の軍曹が俺の前まできて報告を入れた。

「中隊長。小隊長の命令により、上番します。分隊指揮権を中隊長にお渡しします」

 指揮権が、中央広場を占拠しているローラ少尉から俺に変わるための儀式のようなものか。

 当然、軍隊における常識など全く持ち合わせていない俺には彼女に合わせて返事ができない。

 しかし、俺の横には常に完璧超人のアプリコットがいる。

 流石に彼女も諦めたように、俺に変わって指揮権の返上を受ける。

「グラス中尉に変わり軍曹の指揮権を私が代理で受け取る。以後、中尉の指揮に従え」

「了解しました」

 彼女が連れてきた1個分隊が一斉に俺に対して敬礼をした。

 アプリコットの肘鉄を食らって我に返る。

 俺は慌てて返礼を返した。

 流石にこのやり取りを非常に驚いた表情でキャスター少佐は見ていた。

「て、帝国ではこんな感じなのですか」

 流石に帝国の名誉が掛かっているのか、ジーナが慌てて否定していた。

「共和国にあの黒服がいるように、帝国でも中尉は特別です。あれは、あくまで中尉だけですので、慣れてください」

 オイオイ、俺はあいつらと同じか、勘弁してくれ。

 それに何、最後に『慣れてくれ』って、何ですか。

 それって、あまりにもあんまりじゃないの。

 俺の心にも余裕が生まれたのかジーナの放った言葉に反応して突っ込みを入れていた。

 尤も心の中で、声には出していなかったのだが。

 いつもの俺とメーリカさんの漫才でなく、今回はジーナとキャスター少佐のやり取りに、アプリコットが一睨みした後、合流した分隊に指示を出した。

「機銃に数人を残し、残りは中尉と一緒に屋敷に入ります。これから、突入した山猫と合流します。あなたたちは私たちと一緒に中尉を護衛しますので、付いて来なさい」

 そう大声で指示を出した後、俺を睨んでくる。

 え、俺、何、何で睨むのかな……

 俺が困っているとジーナが俺を肘で小突いて小声で言ってきた。

「中尉、突入の号令をかけてください」

 あ、そういうことなのね。

 では、僭越ながら私がって、こんなことを言ったらそれこそ怒られそうだ。

「え~と、先に入った山猫の応援にこれから屋敷に入ります。多分、中から何も言ってこないので、制圧は順調かと思いますが、流れ弾などに十分に気を付けてくださいね。では、行きましょう」

 そう言うと、俺は先頭切って屋敷に入っていった。

「た、隊長。危ないですから先頭を行くのは……」

 ジーナが俺の後から文句を言いながら付いてきた。

 俺を追い越したジーナは俺の方を振り返りもせずに壊れた扉から屋敷に入っていった。

 俺もジーナの後に続く。

 それにしてもすごいものだ。

 斧などの破壊道具を使わずに見事に扉を壊していた。

 筋肉ムキムキじゃないのに、どこにこんな力を持っているのかわからない山猫さんたちだ。

 扉は蝶番から見事に吹き飛ばされて屋敷の中に飛んで行った。

 俺は、恐る恐る中を覗いながら屋敷に入っていった。

 俺の後からアプリコットが率いている分隊員も続く。

「お邪魔します」

 俺は何故かそう声を出しながら中に入っていったのだが、それほど大声で言ったわけじゃないのにアプリコットには聞こえたのだろう。

 ものすごい形相で俺のことを睨んでくる。

「わ、わざとじゃないよ。癖なの、癖。他人様のお屋敷に伺う時には、いつもそう声をかけていたものだから、自然に出てきたんだよ。ふざけているわけじゃないよ」

「わかりました。中尉、急がないとジーナに置いて行かれます。メーリカ少尉との合流を急ぎます」

 アプリコットはものすごく不機嫌だ。

 その不機嫌を隠さずに、俺をせかしてくる。

 奥の方からは、まだ戦闘している音だけは聞こえている。

 それも徐々にではあるが弱まっているので、もうすぐここの占拠も終わるだろう。

 少し広めのロビーだろうか、そこに蹲っている黒服の兵士が三人、それに奥で、しかも半裸でおびえている女性が二人、そしてその女性を介護している仲間の兵士がいた。

 黒服の傍にも仲間の兵士がいて、持ち込んでいたロープで縛りあげていた。

「隊長、この部屋は問題無く制圧ができ、私たち以外は直ぐに奥に入っていきました。私たちは後処理中です」

「ご苦労様。俺に構わず作業を続けてくれ。そこの女性たちは大丈夫か」と俺が介護している兵士に声を掛けたら「ひ~~い」っと半裸の女性たちから悲鳴をあげられてしまった。

 これは俺の配慮か足りなかったようだ。

 先ほどまで男どもに乱暴されていたのに、男の俺が近づけば怯えるのも当たり前だ。

「悪い。俺は先行くが、何かあれば声をかけてくれ。何なら一人ここに残そうか」

「いえ、大丈夫です。先に行ってください」

 大丈夫のようだ。

 これ以上彼女たちを怯えさせないように俺は奥に急いだ。

 奥の、多分以前は食堂として使っていた部屋についた。

 どうやらここが敵の本丸のようだ。

 たくさんの黒服が、俺たちの兵士たちに無力化されており、その部屋の隅に、これもまた沢山の半裸、全裸の女性が怯えた表情で集まっていた。

 ケートたち数人が、その女性たちのケアをしている。

 俺を見つけたのか、俺がケートに声を変える前にケートの方から声をかけてきた。

「隊長、この屋敷はほとんど制圧が終わりました。私の知る限り死傷者は出ていませんので安心してくださいね」

「ケート、朗報をありがとう。これで一安心だな。あれ、でもメーリカさんが居ないようだが、どこに行ったか知らないか」

「あ、メーリカさんなら、敵の一人を追って奥に行きましたよ。そこの階段を使って2階に上がりました」

「ありがとう、女性たちを俺のせいでこれ以上怯えさせるのも忍びないので、メーリカさんを追いかけてみるよ。アプリコットやジーナはどうする」

「私は中尉に付いていきます」

「それじゃあ、ジーナ。悪いけど、ここの指揮を頼めるかな。特に保護した女性たちは一か所に集めた方がいいだろう。ロビーだったけか、あそこにも女性は居たし、彼女たちも集めて保護しよう。頼めるかな」

「了解しました。捕虜も集めておきます」

「そうしてもらえると助かるかな。あ、でも女性たちとは離した方がいいかな。捕虜は外にでも出して、機銃の面倒見ている兵士にでも預けておいてくれ。どのみち、前に捕まえた連中と一緒に基地まで運ばないといけないしね」

「了解しました」

 そこで、俺は一緒にここまで来ているキャスター少佐に声をかけた。

「少佐。この後のことですが、どうしますか。私は部下の一人を追って奥に行きますが、付いてきますか」

「はい、見たところ機甲中隊の中隊長の姿が見えませんし、現地兵士の隊長の姿も見えません。多分、一緒に居るのではと思いますので、私も中尉に付いて奥に参ります。よろしいでしょうか」

「分かりました。アプリコット少尉。そういうことだ。キャスター少佐も一緒だそうだ。

 奥に行くとしよう」

「分かりました。分隊、君らも中尉を護衛して奥に行きます」

 アプリコットは指揮下にいる分隊に命じて奥に移動を始めた。







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