第241話 再びの救助
「今、俺が呼ばれたのかな」
「少尉じゃないし、違うんじゃないですかね」
「何そこで漫才しているんですか。真面目に仕事してください」
俺は、メーリカさんとキャスター少佐のこぼした言葉について話していたらアプリコットに怒られた。
流石に救出作戦中では不謹慎であったか。
「まあ、同性同名?のよしみで助けるしかないですか」
「同名? 名前を言っていなかったよな。まあ、初めからそのつもりだろう」
また、気持ちの良い突っ込みをメーリカさんから頂いた。
どうも彼女とは相性が良すぎるのがいけない。
真面目な仕事には不向きだな。
「あ、グラス少尉」
「き、きさまらは何者だ」
キャスター少佐の言葉に続き悪役の黒服士官が怒鳴ってきた。
何を今更とも思わないのだが、絶対にこいつら、俺以上に戦争に対して不真面目な連中だ。
戦争に真面目に取り組まれてもどうかとも思わなくもないが、こいつらのようにアナーキーな振舞には同意しかねる。
まあ、いつものような天誅を食らわせるのだが、ここで指揮官らしく敵の質問には答えよう。
「何者だと聞かれても、正義の味方と答えれば納得がいくかな。聞くまでもなく、格好を見ればわかるだろう。帝国の兵士だよ」
「な、敵だ。貴様ら、ここから生きて帰れると思うなよ」
そういうが早いか、件の指揮官はテーブルに置かれた拳銃に向かって走り出した。
しかし、緩めたベルトのために、履いていたズボンがずり落ちてきてまともに走れない。
軽々と、彼の先を越して拳銃を手にしたアプリコットが彼に銃を向け警告を発した。
「無駄な抵抗をやめてください。あなたを戦時下協定における捕虜として拘束します」
え、この場合例の犯罪行為として逮捕が妥当じゃないか。
いや、前に戦時犯罪者として捕まえた時には、かなり酷い目にあったことだし、臨機応変というやつか。
アプリコットも成長したな。
あいつが銃を取りに戻った行為を戦闘とみなしたんだな。
俺としても、捕虜の方が扱いが良いし、何よりうちの司令部の受けが良いんだな、これが。
俺もアプリコットの判断に乗った。
「あなたには色々と聞かないといけないことがありますが、今はおとなしくしてもらおうか」
「そうはいくか」と言いながら、今度はアプリコットに殴り掛かった。
華奢なアプリコットなら勝ち目があると睨んだのだろう。
この連中を見渡した時に、一番弱そうに見えたのだろうな、悪手なのに。
多分、俺の隊の中では一番の才能を持ち、実力的にもメーリカさんと同等くらいかな。
唯一経験だけが足りないのだから、経験を積めばメーリカさん以上になることは決まったようなものだ。
でないとあいつらがアプリコットに一目も二目も置かないだろう。
あいつらときたら階級だけでは絶対に従わない連中だ。
なにせ俺の方が偉いのに、多分二目半くらいは下に見ている節がある。
自分で言っていて悲しくなるが、見た感じあいつ程度なら、下手をすると拳銃程度のハンディキャップを付けてもアプリコットに対し勝ち目はないだろう。
可哀想。
しかし良かったよ。
俺の方にあいつが突進してこなくて。
もし、あいつが来たら、自信をもって断言できる。
簡単にあいつに拘束されることだろう。
殺される?
ある訳ない。
だって、こういう場合、殺す方が生きて拘束するよりも難しいものだ。
それを簡単に拘束できるのなら、少なくとも普通の軍人なら俺を拘束して逃げる算段を考える筈だ。
まあ、もしこっちに来てもメーリカさん辺りが対処するから酷いことにならないだろう。
ひょっとしたら、メーリカさんなら、一度拘束させて、俺がみじめに命乞いをするのを見てから助けたりして。
ありえそうだからこれ以上考えない方がいい。
そんなくだらないことを考えていたら事態は進行していた。
いや、すでに片付いていた。
アプリコットは銃をメーリカさんに投げ渡し、男の対して組み手で応じた。
当然、決着はあっという間についた。
真面目に戦争をしていない連中と、10年に一度現れるかどうかと言われた天才児との組み手だ。
赤子の手を取るように簡単にアプリコットにあしらわれ、床に押し付けられた。
「く、くそ~~」
相当悔しそうだ。
すると俺の後ろから保護中の女性兵士が俺を超え、件の男の方へ進んで行った。
「マリー隊長はどこですか。知らないとは言わせませんよ」
「マリー。そんな奴は知らんな。あ、隊長とか言ったか。あいつなら今頃政治将校の相手をしているだろうな。さっきここから連れて行かれた。場所は知らん」
そういうと、床に押し付けられている敵の士官は、あきらめたかのように体の力を抜いて大人しくなってきた。
ローカル兵士の彼女は、それを聞くと怒ったかのように、その男に向かって股間を思いっきり蹴り上げた。
当然いつものように聞きなれた悲鳴ともつかない雄たけびを聞いた。
「今度ばかりはアプリコットのおかげで悲鳴を聞かずに済むと思ったのにな」
「彼だけ助かるのも不公平だし、良かったんじゃないの」
俺とメーリカさんとの会話をよそに、アプリコットが青くなっている。
「戦時協定違反になった」
どうも、捕虜虐待になったことを怯えているようだ。
先ほど見せた臨機応変はどこに行ったのか。
俺はアプリコットの肩を優しく叩き慰めた。
「彼に暴行を与えたのは俺等じゃないから協定違反じゃ無いよ。ここの兵士にやられたんじゃ俺等には何も言えないよ。でないと外交問題になるからね」
「え?? それは…」
頭の良いアプリコットには分かったのだろう。
だいたい戦地では後ろ弾もあると聞くくらいだし、これくらいなら問題ないよ。
それに今更のたうち回り苦悩している黒服兵士の数が一人増えた位じゃあ問題ないしね。
「それより、彼女の隊長が心配だな。最悪になる前に助けるぞ」
俺は少しでも情報を集めるべく助けたばかりのキャスター少佐を見た。
彼女は山猫さんたちが近くに散らばっていた上着を羽織らせ、保護されている。
「グラス少尉。本当にあなたが助けに来てくれたんですね」
どうも彼女が呼んでいたのは俺のことだったらしい。
「キャスター少佐でしたっけ。お久しぶりです。あいにくと私は、あなたを助けた行為によって中尉に昇進させて頂きました。ですので、今は中隊長を拝命している中尉です」
「これは、失礼しました、グラス中尉。またあなたに助けられましたね。ありがとう」
「しかし、今回のあなたとの再会も素敵な格好ですが、どうもアバンチュールを楽しめるような気の利いた雰囲気にはなりませんね」
それを聞いた彼女は急に顔を真っ赤にして視線をそらした。
「そうか、彼女は以前隊長が服を剥いで全裸にした女性だったのか。どうりで見た顔だとは思ったのだが」
メーリカさんは今まで気が付かなかったらしい。
それにしても服を剥いで全裸にしたとは失礼だな。
人助けだっただろ。
人助け。
「隊長。漫才は内輪だけにしてください。すみませんでした少佐。あなたも捕虜とさせて頂きます」
「分かりました。何ならここで宣誓をしても良いですが」
「今は時間が惜しいので、協力だけして下さい。 先に彼が言った現地兵士の隊長の行方をお存じですか」
「政治将校に連れて行かれたところは見ております。多分、中隊詰め所用に接収した家ではないでしょうか。良かったら案内します」
「え? そこまで協力していただけますか。それなら是非お願いします」
「あ、あのう、そのう。 外に出る前に服だけでも着させていただけませんか」
「その格好は、もう少し鑑賞していたかった気持ちもありますが協力者に対してその要求はやむを得ませんね。断腸の思いですが、服を着てください」
「本当に何を言い出すのかね。 隊長、女性に対して何でも正直に言えば良いものじゃないですよ。いくら隊長がスケベでも。まずは隊長のヘタレを直すところから始めないとね。そうすれば見せてくれる女性が出てくるかもしれないよ」
「だから、漫才は内輪だけにしてくれと。それに作戦中です。不謹慎です」
アプリコットはお怒り中です。
それに件の現地兵士もいら立ちを見せている。
焦る気持ちもわかるが、ここで焦っても良くない。
戦力は今だに敵の方が大きい。
女性兵士は、それも理解しているので我々には文句は言ってこない。
しかし、いらだった気持ちを床でのたうち回っている男に向けて、もう一度彼の股間を蹴り上げていた。
同じ男としては同情心も無くはないが、これら全ては自業自得だ、あきらめろ。
ここに山猫の二人を残し、散らばっている情報の収集と捕虜の扱いを任せた。
残りはキャスター少佐の案内で外に出た。
時間はまだ20分と経っていない。
次の作戦は戦車の起動と同時に混乱を利用するしかないだろう。
なにせ中隊詰め所だ。
どう少なく見積もっても20人は居ることになる。俺は山猫の一人に中央広場に待機している隊へ伝言を頼んだ。
重機関銃を装備した車両1台をこちらに回してもらうことを。
それも約束の30分を経過した後に。
それまでにはこちら側としても状況を詳しく調べる。
そうこうしているうちに目的の家の前までやってきた。
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