第240話 救出作戦


 只でさえ夜間の作戦は危険を伴う。

 今回はそれ以上の危険があるので、俺はできうる限りの安全策を講じた。

 何より必要なのは、中央広場の無血占拠だ。

 あそこには敵さん最大の戦力がある。

 あそこを無血で押さえることができたのなら、この作戦は半分が成功したのも同然だ。

 俺は中央広場の占拠に向けて持てる戦力全てを注いだ。

 これはギャンブルと言われてもやむを得ないが、俺にはそれしか無い。

 全員で静かに中央広場に向かった。

 今しがた偵察で来た場所なので迷うことはない。

 今回ばかりは俺も少しは格好をつけられる。

 俺が先頭に立ち全員を導いているのだ。

 ジャンヌダルクになったような気がする。

 自分が先頭に立ち、背後に多数の軍人を引き連れての進行だ。

 旗でも持って進めば格好がつくのだが、さすがに夜間の奇襲なので、隠密をもって良しとしないといけない。

 格好をつけて目立ちたい気持ちが無いわけじゃないが、さすがに命は惜しい。

 俺のはしゃぎを横で静かに見つめていたアプリコットが、さすがに少々うざかったのか注意してきた。

 ごめん、調子こいていたわ。

 気持ちを引き締め中央広場に向かった。

 中央広場に着くと、直ぐに広場を囲むように全員を散らせ、付近の警戒を命じた。

 本当に誰もいない。

 敵ばかりか住人も人っ子一人いない。

 罠かと思ったのだが、罠のはずはない。

 少し考えればわかるように、だれに対して罠を張る。

 現地人に対しても意味がなかろう。

 保護した女性の話では、この地は完全に勢力下にあり、現地人兵士も全員が拘束されている。

 反抗するにも、まだ占拠されてからの時間が経っていないので、組織だった反抗もでき無かろう。

 ましてや彼らの敵である我々帝国に対してはまずない。

 我々はまだ、この辺りでは会敵していない。

 なので我々がここに来るとは予想すらされていないはずだ。

 それを考えると、罠を張る意味が無いのだ。

 全く警戒されていなかったので、余計な勘繰りをしてしまったが、ここの連中は本当に警戒というのを知らないらしい。

「隊長、中央広場の占拠が終わりました。引き続き付近の警戒に当たります」

 無事に中央広場を占拠できたとケート少尉から報告が入った。

 鹵獲した戦車や自走砲などを確認していたローラ少尉も報告に近づいてきた。

「中隊長。鹵獲車両を確認しました」

「お、それでどうだった。使えそうかな」

「はい、私の部隊なら問題なく使えますね」

「戦車や重機関銃の弾についてはどうだった」

「その件なのですが、報告があります。戦車を含む武器全般に言えることなのですが、フルで装備されております。また、補給用物資を運ぶトラックにも実弾等がたんまり保管してありました」

「うひょー、それは剛毅だね。連中どこと戦うつもりだったのかな」

「そうですね。軽く一合戦はできる以上の物資を持ってきておりますね。それが我々の基地に向かうとなると、苦戦は覚悟しないといけなかったと思います」

「まあ、我々の使っている基地は、航空隊の支援が得られるから負けることはないだろうけど、奇襲でもされればかなりの被害は出ていたでしょうね」

「ここで押さえられたのはある意味僥倖だったかもしれません」

「でも、そんなに準備していたのに、なぜここに歩哨が一人もいないのかな。連中まじめに戦争する気があるのか」

「そうですね、いくら人手が足りなくとも、大切な重火器ですからね。交代してでも警戒はするのが普通です」

「人手が足りないことは無い筈だ」

「そうだな。情報では、ここに少なくとも一個大隊の歩兵は居る筈なのだが、彼らを使っていないのは不思議だ」

 何やら、ここの状況に不自然さを感じた部下たちが話し始めている。

 確かに不自然さは素人の俺でも感じた。

 俺が恐れている歩兵がいないのだ。

 1000人もの歩兵が見つからないのが怖いけど、とりあえずここの重火器を押さえることができたので、対抗する術もある。

 ここで時間を無用に使っても意味がない。

 次のステップに進むことにした。

「まあ、俺も不自然さは感じるが、罠というわけじゃないだろう。重火器は使えそうなんだよな」

「はい、直ぐにでも使えます」

「それなら、計画通り次の作戦の開始だ。時計を合わせるぞ」

「時計を合わせます。いいですね、10秒前,5,4,3,2,1,0,1,2」

 士官の持つ腕時計の秒針をアプリコットの合図で合わせた。

「今からかっきり30分後にローラ少尉の率いる小隊は戦車及び重機関銃を使えるようにエンジンを掛けて待機してくれ。それ以外は予定通り、救出作戦を開始する。30分を経過後での銃の使用は許可する。自由に使ってくれ。また、それ以前でも身の危険が迫れば俺の許可を待たずに銃の使用を認める。それ以外の者は銃声を聞いた後は時間を待たずに銃の使用を一斉に許可するものとする。ローラ少尉。銃声を聞いたら、30分を待たずにエンジンを掛けてくれ。最後に、時間前の銃の使用だが、身の危険が迫った場合の緊急避難措置だ。できればナイフ等の音を出さない方法で切り抜けてくれることを願う。以上だ。作戦開始」

 そう、我々の作戦は中央広場前に駐車中の敵の戦車等を使って、歩兵一個大隊をけん制するというものだ。

 我々が敵の戦車の存在を恐れたように、歩兵にとって敵の戦車ほど怖い物はないそうだ。

 俺は、兵隊や銃なども怖いが、敵の戦車が怖いのに、今まで味方だった戦車が敵に回ったことによる精神的な負担はどれほどだろうか。

 十分に戦意を削ぐものだ。

 今回の作戦は、自分たちよりも多くの敵兵士の戦意を削いでしまおうというものだ。

 その役割を旧花園の精鋭だけで構成されているローラ小隊にお願いして、残りは監禁されている現地勢力の兵士の救出に向かった。

 俺とは別組のケート准尉も一隊を率いて監禁が予想される建物を目指した。

 入口の前で中の様子を覗い、情報通り下種の黒い軍服を着た連中がお楽しみ最中だ。

 ケートは頭に血が上るのを感じたが、ひと呼吸して、無理やり落ち着かせ、率いた部隊に向かって声をかけた。

「銃を使わなければ、何をしたってかまわない。隊長も言っていたし、連中を懲らしめるよ。

 いいな。突入」

 ケートの号令で、扉をけ破り、一斉に中に入っていった。

 既に数人が乱暴された後で、力なく横たわっている女性たちを上手に避けながらケートは今まさに次の獲物に襲い掛かろうとしている下種に向かって下腹部に強烈なけりを入れた。

 下半身に何も衣服を付けていないその男は、急所に強烈なけりを食らってもんどりをうって唸っている。

「な、何だ。お前たちは何だ」

 ほかの男どもが騒ぎ出した。

 騒いでいる男も、お楽しみ最中でとても戦闘できる状況じゃない。

 しかし、被害女性がいるので、まずは引き離し、下腹部に攻撃を加える。

 もう、二度とお楽しみができないように下腹部への攻撃はお約束のようにしている。

 ケートの部下たちは、見事に仕事をしていく。

 銃は使っていないが、暴れまわるのでかなり音は出ているが、それでも、他からの応援の様子はない。

 外を見張っている兵士が、大丈夫と合図を送る。

 ケートは素早くこの場を占拠して、女性たちを保護していく。

 ケートと一緒に先ほど保護した女性もいるので、彼女にも手伝ってもらい、まだ被害にあっていない女性も、すでに乱暴された女性も保護して回った。

 その間、30分と掛かっていない。

 ケート達以外の組でも大方同じような状況だった。

 ケート達の組では敵味方を問わず死者は出なかったが、他の組では敵に幾人かの戦死者は出たようだ。

 救助中の際には例によってもんどりをうって苦しむ敵を作ったが、完全に制圧した後に一緒に連れて行った保護中の現地兵士によって殺されてしまったと、後になって聞いた。

 相当恨みを買っていたようだ。

 女性なら誰でも彼女たちの気持ちに共感できるので、止めることができなかったと言い訳を聞いたが、俺は聞かなかったことにして、問題化を避けた。

 これを表ざたにすると色々と事が大きくなりすぎる。

 最悪捕虜虐待扱いにされ、軍事法廷で裁かれることにもなりかねないし、何より自業自得といった感情もある。

 俺がただ単にめんどくさかったわけじゃない。

 何より現地勢力と共和国との間の諍いに俺らが巻き込まれただけだから、現地勢力の行動についてはあちらに任せるのが一番だ。

 保護中の兵士のした行為だって。

 保護した覚えはない。

 女性を助けたら、町に案内されただけだ。

 ことがばれた時に、この言い訳が通じるといいな。

 静かだった夜の街がざわついた程度だ。

 ケートが突入した建物と別の蒼草たちが向かっている建物内では、今まさに婦女暴行が行われようとしていた。

「外が騒がしくなってきたな。あいつら騒ぎすぎだ。こっちはもう少し紳士的にするからな」

 特別機動中隊の隊長が下着姿のマーガレット・キャスター少佐に向かって話しかけている。

 そう、以前グラスが保護した共和国の英雄とも呼ばれた女性だ。

 彼女が歩兵大隊を率いてこの地まで来たのだが、遅れてやってきた特別機動中隊の連中にいいようにされ、結局、彼女も連中につかまっているのだ。

 キャスター少佐は恥ずかしさから顔を赤らめてはいるが表情は引き締まり、男のことを睨んでいる。

「少佐。怒っている顔も魅力的だが、その表情は頂けない。せっかくの美人が台無しだ。もう少し良い顔を見せてくれ。君は十分に美人だし、何よりスタイルが良い。尤も、楽しむのには少々薹が立っているがな」

「な…」

 キャスター少佐は16歳で軍の士官学校に入ってから軍一筋の生活を今まで十数年続けてきた。

 そのためか、彼女の性格のためかは不明だが、年頃の少女が経験するような甘い恋愛などは一切経験せず、当然、男性とお付き合いした経験もなかった。

 軍人生活長く続けているので、色々と事件は起こる。

 彼女の上司から何度も乱暴されそうになることが多々あった。

 幸いなことに全て未遂に終わり、今日の今日までこのような衣服をはがされる経験がなかった。

 なので、彼女は男性に白く透き通る様な柔肌を見せた記憶がなく、恥ずかしさと悔しさ、それに憤りを感じていた。

 いよいよ襲われそうになった段階で、彼女は一つのことを思い出した。

 過去一度だけ男性に全裸姿を見られていたことを。

 しかし、その時には今のような憤りや悔しさは感じず、只々恥ずかしさだけだったのを思い出した。

 そう、以前に低体温で死にかけた時に敵である帝国の軍人であるグラス少尉(当時)に助けられた時のことだ。

 彼女は、あの時助けられたことを思い出したのか、思わずグラスに助けを求めるように言葉が出ていた。

「助けて、少尉。グラス少尉、私を助けて」






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