第239話 偵察
俺は集まった兵士たちを前に、これまで入手した情報を開示した。
誰もが戦車の存在に驚き、懸念を示してきた。
大隊規模1000名の歩兵は怖くないのか不思議でならないが、俺は構わずその先の説明を続けた。
とにかく車両関係については、エンジンのかかっていない状態なら怖くないことを説明したら全員が同意してくれた。
しかし、全員が同じ懸念を示してくる。
必ずエンジンの掛からないという事があるのかということだ。
それこそ兵士が乗り込みもすれば、少なくとも数分以内で砲撃を始められないかということだ。
そうなると兵士の乗り込みを阻止するには大隊規模の歩兵が邪魔だということになる。
それ見ろ、やはり歩兵は怖いんじゃないかと、俺は心の中で勝ち誇った。
俺はともかく全員を落ち着かせ、説明を続けた。
「いいか、俺はエンジニア出身だ。おおよそエンジンというものについては君たちより熟知しているつもりだ。なので、落ち着いて俺の説明を聞いてほしい」
ここで俺はみんなが落ち着くのを待った。
先に説明をしておいたメーリカさんが声を上げた。
「いいか、ともかく頼りない隊長の説明を聞こうじゃないか」
メーリカさん、『頼りない』は今必要ですか。
確かに甲斐性が無いのは理解しておりますが……
ここで凹んでいてもしょうがない。
せっかくメーリカさんがみんなを落ち着かせてくれたんだ。
説明を続けよう。
「エンジンというものは、吸気と排気が無いと動かない。これはみんなが知っていると思う。簡単にエンジンを動かせない方法としては、このどちらかを邪魔すればいいだけだ」
「隊長。それってどういうことだ。もっとわかるように説明してくれ」
ケートが俺に聞いてきた。
「簡単に言うと、戦車のマフラーに何かを詰めれば、それだけでエンジンは掛からない。要は戦車に近づくことができれば、戦車は怖くない。だってエンジンがかからないのだから」
「具体的には?」
「戦車のマフラーに、布切れでも突っ込んでおく。可能なら外から見えないようにできればなお良い」
「それくらいなら…」
「私たちにもできそうだな…」
「保護した彼女たちに協力してもらえれば…」
などと急に場の雰囲気が変わってきた。
戦車を必要以上に怖がらなくなったようだ。
君たち本当に大丈夫なのかと思ってきた。
歩兵1000名って怖くないの。
俺は怖いけど、戦車の脅威に対して対策があると聞いたとたんに雰囲気が変わった。
念のために俺はもう一度敵の戦力を説明して、現場を直接見ることを提案した。
「とにかく、現場に行かないと始まらないな。戦車の傍に兵士がいるのなら排除できるかどうかの検討もしないといけないが、全ては見てからだな」
「そうですね。保護した女性たちも落ち着いておりますので、進めます」
アプリコットからの報告もあったので、俺は隊を進めた。
途中、3回も同様に女性を保護して、敵を捕まえた。
現在保護しているのは全てローカル兵士であるようだ。
保護中の女性の中で隊長格、多分小隊長位を任されている女性も保護したのだが、その彼女から開口一番に助けを求められた。
あ、いや、今助けているけど、と思ったのだが、彼女が求めているのは、俺の考えと違って、まだ敵につかまっている自分らの隊長の救助を求めてきたのだ。
よくよく話を聞くと、とにかく戦車で乗り付けた連中が来てから町の様子が酷くなり、その連中が先に来ていた兵士を使って女性兵士たちを軒並み監禁してきたと言うのだ。
昨日から、数人ずつ解放されていたようだが実は違って、襲われていただけだと自分が襲われたことで初めて知ったとも言っていた。
本当にろくな連中じゃないな。
俺はその女性に対して確約は避けたが、できうる限りの協力を約束した。
なにせ上からも現地勢力との友好的な接触を命じられているので、命令違反じゃないよな。
あとから、勝手に約束してと怒られることはない……と思う。
俺のした約束に関してアプリコットは最後まで気にはしていたが、それよりも、これ以上の犠牲を出したくない一心で、俺に対して何も言ってきてはいない。
俺らはそのまま進み、町が見えるところまで、しかも敵に気づかれることなく近づくことができた。
町の手前の河原には、多分最初にここに来た歩兵一個大隊が乗ってきた車両がまとめて停めてある。
しかも運の良い事に、それら車両を警備する兵士が見当たらない。
大丈夫かよとは思ったのだが、俺は山猫さんにお願いして、機銃の付いた車両にいたずらをしてもらった。
マフラーに詰め物をして、且、機銃の銃口に目立つように泥を詰め込んでもらった。
なんでも銃口に異物があると暴発する恐れがあると聞いた俺がお願いをしておいた。
暴発する恐れのある武器は誰だって使いたくはないよね。
エンジンが掛からず、且、頼りの機銃に何やら仕掛けを施された恐れのある物なんて早々にあきらめるだろう。
機銃使用を躊躇ってもらいたいという俺のささやかな希望だが、何もしないよりは良い。
一連の作業はすぐに終わり、俺らは進んで町の様子を覗える少し離れた場所まで来た。
「ちょっと、様子がおかしくはないかな」
「確かに変ですね」
この町の大きさから言って、1000名以上の人は住んでいるだろう。
それに現地兵士からの情報では1000名近くの兵士も居る筈なのに、町が静かすぎる。
外の通りに人がいないのだ。
先の現地兵士の隊長に、もう少し町についての情報を聞き出した。
「町には約3000人は住んでおります。また、我々の兵士だけでも500人は居ました。でも、男の兵士は昨日ほとんどが殺されたようです」
「君は解放されてから直ぐに襲われたのか」
「監禁されていた部屋から出されて直ぐに『逃げろ』と命じられました。俺らがお前を捕まえたら犯すからとも言われ、怖くなって町の外に走り出しました。ほかの兵士も同様に、一斉に町の外に向かって走っていくのが見えましたが、あまり周りを見ていないのでよくは分かりません」
「ありがとう。町の様子がもう少しわかるといいのだが、とにかく、町の中に入るしかないか」
「やはり危険だよな。俺が行くか。誰か俺に付いてくるか」
「お一人で行くつもりですか」
アプリコットが驚いたように聞いてきた。
「一人で行くつもりはないけど、俺が行かないといけないような気がするし。自分だけ安全なところにいて、部下を危険な目にあわす訳には行かないでしょ。ただでさえブラックな職場で、俺まで理不尽には振舞えないよ。でも、一人で行きたくないので希望者を募ったのだが……いないよね」
「隊長。 私が付いていこうか」
「そ、そうか。助かるよ。メーリカさんなら安心だ」
「もう一人二人連れて行くけどいいかな」
「任せるよ」
「スティア、ドミニク、付いてきな。隊長のおもりだよ」
「姉さん、久しぶりだね。こんな緊張する任務。でも嫌いじゃないよ」
「ケート少尉。この場を任せてもいいかな。自分の判断で引き上げてくれてもいいから」
「分かりました。御武運を」
「それじゃ、私が町の中を案内するよ」
保護している兵士の一人がそういった。
先ほどから色々と教えてくれる隊長さんだ。
「そうしてもらえると助かるよ。日が暮れたら見て来るか」
もう日もだいぶ傾いている。
あと1~2時間もすれば暗くなるだろう。
暗くなったら作戦の開始だ。
だいぶあたりが暗くなってから、俺の他に山猫さんが3人と現地兵士の隊長さんが一人で町の中に入っていった。
中央広場に、堂々停められている戦車や自走砲、それに機銃付き車両が数台。
当然すべてのマフラーを塞いでいった。
今回は時間もないこともあるので機銃にはいたずらはしていない。
そのまま目立たないように町の要所を案内してもらった。
何より彼女がつかまっていた屋敷や、司令部として接収された屋敷の位置を教えてもらえたのは大きい。
2時間ばかり偵察して無事に戻ってこれた。
「無事のご帰還。安心しました。で、どうでした」
「は~~、緊張したわ。でも、かなりの収穫はあったかな」
「この後どうしますか」
「当然、これなら夜襲でしょうな。少なくとも、彼女からの要請には答えたいかな。 当然、さっきの偵察で戦車を抑えたしね」
「しかし、この人数で夜襲ですか。大丈夫でしょうか」
「大丈夫じゃないかな。とにかく不思議なのだが、町の外には敵さん一人もいないのだよ。こいつらまじめに戦争する気があるのか疑ったよ」
最後に作戦らしいことをメーリカさんから提案された。
「とにかく、最初に戦車と機銃をこちらで押さえればどうにかなりそうだしね。町の住民が一人も外に出ていないのがいいよ。好きなだけドンパチできる」
「ここでしばらく休んで、明け方決行だ。ローラ少尉。悪いが、君の部隊を使って戦車と重機関銃を押さえてくれ。マフラーから詰め物を取り出せばエンジンは掛かる筈だから」
「了解しました」
「メーリカさん。君たちは他の部隊の案内を指示してくれ。俺は敵さんが接収した司令部を訪ねるかな。俺には、誰か付いてくれるのかな」
「分かったよ、隊長。私が数人連れて付いていくよ。アプリコット少尉も来るのだろう」
「そうそう、メーリカさん。連中が悪さをしていたら、わかるよね。君らの安全のためだから、敵さんのどこを攻撃しても構わないよ。当然、責任はすべて俺にあるから遠慮なくやってくれ」
「あ、そうだね。隊長、それなら急いで行動した方が良くないか」
「あ、そうだな。今も被害にあっている女性がいるからな。そうなると休憩がなくなるけど大丈夫かな」
「隊長、大丈夫です。私たちほとんどは、先ほどまで休んでおりましたから」
「それなら分かった。今から行動開始だ。手筈通りに頼むわ」
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