第238話 戦車なんか怖くない
「中尉、落ち着いた女性3人から情報が取れました」
「それは良かったが、あまりいい情報じゃなさそうだな」
「はい、なにせ敵の規模がこちらの予想を超えておりましたから」
「聞きたくはないが、聞かないといけないよな。で、規模はどれくらいと言っているんだ」
「兵士が千人と聞きましたから、大隊とみて間違いないかと。歩兵大隊が1個とそれに機械化中隊が1個かと思われます」
「機械化中隊?何で」
「一人が話す話では、最初歩兵ばかり千人が車両十数台でやってきて町を占領したのですが、その後から戦車と、自走砲と思われる車両それぞれ1台ずつ、それにトラック2台に機銃が付いた車両が数台でやってきた途端に町の様子が悪くなったとか」
「へ?どういうことなの」
俺がアプリコットと話していると、別の女性を保護していたメーリカさんも俺のところにやってきて話しかけてきた。
「町の様子が悪くなった件だけども、私があそこの女性から詳しく聞いたよ」
「そうなの、ありがと。で、何か分かったの?」
「どうも、最初に来ていたのは敵さんの陸軍で、女性が隊長をしてまして、非常にお行儀がよかったそうだ。
町長とも紳士的?女性の隊長だからおかしいかな、この場合淑女的と言い直した方がいい?」
「メーリカ少尉。報告は要点だけ短めでお願いします」
俺と掛け合い漫才になりそうな雰囲気を察したアプリコットから早速のお小言だ。
「マーリンさん、ごめんなさい。で、話を続けると、おととい位だったか、戦車を連ねた部隊が来てから、途端に町の人たちを拘束し始めたそうだよ。それも若い女性ばかり。何をするか予想が付きすぎて反吐が出る」
「そうだな。前に見つけた女性のご遺体とも日時が合致するのが、とても気持ちを暗くするよ」
「それでも、先に来ていた女性の隊長さんが兵士の乱暴を止めていたそうなのだが、今朝からそれがなぜか無くなったんだそうだ。たくさんいた兵士も、今日は町に誰も出ていないとか言っていたよ。その後は、見ての通りだとさ」
「その女性の隊長さんも捕まったかな。後から来た兵士について何か分かったかな」
「それは私から説明します」
これも、別の女性を保護していた陸戦隊の隊長のケート少尉が俺の報告してきた。
「後から来た兵士は、皆軍服の色が違っていたそうです。最初に入った兵士は皆陸軍の軍服だとか。カーキ色の服だそうですが、後からのは皆黒色の服を着ていたそうです。私が知っている情報では、黒色の服は大統領直属の兵士が着る軍服だとか」
俺は、前に聞いた話を思い出して、胸糞が悪くなったが、そういえば、前に捕まえた政治将校たちも黒色の上着を着ていたな。
ズボンは履いていなかったので知らないが、あいつらだな。
でも分からない。
何で政治将校が戦車なんかでやってきたんだ。
その時俺はひらめいた。
亡命してきたアンリ・トンプソン元少尉のことを。
「悪いけど、アンリさんを呼んで来てもらえるかな。多分後ろの方にいるかと思うよ」
数分後、山猫のケートがアンリさんを連れてやってきた。
「ごめん、こんな前線まで呼んで。でも、至急確認したいことがあったんだよ」
「構いません。私も元兵士ですので。尤も技術士官でしたので、戦闘経験はありませんが」
「まあいいか。聞きたかったのは、黒色の軍服を着た戦車を乗る兵士のことだ。何か知っていたら教えて欲しい」
アンリさんは俺の質問を聞くと、途端にいやそうな顔をしながら答えてくれた。
「私は前線に近いところにはいましたが、戦闘現場からは離れておりましたので直接会ったことはありません。しかし、特設機動部隊については知っております」
「特別機動部隊?なんだそれは?」
「彼らも、政治将校と同じ大統領直属の部隊で、違うのは、彼らは帝国と戦う兵士だということなのです。共和国軍において、機械化部隊は、少数でも非常に強力な戦闘力を有します。ですので、最新鋭の兵器で武装される機械化兵士のほとんどが大統領直属の部隊としてあります。前線には、司令部の要請により彼らが貸し出される格好で戦闘に加わりましたが、戦闘以外での命令権は前線司令部にはありません。そのため、…… その、政治将校や巡回特戦隊などの評判の悪い部隊と……その、素行は変わりません。多分、今回被害のあった女性たちは彼らの餌食だったとか。彼らは、女性の捕虜は取らないことでも有名です。多分、戦場で女性を見つけては、その……殺してしまうのだと思います。 歩兵とはあまり一緒にいませんのでわかりませんが、そういう噂はそれこそあちこちに」
どうも、相当評判の悪い部隊のようだ。
要は黒色の軍人さんは女性の敵だと考えておいて間違えない。
「ありがとう。だいたい分かった。そうなると、今後の予定はどうしようかね。…… マーリンさん。悪いけど隊長さんたちを集めてね」
「彼女たちはどうしますか。車まで連れて行きますか」
「あ、保護中の女性たちね。彼女たちが落ち着いたなら町まで連れて行こう。 彼女たちは見たところ兵士のようだしね」
「分かりました」
アプリコットは、散らばっている士官を集めて回った。
ここに残ったメーリカさんが俺に聞いてきた。
「隊長。敵さん、偉いことになっている様ですが、どうするつもりなんですか。逃げますか?」
「どうもこうもないよ。とりあえず、今の段階では逃げの選択はないかな。どちらにしても、町を見てみないとね」
「でも、敵さんには戦車や自走砲まであるそうじゃないですか」
「そうだね、でも戦車や自走砲はいくらあってもそれほど怖くはないかな。怖いのは千人もいる兵隊さんかな。それをどうにかしないとね。どうしよう」
俺の答えに気に食わないのかケートまでもが聞いてきた。
「隊長は戦車がどれほど怖いか知らないからそう言えるんですよ。大砲で撃たれた日には痛いどころじゃないですよ。どうするつもりなんですか」
「だから~~、見てみないと分からないと言ったじゃないですか。やばいとなったら、一目散に逃げますよ。それだけは約束するから。ね」
「『ね』じゃないですよ。 それより教えてほしいのですが、戦車が怖くないって本当か。いくら隊長が素人だって戦車くらいは知っているだろう。何故そう言えるのかだけでも教えてほしいね。出ないと納得できないから」
「なに簡単なことだよ。流石に動いてる戦車は誰だって怖いよ。俺だって、そんなの見たら逃げすから。でもね。 聞いた話じゃ、戦車はエンジンを止めて止まっているというじゃないか。エンジンのかかっていない戦車なんか怖くなんかないよ。 砲塔すら回転できないからね」
「エンジンを掛けられれば同じじゃ無いのか」
「そう、エンジンがかかればね。だから、止まっている戦車や自走砲、それに機関銃を備えた車にはエンジンを掛けさせなければいいだけだよ」
「そんなことできるのか」
「なにすごく簡単なことだよ。車のそばに近寄れればね。だから、直に見たいんだ」
「悪い、隊長。そのエンジンを掛からなくする方法だけでも今教えてほしい」
「皆が集まってからと思っていたけど、まあいいか。なに簡単だよ。マフラーに布でも粘土でもいいから何か詰めれば、エンジンなんか掛からないよ。これはどの車にも言えるからね。保護した女性たちに協力してもらえるのなら、戦車なんかは簡単に無力化できるね。問題は残りの歩兵だよね。武器を持った歩兵ほど厄介なものはない。彼らを止める方法が、俺には思いつかない。少なくとも戦車ほど簡単な方法は、……まずないね」
「ああ、わかった。皆が集まったら相談しないとね。教えてくれてありがとう、隊長」
メーリカやジーナは俺の説明にとりあえず納得したようで、ひとまず安心した表情を見せている。
彼女たちにとって千ばかりの兵士は恐怖にもならないのかな。
そっちの方が俺には不思議だ。
俺の周りに、徐々にみんなが集まってくる。
さあ、次のステップだ。
俺は気を引き締めながら皆を待った。
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