第237話 お約束は守られる
遺体を発見した現場から1km余り後方に戻り、その日を終えた。
交代で仮眠をとり明日に備える。
流石にすぐそばに敵がいると思われる場所で眠れるほど俺の肝は太くはないが、他の者も同様のようだと思いたい。
今回の作戦に参加している連中は、例外なく経験豊富な者ばかりだ。
いや、例外がいるとしたら俺の副官をはじめ、ほとんど初陣を飾る新任の士官くらいだろう。
それでも学生時代にはここまで緊張はせずとも、ある程度の訓練を重ねていると思われるが、俺の横で静かにしているアプリコットも眠れなかった一人のようだ。
もしかすると寝ていたと思われる山猫さんたちですら、目を閉じていただけかもしれない。
多分そうなんだろう。
でないと今まで生き残れたはずはないのだから。
俺と唯一の違いと言えば、そういった環境下ですら休むコツを掴んでいるくらいか。
俺が令和日本で徹夜明けに車を運転して帰社していたように、一種の仕事上覚えた特技なのかもしれない。
まあ、寝られた者も、俺のように寝られなかった者も、日が昇る前から活動を始めた。
空が白みかけた位から移動をはじめ、日の出の頃には昨日の場所まで前進していた。
ここからが本番だ。
何があるかわからない。
俺は士官全員を集め、指示を出す。
とにかく広がって静かに進む。
何か兆候をつかんだらすぐに報告し、対応を図る。
とにかく慎重に、そう『命を大事に』で行動だ。
只でさえ遅い歩みなところに、慎重に慎重を重ねての移動だ。
それこそ亀の歩みのようにゆっくりとジャングルの中を進んでいった。
ここでも『お約束』は大事なように、居ましたよ。
あのふざけた連中が。
最初に、また例のお約束のように、今度は現地人と思しき女性が半裸で逃げてきた。
当然、彼女の後ろからいつものように追いかけてくる者がいる。
俺は素早くメーリカさんに確認させ、追いかけてくる連中の正確な数を確認して、合図を送る。
左手で作った拳骨を右手で強く握る合図だ。
別に合図を決めていたわけじゃないのだが、山猫の皆さんには通じたようだ。
一瞬ニコリとした後で、力強くうなずいてから、素早く散っていった。
まるで忍びに合図を送ったような感覚になる。
忍びなど会ったこと無いのだが、そこは気分というか、ノリということで。
その後さほどの時間を空けずに悲鳴にもならないくぐもったうめき声が聞こえ、直ぐにうめき声しか聞けなくなった。
そう、俺の送った合図は『玉を潰せ』という気持ちのこもった合図だ。
山猫さんたちにも俺の気持ちが通じたようで、しっかり指示を実践したようだ。
陸戦隊の女性たちに逃げている現地女性の保護を頼み、ここで一旦作戦会議だ。
時間は無さそうだが、ここで焦ってもいいことなど全くない。
俺らの取りうる選択肢は、いったん女性を保護して後方に下がるか、隊を分けてこのまま前進かの2択だ。
ここで引き下がれば、俺らの存在はすぐに敵に知れる。
俺の気持ちは、怖いけどこのまま前進だが、プロの皆さんの意見を聞きたい。
アプリコットなどは「命を大事にするなら、ここで一旦引き下がる手もありますが……ね~」
彼女も前進を選ぶ。
山猫の皆も同意見で、陸戦隊は現在女性の保護中なので、ここには不在。
結論が出た。
このまま前進するが、そこでうなっている捕虜もいるので、捕虜をトラックのある位置まで陸戦隊の半分を付けて下がらせる。
残り半分で、現地女性の警護をしながら前進させた。
現地女性が落ち着きを取り戻し、俺らに協力してくれるということから、一応の警戒をしながら彼女に案内してもらう。
道すがら彼女に敵さんの様子も聞き出す。
俺が思っていたほどには酷くはなっていないようだ。
なんでも部隊を引き連れてきた部隊の隊長が女性で、現地の扱いは悪くはなかったようだが、後日、他の部隊が到着してからおかしくなってきたと言っていた。
何度も隊長と、新に来た人たちの間で揉めているのを聞いたとも教えてくれた。
全体の規模やそれ以外の詳細情報までは分からないそうで、聞き出せなかった。
それから2時間ばかり過ぎただろうか。
日も最高点を過ぎて下がり始めているので昼は過ぎたころだ。
時計を確認すればいいだけか。
現在、午後2時。
ここまで、昼食も取らずに進んでいたので、ここで一旦小休止。
各自携帯している携行食を取らせた。
あの美味しくない携行食だ。
俺の分を現地女性に渡し、『美味しくないよ』と説明してから食べさせた。
俺は、こんな緊張している場所でなんか食欲など起きない。
水筒から水を飲んだだけだ。
情けない。
小休止も終え、さあ出発かというタイミングで、新たに問題発生。
そう、また来たんだよ、例のお客さんが。
それも複数。
今度は、サカイ中佐からお借りしている精鋭の小隊にメリル少尉に見守られた新任士官全員、いやアプリコットは除くだが、ほとんど全員で対処していく。
逃げてくる女性が5人で、追手が3人。
まるで狩りだな。
多分連中も狩りのつもりで遊んでいやがる。
女性たちは陸戦隊に任せ、俺らは全員で、音をできるだけ立てずに事案の処理だ。
精鋭がこれだけ集まれば、奇襲以外何物でもない状況でしかも相手が3人。
いくら音を立てないハンデがあろうが、直ぐに決着は付く。
当然悲鳴ともだえ苦しむ声だけは例外で、未だにもだえ苦しむ声は聞こえてくる。
今度も同様だが、人数も多くなってきた。
「メリル少尉。悪いが、うちのを数人連れてトラックまで下がってくれ。当然、そこでうるさくしている連中を連れてだが。そこで付近を警戒しながら俺からの指示を待ってほしい」
「は、了解しました」
すぐにメリル少尉は数名の兵士の名を挙げて、後方に下がる準備を始めた。
「さあ、残りは前進だな。保護した女性たちは大丈夫か」
「大丈夫です。落ち着きました」
女性ばかりの隊で、ある意味助かったかもしれない。
ここでむさくるしい男に保護されたって、襲われた女性たちは落ち着かないだろう。
しかも今度保護した女性たちは、多分兵士だ。
体格などが、兵士のそれそのものだ。
今アプリコットが彼女たちから情報を集めている。
それが済み次第このまま前進を続ける。
捕まえたのが今のを合わせると4人。
普通なら、4人もの士官が行方不明にでもなれば1時間と経ずに大騒ぎになるが、状況からみて、2時間は大丈夫か。
最初の犯罪からは既に2時間以上は経過しているが、今のが出るくらいだ。
今からも2時間は大丈夫とみて間違いない。
狩りを楽しんでいたことから、狩りの時間をどれくらい見るかにもよるが、最大でも明日までだろう。
やはりこのまま一挙にけりをつける必要がありそうだ。
メーリカさんも同様の考えの様で、俺に提案してきた。
「隊長。これから向かう村の様子にもよりますが、今の状況は隊長のお考えの通りでしょう。夜まで、いや、夕方からでもいいですが、奇襲をかけましょう。敵の規模については、もうじきわかるでしょう。彼女たちがえらく協力的なので、彼女たちに紛れて奇襲をかければ問題ないかと」
「彼女たちそのものが敵の罠だとは考えないのか」
「隊長。隊長だって考えていないでしょう。あいつらも、前のと同じ穴のムジナだよ。そんな連中に好き好んで協力する女はいないよ。それに、彼女たちから、自分らの隊長を助けてくれと頼まれたしね」
「え?俺、聞いていないよ。そんなこと」
「へ?そうでしたっけ。あちゃ~~。マーリンちゃんに怒られるかな。さっき、あそこにいる子に頼まれたばかりだしね」
「そういうことなら、アプリコットの報告を待ってから相談しよう」
そういう傍から、アプリコットが情報をまとめて持ってきた。
これから向かう村には陸軍1個大隊が車両複数、自走砲に戦車まで持ってきて、待っているという情報をもって俺の所までやってきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます