第236話 正念場


 俺はドミニクについて奥に入っていくと、やはりありました。

 正直見たくはなかったのだが、そこには無残にも乱暴され、半裸にされた女性の成れの果てのものが木に縛り上げられており、朽ちるのに任せてあった。

 その女性を詳細に観察して、写真などの痕跡を集めていたメーリカさんは、俺に気が付いたのか傍に来て報告してくれた。

「隊長、間に合いませんでしたね。残念ですが、死後2日といったところですか。その後に、この辺りに来た形跡は見つかりませんでした。この場所でヤリ逃げといった格好ですかね」

「そうだな、間に合わなくて残念だ。これ以後の被害が出ないようにしたいな。で、何か見つかったか」

「はい、彼女のおかげで、敵さんのいる方向だけは分かりましたよ。足跡がしっかりしておりますので、今度は追えそうです。しかし、解せないですね」

「何がだ?」

「彼女の扱いが中途半端なのです」

「中途半端?」

「はい、以前に村を破壊した連中の手口じゃないですね。ご遺体の扱いが、それらと比べると遥かに丁寧なんですよ。だからと言って、この前に捕まえた連中と同類だとしたら、扱いが雑ですね」

「そうかな。そういえば、まだ見れる状態だったな。見分が終わったら処理を頼む。しかし……多分、捕まえた連中と同類だと思う」

「え?どうしてですか」

「男は殺されていたが、前の被害者たちは、少なくとも殺されてはいなかった。なにせ同じ共和国民だったからな。でも、今回は現地人だろ。遠慮する必要がない。それに、前の事件の影響で、しばらくは好き勝手出来なかったんじゃないかな。相当たまっていたんじゃないの」

「隊長、男ってそんなものですか」

「少なくとも俺はしないが、そんなものじゃないかな」

 俺の後からついてきたメリル少尉は、朽ち始めた女性を見て思わず悲鳴を上げそうになり、自分の口を自分の手で押さえていた。

 メリル少尉はわずか1年で昇進を果たす位のエリートだろう。

 それこそ場数だってたくさん踏んでいるはずだ。

 死体なんか俺よりも見ているだろうと思ったが、乱暴され殺された死体はさすがに見たことはないか。

 山猫さんたちが、死体のそばで穴を掘っているのを見て、俺に聞いてきた。

「何をさせているのですか」

「ん?あ、あれね。彼女の埋葬だよ。このままってわけには行かないだろ。可哀想過ぎるよ。まあ自己満足だけどもね。少なくともこの辺りに野生の動物を呼ばれないご利益くらいはある」

「そ、そうですね。私も手伝ってきます」

 メリル少尉は、メーリカさんが木から降ろしている作業を手伝い始めた。

 一連の作業はすぐに終わった。

 なにせ人手があるから、それに悲しいことに彼女たちはこの作業に慣れている。

 なにせジャングル内の埋葬は、これで3回目だ。

 村での作業を入れれば4回になる。

 しかも前の2回は複数人の埋葬だし、村に至っては散らばった人だった部位の回収から始めたので時間も手間もかかったが、今回は一人だけだ。

 それでも初めて作業に加わるメリル少尉は感心していた。

「皆さん慣れていますね。作業が手早い。それに無駄がない」

「うれしいことじゃないけどね。死体の埋葬なんか必要が無ければしないからね。それだけ我々には必要なことがあったということだ」

「そ、そうですね。すみませんでした」

「いや、気にしないでくれ。こちらこそ君に当たって申し訳ない。間に合わなかったことを少しばかり悔いていたものだからね」

 その場に作った簡単なお墓の前で、黙祷を捧げて、皆を集めた。

「さすがに、ここまで来れば、敵さんの直ぐ傍だ。皆言われなくとも気を引き締めているだろうが、ここからは臨戦態勢を取ってくれ。必要に応じて発砲も許可するが、できれば音を立てたくない。できる限り音の出ない方法を頼むわ。あ、でも、自分の命は大事だから、命優先でね」

「「「はい」」」

「それじゃ、メーリカさん。先頭をよろしく。皆は、後からついていくよ。散開してね」

 俺の後からメリルが元気をなくしながらついてくる。

 少々気になったので歩きながらメリルに声をかけた。

「どうした、さっきから元気がないようだが。彼女のことが気になったか」

 俺の声を聴いたメリルは驚いたような顔をしたかと思ったら、今度は下を向きながら、ぽつぽつと話しかけてきた。

「私とアプリコット少尉とはわずか1年しか卒業年次は離れてはおりません。しかし、わずかですが私の方が1年先輩なのです。少尉任官はほとんど同じでしたが、それでも軍隊経験では私の方が1年も先輩なのですが、先ほどの現場では、彼女は本当に落ち着いておりました。なのに、なのに私は取り乱しそうになって……確かに彼女は優秀ですが、あそこまで差が出るとは……」

「あ~あ、その件な。多分俺のところにいる連中はみな同じだと思うよ。皆アプリコットと同期と聞いたから、君の後輩だな。でも気にするな。経験の差だよ」

「私の方が軍人としては…」

「違うよ、誤解を与えてごめん。経験と言ったのは、あのむごたらしい死体を見た経験かな。それと埋葬もだが。俺の隊は、俺が隊長を務めてから、敵に向かって実弾の一発も発砲していないんだよ。信じられるかな。でも、非常に残念なことに、ああいったむごたらしい死体に出会った経験は下手をすると花園連隊の皆さんと比べても多いかもしれない。なぜか出かける度に、あるんだよな。俺が小隊を預かってからこれが続くんだよ。まあ、一番酷かったのは、今サカイ連隊が基地を置いている場所を初めて見た時だけどもな。一つの村がああした状況で全滅していたんだよ。その後火もかけられた跡があったし、その後片付けを、それこそ全員が泣きながらやったので、慣れたのだろう。俺も泣いたが、山猫全員も泣いていたんだよ。信じられるかな。俺が急いでいたのも、それがあったためだ。そのために焦っていた俺を誰も止めなかったんだろう。皆同じように焦っていたんだと思うよ。だからあの時にメリル少尉が注意喚起してくれて正直助かった。この後何があるか分からないが気だけはしっかり持ってくれ。泣いたって喚いたってかまわない。だけど自分の心だけは壊さないようにしっかり気を保つことを心掛けてくれ。ここにいる敵は、正直正気じゃない連中が多過ぎる。まあ、先ほど見た手口からは、一番ひどい連中がいないようだがな。大統領直属にきちがい部隊が居るそうなのだが、ここらあたりにはいないだろう。わからないけどもな。さ、ぼやぼやしていると置いて行かれるぞ」

「はい。…… 隊長、ありがとうございました」

 メリルは、少しは気が晴れたような顔になったのでしばらくは大丈夫だろう。

 俺だってわからない。

 目の前で村を破壊した連中が無茶をしていたら、どうなるか。

 とにかく、早く、敵本隊を見つけることが先決だ。

 徒歩のみで、とにかく先に進んだ。

 それからしばらく進むと、メーリカさんの伝言を持ったドミニクがやってきた。

「隊長、この辺りは哨戒の範囲の様です。昨日のものと思われる足跡が複数あります」

 ドミニクが俺に報告している時にメーリカさんもここに戻ってきた。

「敵さんの圏内に入りましたよ。しかしこのまま進むのもどうかな。どうしますか、隊長」

 メーリカさんが俺に判断を求めてきた。

 ここからがどうやら正念場になりそうだと感じるのだろう。

「日も傾いてきたことだし、いったん下がるとしよう。ここから見えない位置まで下がりそこで明日を待つ。悪いが、後ろに戻って、銃器の付いた車両を運んでくれ。兵士は全員集めた方がいいかな。兵士も集めてくれ。残す車の警護はいらない。どうせ発見されれば戦闘だしな。盗まれることはないだろう」

「分かりました、スティアを向かわせます」

 俺らは、今いる位置から1kmばかり下がり、そこでキャンプを張ることにした。

 明日何があるかはわからないが、明日が正念場だ。

 俺は覚悟を決めた。





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