第235話 やはり、ありましたか


  二日、いや一日半と云ったところか。

 基地を出発してからかかった時間だ。

 俺らが前回の探査で、危ない形跡を発見しても、断腸の思いであきらめてからすでに十日以上経ってしまった。

 前に村で発見したあの惨劇をできるなら防ぎたいと、かなり急いだ結果で、この時間でここまでこれた。

 到着後、すぐに山猫さんたちは人の形跡があるかを探している。

 メーリカさんがすぐに俺のところまできて報告を上げてきた。

「隊長、あれから変わったところは無いね。前にあった形跡すら消えているよ。ここにはあれから誰も来ていない」

「そういうことなら一安心か。ここは敵の、警戒圏内ではないということか。歩哨が誰も来ていないということだよな」

「敵だけじゃなく、現地勢力もあまりここを利用していない。もしくは利用できなくなったってところかな。暫くは大丈夫だと思うよ」

「メーリカさん、ありがとう」

 ここはさほどの広さはないが、俺はここに暫定のキャンプを置いた。

 とりあえず、ここを目指してきたのだから。

 すぐに主だった者を集め、付近の偵察をお願いした。

 安全を確保するために全方位6方向に、2kmを目途に偵察に行ってもらった。

 偵察隊を出すと、重機関銃を装備してない全ての車両の向きを、元来た方向に変えてもらった。

 いざという時に、急いで逃げられるようにだ。

 ジーナがトラックの運転手に向かって指示を出している。

 彼女もやりにくいだろうな。

 彼女は士官、少尉で、多分彼女よりも上官である者はここには数えるほどしかいない。

 大多数が下士官以下のものだ。

 だが、今ここにいる兵士全員が、超が付くほどの精鋭ぞろい、彼女たちよりも経験を踏んでいるし、何より、いざという時には彼女たちのアドバイス(指示?)を貰うようになりそうな連中に指示を出している。

 士官が下級の兵士に向かって高飛車に出る者は俺の部隊にはいないが、それでも上官であるためにそれなりの口調で指示を出す。

 俺のように砕けた口調でいつもいれば困らないのだけれども、彼女たち軍人には許されないそうだ。

 つくづく軍人という仕事は、大変だなと感じる瞬間だろうか。

 それでも、俺の指示は確実にこなされていく。

 逃げる準備だけは怠らない。

 1時間もすれば偵察に出していた連中も戻ってくる。

 今、俺の部隊の首脳陣ともいえる士官を集め、その報告を聞いていた。

 ここから半径2kmの範囲では、人の形跡を見つけることができなかった。

「今日は、ここで明日の朝を待つことにする」

「明朝のご予定は」

 新任のケート少尉が聞いてくる。

「明日は、いつものようにだ。いや、いつもとは違うか。とりあえず山猫さんたちに先行してルートを見つけてもらう。いつものようにバイクは使えないから徒歩でだが。無線は最小出力で許可する」

「え?無線封鎖しないのですか」

 不安に思ったジーナやケートの先輩にあたるメリル少尉がすかさずに聞いてきた。

「大丈夫だ。実用2kmもないそうだから。実際は10kmまで位は電波が届くそうだが、これは無線が来ることを知っている専門家が注意していないと聞き取れないはずだ。そうだな、マリ」

 俺が小隊長を任された時から無線技士としてついてきたマリ伍長に聞いた。

「はい、実用で2kmとなっておりますが雑音もすごいので慣れない人だと500mが限界でしょうか。敵に発見されるかどうかですと5kmも離れれば、隊長のおっしゃったようにまず無理でしょうね」

「そういうことだ。バイクが使えないから、情報の伝達が無線を使わないと難しい。リスクを取ってでも意思の疎通だけはしっかりしておきたい。そうでないほうが、いざというときには俺が怖い」

「わかりました」

「しかし、隊長も剛毅だよね。奇襲をかけようかという作戦で、無線封鎖をしないなんて」

「敵だって、無線なんか使われっこないと思っているから、偶然でもないとわからないよ。その偶然も、2~3kmまで近づかないと発見できないと専門家の意見だ。一両日中は問題ない。また明日の打ち合わせで無線については考えるとしよう。今日は交代でしっかり休んでくれ」

 翌日から、苦しいジャングル探検が始まった。

 徒歩で探索をしながらゆっくり車両を運ぶことの繰り返し。

 とにかく見えない敵におびえながらも人の形跡を探すといった神経をすり減らす作業。

 そんなことをもうすでに1週間も続けている。

 今回の探索は2週間の予定で出てきた。

 戦闘用の弾薬類は規定数であるが、食料や水などはその倍の4週間分を持ってきている。

 そのため持ち込んだ食料が問題で、これがいわゆる非常食ってやつだ。

 それもおいしくない。

 この非常食は以前にサクラ閣下が帝都で食わされたあれだ。

 試用品第一号で、要検討という判断がされた奴だが、とにかくおいしくないのでどこも使わない、巡り巡ってジャングルにというやつだ。

 それでも誰も不平や不満など言わない。

 唯一愚痴をこぼすのは俺くらいだ。

 だって、唯でさえおいしくない物を三食食べる。

 非常食であるので、栄養だけは取れるのだろうが、おなかがすいているのかそうでないのかわからない状態が一週間も続くのだ。こんな生活は絶対にひと月は無理。

 予定通り帰りたい。

 がしかし、今のペースでは、もう少し伸ばさないと、後悔するような気もするし、ここ数日俺の悩みが尽きない。

 もう、前に見たあの惨状だけは見たくはない。

 それが敵であってもだが、多分惨状は現地勢力のものになるだろう。

 サリーにこれ以上の悲しみを与えたくはないのだが、この辺りで現地勢力はサリーの知り合いになる確率が非常に高い。

 最悪、生き別れている姉である可能性すらあるのだ。

 焦る気持ちを隠しながらジャングルを進んでいく。

 そんな俺に山猫のドミニクが近づいてきた。

「隊長、見てもらいたいものがあるのですが」

 言っているそばからこれだよ。

 これって絶対にあれだよな。

 俺は諦めて、ドミニクについていく。

 ………

 やっぱり、見たくはなかったのだがな。




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