第233話 怒れる魔王


 

 俺がこの非常にバランスを欠いた会議室で行った最初の仕事と言えば、報告でも連絡でも、ましてや相談でもない。

 そう、社会人になって最初に一番大切なものとして教わった報連相ではないのだ。

 いったい何をしたかというと、弁明である。

 謝罪でもなく弁明である。

 俺は知識としては知っていたのだが、怒った、いや切れたといった方がいいだろうか。

 切れた女性、それも美人となればなおさらなのだが、その矢面に立つことがどれほど怖いものかということを。

 知識で知っていたが、実際にその場面に立ち会うことのある男性ならご理解していただけるだろうが、これほど怖いものだとは知らなかった。

 それこそ俺は、今、命がけで弁明しているのだ。

 これがどれほど難しいか、ご理解いただけるかは不安なのだが、非常に難しい。

 俺が悪いのであれば、俺が原因で相手を怒らせているのであれば、今回の場合、閣下は俺が原因だと思っているようだが、それでもだ。

 俺が悪ければとにかく謝罪、誠心誠意謝罪していけば良いのだが、それができない。

 俺に原因が無く、間接的には俺の報告からなのだが、これはルールに則った行為であり、どこからも非難されるようなものじゃない。

 そう、洋の東西を問わず、時代すら問わない真理であるところの報連相だ。

 しかも俺は、書面にて報告書も毎回ここ司令部に上げている。

 書面にて命令を貰ったことが一度もないのにもかかわらずにだ。

 相手が口頭で簡単に済ませた命令ですらきちんと書面にて報告書を毎回欠かさずに挙げている。

 俺が偉そうに言える話じゃないが、これも非常に優秀な副官様様のおかげなのだが、今回の場合でも、今日あたりに報告書がこちらに回ってくるころだろう。

 話が逸れていくので、元に戻すが、俺は、どこにも非が無いのだ。

 およそ軍隊において、いい加減な謝罪は罪なようだ。

 情報が間違って伝わっては、それこそ一大事。

 クレーマーを相手に適当に謝罪することには慣れている俺が、今必死になっているのはこのためだ。

 謝罪できない。

 現状での謝罪は、後に必ず問題になり、最悪の場合は軍法会議にすら繋がる。

 それが分っているだけに、謝罪できずに、弁明に努めている。

 しかしこれが非常に悪い。

 怒れる上司を前に、必死に弁明しているが、相手にとっては、必死に言い訳をして逃げているようにしか見えない。

 この態度では、怒れる上司はさらにボルテージを上げざるを得ないことは俺でもわかる。

 俺にどうしろというのだ。

 幸い俺には、今回に限りだろうが味方がいる。

 一緒に来たサカイ中佐だ。

 それとサクラ閣下の秘書官のクリリン大尉もやや怯えは見えるがさすがは軍人、精鋭の名を花園連隊と二分しそうだと言われていた海軍陸戦隊の精鋭出身だ。

 今回のケースを感情的にならず冷静に見てくれている。

 その彼女が見ても今回の場合で、悪いのはここ司令部の使えない高級軍人だ。

 だが、怒れる上司にも味方がいるのだ。

 レイラ大佐だ。

 彼女もかなりご立腹だ。

 テレビ画面を通して見ている視聴者のような者がいれば、今のこの現状は、さしずめ怒れる魔王とその四天王に対して、まだレベルに達していない勇者が仲間を連れて対峙しているようにすら見えるだろう。

 それほど怖いのだ。

 俺は必死に説明をして、サカイ中佐やクリリン大尉は俺の説明を冷静に聞くようにサクラ閣下に進言をしているのだ。

 しばらくの攻防中に、俺にとっては天祐ともいえる人物が会議室に飛び込んできた。

 かなり慌てたアート中佐だ。

 彼女の手には見覚えのある書面が握られている。

 俺の日報のようだ。

「た、大変だ、ブル連隊長」

 あ、天祐か?

 アート中佐もかなり慌てているぞ。

 俺の味方になるのかな。

「どうした、いきなり。今見ての通り取り込み中だ」

「それどころじゃない。戦闘につながる情報の報告書がジャングルのグラス中尉の処から上がってきているぞ。これはかなりやばいと見た。至急彼を呼んで対応を図らないと……あ、いたのか。ちょうど良かった。これに書かれていることは本当かっていうのは愚問か。これ以上に何か補足は、注意すべき点があるかな」

「待て待て、どういうことだ。いいから、まずそれを見せろ」

 どうにかアート中佐の乱入でサクラ閣下の怒りは止まったようだ。

 さすが軍人と言った方がいいか、緊急事態と聞いてすぐに冷静さを取り戻したようだ。

 俺もこの手を使えばよかった。

 暫くサクラ閣下とレイラ中佐がアプリコットの書いた報告書を食い入るように読んでいく。

 その間に、サカイ中佐とアート中佐が何やら話し始めている。

「ナターシャはどこまで聞いている。何を知っているのだ」

「ローリーか、ちょうど良かった。貴様に貸しを返してもらいたくてな。優秀な奴を一個小隊すぐに貸してくれ」

「は?この件でか」

「そうだ。うちからは、一番の奴をグラス中尉に貸し出すことにした。時間的にも余裕がなさそうなんでな。そうなると、今建設中の守りに少々不安が出るので、そこで使いたい。そこにもうちから一個出してはいるが、念のためだ」

「あ、俺からもいいですか」

「中尉か、なんだ」

「あそこですが、おやっさんにも相談してきまして、おやっさんの処も準備だけはしてくれるそうです」

「本当ですか、サカキ連隊長」

「ああ、先ほどこいつから聞いた。うちも、最悪に備えさせるためにシノブが戻り次第、準備させすぐにあそこに送り返すつもりだ。わしもあんちゃんが戻るまであそこに詰めるつもりだ。それでもかまわないかな、お嬢」

「え、え、あ、おじ様じゃなくてサカキ大佐。そうして下さるのならこちらとしても心強いですね。そうですね、現地にて指揮権を預けますので頼めますか」

 やっと、ここからサカイ中佐の本来の目的である相談が始められることになった。

 既に俺のライフ値は限りなく0に近いが、ブラックなのは今更だ。

 俺としては、逃げ帰れる場所の準備なので、それこそ自分の安全をお願いする立場だから最後まで付き合った。

 会議の終わりにレイラ中佐が、サクラ閣下にこの件の調査をすることを伝えていた。

 重要情報が途中で無視されるようでは戦争なんかできない。

 参謀たちの更迭も視野に入れて調査すると、意気込んで会議室を出ていった。

 しかし、本当にここも酷くなってきた。

 前に帝都で感じたように、ここのスタッフ部門もかなり毒されてきているようだ。

 いくら今まで敵との戦闘がないとはいえ、ここは最前線だぞ。

 敵だぞ。敵がすぐそばにいて、いつ攻めてくるかわからないのだぞ。

 大丈夫かと俺は言いたい。

 だいたい、既に敵との遭遇は2度もしているのだから、普通の神経ならば、こんなことはしていられないはずなのに、つくづく軍人はわからない。

 帝国だけかと思っていたが、敵である共和国も、ここよりかなり酷いことを最近知ったし、戦争をしている連中ってこんなものばかりなのか。

 まともな感情を持っていては、戦争なんかできないのかな。

 となると、やはり俺には戦争には向かないな。
































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