第232話 理不尽は俺の親友


 

 結局、翌日も前回と同様にサカイ中佐と一緒に師団本部に向かった。

 前回と違うのは、師団本部に着いても、中佐に付いてサクラ閣下に面会せずに、俺はおやっさんを探しに特別工兵連隊の連中がたむろしている場所を探した。

 この連中も、親分がおやっさんということもあり、立場が上に行くほど自由人が多い。

 要はつかめない連中ばかりだということだ。

 そのためか、当初から妙に俺と馬が合ったのだが、いざ急ぎ会いたい時には困る。

 どこにいるかが全く分からない。

 こういう場合は、わかる人間を探すだけだ。

 以前俺らの詰め所を置いていた小さな小屋がある。

 あそこはこの基地で最初にレンガつくりの建物を作った場所だ。

 そのために、今でもこの基地では司令部に続き2番目に立派な建物として、工兵連隊が外部の人間に会う際などに利用されている。

 今では俺も立派な外部?の人間だ。

 俺は勝手を知った基地内を目的の小屋に向かって歩いて行った。

 ちょうど小屋の入り口前でシバ中尉に会ったので、おやっさんの居場所を聞いた。

 シバ中尉が言うには、おやっさんは今日は珍しく小屋の中にいるという話だ。

 中尉は俺の質問に答えてくれた後、どこかに出かけようとしていたので、気になりどこに行くかを聞いてみた。

 なんでも、彼の上司でもあるシノブ大尉が新たなおもちゃを見つけ、そのためにジャングルの中から帰ってこないので、仕事がたまり始めたとか。

 困っているので大尉を連れ戻してくるというのだ。

 話しぶりからは、どうもそうは見えない。

 シノブ大尉だけが面白そうなことをしているのが不満で、居ても立っても居られないと言った感じか。

 シノブ大尉を連れ戻すついでに、その新たなおもちゃで遊んでこようとしているといった方が正解かもしれない。

 まあ、そんな感じで、世間話にも一区切りがついて、シバ中尉は、車でジャングル内のサカイ連隊基地に向かった。

 そういえば、あの基地の正式な名前って俺は知らない。

 そういうこともあるのかな。

 俺はくだらないことを考えながら、小屋の中に入っていった。

 おやっさんは以前と変わりなく、定位置で書類を読みながらお茶を飲んでいた。

 俺は部屋に入り、そんなおやっさんに声をかけた。

「おやっさん。おはようございます」

「おお、あんちゃんか。あれは返さないからな」

 いきなりだよ。

 よほどパワーショベルが気に入ったらしい。

 それと、前の新兵に続き、俺のところから取り上げたことで、少しばかり気がとがめたのだろうか。

 そんなことは、今はどうでもいい。

「いえ、パワーショベルの件は、この際置いておいて、私は別件でお邪魔しました」

「別件?何だそりゃ?」

「お時間を少しください。少々厄介なことがございまして、その相談と言うか、報告と言うか」

「歯切れが悪いな。解った。他に聞かれてはまずいことか」

「いえ、皆さんにも知っていた方が良いかもしれません。とりあえず、おやっさんにはお伝えしないといけない案件です」

「そうか、ならここで良いな。本来なら、そういった案件はシノブも同席させないといけないのかもしれないが、あいにくあれからここに戻ってきていなくてな」

 よほどパワーショベルが気に入ったのか、あれから基地に戻ってきていないようだ。

 それなら仕事がたまると言ってシバ中尉が連れに出かけるわけだ。

 まあ、その件は置いておくとして、俺は次の探査で、真剣に戦闘に巻き込まれる可能性が強くなったことを正直に話した。

 いざ戦闘に巻き込まれると、今シノブ大尉がいる場所も偶発的に戦闘になる恐れがある。

 俺たちが敵を連れて逃げ帰ることが十分に予想されるのだ。

 現在守備要員として詰めている2個小隊はもちろんだが、現在作業中の工兵隊も戦闘に参加しなければいけなくなるので、その危険性を事前に彼らの親分でもあるおやっさんに伝え、そうなった場合でも十分に対処できる態勢の準備をお願いした。

 俺の話を聞いたおやっさんは、実にあっけなく了解してくれた。

 おやっさんが言うには、俺らはここに遠足に来ているわけじゃない。

 俺らは軍人だ。

 軍人の仕事は戦争だし、当然俺らにもその心構えはある。

 ましてやこの地は最前線だし、いつ戦闘に巻き込まれてもいいように準備だけはできていると、実に心強い返事を頂いた。

 俺の案件は実に簡単に片付き、おやっさんからお茶をこ馳走になり、一緒にお茶を頂き、世間話を始めた。

 頂いたお茶が熱くて飲めないくらいの、ほんのわずかの時間で、すぐに俺を取り巻く状況が一変した。

 まずは、この小屋の電話が鳴りだし、そばにいた兵士が電話を受けているところに、小屋にサクラ閣下の秘書官であるクリリン大尉が入ってきた。

 なんでも俺を探しているのだとか。

 電話を終えた兵士は、おやっさんに向かって、「サクラ閣下がおやっさんとグラス中尉を呼んでいるそうです。すぐに本部に出頭してくださいと言っておられました」と報告してきた。

 え?

 どういうことか。

 今サクラ閣下はサカイ中佐との面会中では。

 俺とおやっさんは半ば強引にクリリン大尉に連れていかれた。

 まだお茶を一口も飲んでいないのに。

 連れていかれたのは、いつもの場所だ。

 師団本部でひときわ立派な建屋の、これまたえらく立派な部屋に、これとは全くそぐわないくらい貧相なテーブルの置かれた会議室だ。

 最近の俺の定番とすらなってきたこの場所には、すでに部屋の奥で話し込んでいるサクラ閣下とサカイ中佐がいた。

 また、その横で俺をにらむような目つきで出迎えてくれるレイラ中佐までいるが、以前の使えない参謀たちは一人もいない。

 これはサクラ閣下たちが真剣に俺の次の探査について話したい証拠だろう。

 でも、しかしなぜ急に俺を招集したのだろうか。

 それが分からない。

 俺を呼ぶのなら昨日中にもできたはずだし、ここまであわただしくされる必要性がつかめない。

 報告なら、余さず昨日中にそれも電話で済ませている。

 俺に何かを言いたければ少なくともこの基地に着いたときにでもできたはずだし、昨日中に電話で済ませることすらできた。

 俺が良く判っていない顔をしながら部屋に入ると、すぐに部屋の戸が占められ、会議が始まった。

 会議の冒頭、開口一番とすら言って良いタイミングで、

「なぜ、すぐに報告しなかったのだ」となじられた。

 え??? 

 報告したよね。

 俺は、きちんと報告したよ。

 報連相は社会人の常識だよ。

 サカイ中佐だって、それは知っているし、俺が今ここで叱られる訳が分からん。

 俺の人生で、理不尽は親友だし、この扱いは挨拶のようなものだろう……そんなわけあるか~~~。




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