第231話 その笑顔は怖かった


 

 連隊長室を出た後、その足で同じ建屋にある通信室に向かった。

 そこで、師団本部に直結している電話を借りて、師団本部に報告のための電話を掛けた。

 師団本部側で俺の電話を受けてくれたのが、常駐している通信参謀配下の士官だった。

 どうも最近帝国本土から良く判らない貴族の子弟が師団本部に回されてくる。

 今日俺が話している相手もどこぞの子爵の次男だとか。

 俺の報告の前に彼から家柄の自慢を聞かされたのだ。

 この時に俺は、ある事実に気が付いた。

 ここの部隊は、どうも最近出世しやすい部隊として、軍隊でキャリアアップを狙う貴族たちから狙われているのだと。

 親のコネを使って、ここに紛れ込んでくる貴族の子弟は後を絶たない。

 そして、そうした連中のほとんどが使い物にならない愚物だということに。

 戦争中の帝国はこんな連中ばかりが士官で大丈夫かと思わなくもないが、例の事件で明らかのように敵も同様で、お互い様のような、いや、こちらは少なくとも花園連隊やおやっさん率いる部隊のようにずば抜けた人たちも多くいるので、帝国側の方が多少は良いのだろう。

 俺の報告の途中で明日以降になるが書面にて報告書を上げると聞くと、途端に報告を聞く態度がおざなりになった。

 多分、今日の報告は、サクラ師団長はおろか情報担当参謀を兼ねているレイラ大佐まで上がらないだろうと、下手をすると上司である通信参謀まで報告がなされないだろうと確信したのだ。

 明日、サカイ中佐が本部まで言ってサクラ閣下と話すと聞いているので、俺の方もこれ以上無駄な時間を掛けずに電話を終えた。

 俺の電話が終わると、先の通信室にいる兵士が、一冊のノートを差し出してきた。

「へ?これ何かな?」

「中尉、ここを使うのは初めてでしたね。ここでは一切の通信記録が残されます。先の電話も誰がいつどことどんな内容の話をしたかを記録します。ですので、その記録に対して確認していただき、間違いが無ければここにサインをしてください」

 そうなのだ。

 およそ軍隊において情報はもっとも重要な武器だ。

 その扱いは細心の注意をなされるべきで、彼の対応が普通だ。

 となると、電話の相手の対応はどうなるのだろうか。

 彼もきちんと記録を取っていただろうか。

 だいたい師団本部にいる彼の様な対応を許していて大丈夫なのだろうか。

 前に師団本部で会った参謀もそうだが、本当に今の師団本部は大丈夫か。

 そもそもサクラ閣下はこの事実を知っているのだろうか。

 いやサクラ閣下だけでなくレイラ中佐も知らないだろう。

 今度会ったときにでもそれとなくレイラ大佐のお耳に入れておこう。

 俺は通信室を後にして居留地となっているお隣さんに向かった。

 久しぶりにここに来た。

 ここを作ってすぐにさらに奥に入っていかなければならなかったので、亡命者たちの居場所を作ると、後は外交官のアンリさんに丸投げをしていた。

 そのために、アンリさんに会うのに少々後ろめたい気持ちがあるのはごまかしようがない。

 一つ深呼吸をしてから事務所に入っていった。

 事務所には忙しく働いているアンリさんがいた。

 俺は気持ちとは裏腹に笑顔を作り挨拶を交わした。

「お久しぶりです、アンリさん」

 アンリさんは俺を見ると、最初は驚いた顔をした後に、急に怖い顔をして挨拶を返してきた、思いっきり皮肉を込めて。

「本当にお久しぶりですわね、ヘルツモドキ男爵様」

 今の今まで自分が男爵だったことを忘れていたが、さすがにこのタイミングでその名前が出ると皮肉にしか聞こえてこない。

 多分、彼女は思いっきり皮肉を込めてそう呼んだのだろう。

 ということは、彼女は相当俺に対して怒っているというわけだ。

 俺についてジャングルまで来たが、最前線に連れていくわけにはいかず、保護している少女たちの面倒を見ていればいいくらいに最初は考えていたのだろう。

 それが、気が付けば居留地の責任者を任され、多数の亡命者の面倒を見ている立場になってしまった。

 それもこれも全部俺のせいとばかりに、今でも俺のことをにらんでくる。

「アンリさん。お忙しそうですね。時間が取れなければ出直してきますが」

 俺がヘタレて、とりあえずこの場から逃げ出そうとしたら、今度は思いっきり笑顔を向けてそれを否定してきた。

 この時、女性の笑顔、それも笑顔なのに眼だけが笑っていない笑顔が、どれほど怖いものかを初めて知った。

「それには及びませんわ、男爵様」

「アンリさん。ひょっとして、俺に対して相当怒っていますか。もしそうなら、この場にて誠心誠意お詫びします」

 俺がここまで言うと、やっとアンリさんはいつものようなフレンドリーな態度に変わってきた。

 それでも機嫌はまだ悪い。

「当り前ですわよ。私が、中尉についてこの地にきたのは、ご一緒に仕事をしたいためでしたので。それが何ですか。暇ならまだわかるのですが、何でジャングルなのに帝都にいた時より忙しくなってしまうのですか。それも私だけ一人が、この場に取り残されてですよ。何ですか、亡命者を沢山連れてきて。それに何ですか、ここは。居留地なんて聞いていませんでしたわよ」

 この後、かなりの時間、彼女の機嫌が直るまで、彼女の愚痴に付き合った。

 やっと落ち着いてきたころに、なんで俺がここに来たのかを聞いてきた。

 今さらかよ、とは思ったのだが、大人の俺はぐっとこらえ、本来の目的のために彼女に相談したのだ。

 そう、最悪ローカル勢力との戦闘になるかもしれないことを。

 だいたい状況の説明と、俺自身が感じている懸念事項を伝え終わると、彼女は俺に言ってきた。

「そうですか。中尉の抱えている状況は理解できました。私の口からは、最大限の努力を払い現地勢力との戦闘を避け、融和に持っていってほしいということだけです。でも、最悪それが難しいということも理解できました。いいですわよ。最悪の場合になった場合でも、現地勢力との交渉には私が行います。その時には、最低限、交渉の場を作ってください」

 彼女からはかなり力強い返事を頂いた。

 俺も現地勢力に限らず敵とすら戦闘はしたくない。

 まあ、今回の場合も出たとこ勝負の感は否めない。

 でも、少なくとも俺には彼女のように協力してくれると言ってくれる人がいるだけ気持ちも楽になる。

 この後、彼女からお茶を頂き、たわいもない話をして別れた。

 正直、今の俺に暇は無い。

 すぐにでも次の戦闘を考慮した探査の準備に入らないといけない。

 すでにアプリコットやメーリカさんには頼んでいるが、おれもおやっさんの所に行って資材の調達や、今現在建設中の基地にいるおやっさんの部下にまで危険が及ぶことを話しておかなければならないことを思い出した。

 明日、サカイ中佐とまたご一緒して連隊本部に向かうことにした。




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